日本で移民ビザ申請の体験談。 by Masayo@L.A

親も年をとってきているし、すぐに身動きが出来ないというのは一番の困りもの。
とにかく、「もし、アメリカ人配偶者が日本へいけるのならば、日本で申請、請願をしたほうが絶対に早い」という事で、これを決行しました。

実は以前、Fビザからの切り替えを弁護士に相談した私達は、その時すでに結婚したい旨を伝えていましたが「Jがてっとり早いからJにしなさい」と、約2年、Jで回り道をしました。回り道の理由は、結婚した彼が私の雇用主でもあったので、Jビザをおろしてから、少なくとも半年以上たってから結婚を意識しないと、結婚した時に不法滞在を問われる、と言うものでした。結婚を決めるまでの期間が長ければ長いほど疑われない、と。

それらを聞いたのはJビザの手はずが全て整った後からでした。実際に私は彼の会社でものすごく働いたし、就労ビザをもらう事と恋愛は別、とわりきって、Jがきれる手前でようやく永住権の申請に踏み切りましたが、彼のほうは一応アメリカ人ですから、自分の国の弁護士をいくぶん信頼はしていて、もう一度弁護士に相談したところ「グリーンカードなら3000ドルで約2年かかる」とのこと。そんな長く、自分で仕切れないストレスをかかえるのはイヤだと、私はさらに自分でやりたい気持ちが強くなりました。

その後、「ぱたのうち」を知り、日本本国で申請できる事を伝えたら「ハッタリだ」といわれ、「そういうふうにして日本で取った人が作ってらっしゃるウエブがある」と紹介しても「素人を信じるな」と弁護士には最初は相手にしてもらえませんでした。これを聞いた時に、絶対に頼むものか。自分でやる、との決心が固まった。

出発前日にも「日本なんかでやったら戻ってこれない場合がある!」という弁護士の電話での脅しにも、彼はちょっとビビっていたものの私は無視し、飛行機に乗りました。

書類取り寄せなどの準備を始めたのが2001年の11月。
結婚式をしたのが1月中旬。
グリーンカードの申請、請願をしたのが1月の終わり。
面接を終え、無事にゲットしたのが2月の18日でした。

結局、3週間でとれました。そのかわり、疲れた〜〜。
とにかく、こんなに詳しくぱたのうちで書いていて下さるにもかかわらず、この期間、アタマがこんがらがり続けました。

Jビザの事で弁護士から脅されていたのもあったので、絶対に落とせない、と念には念をいれて、とにかく、ウエブをプリントアウトし、何度も何度も読みなおし、赤線をひいて試験勉強のようにした日。

一番こんがらがったのは、いつ、何をどこへもっていけばいいのか?
それをふまえて、結局、都合この書類は何通必要なのか?という事。
何をした後に何をして、という順序が自分の頭の中でイメージできなかった事でした。

自分のやってきた事を長くなりますが、書かせていただきます。

アメリカで________________

1:「結婚」まず、結婚しないコトにははじまらない。

  結婚〜マリッジサーティフィケート・ゲットの流れ(マリブカウンティー@LA)

1.シティホールに電話をし、マリッジライセンスを作ってくれる人を教えてもらう。
2.その人に会い、書類を作成してもらう「マリッジライセンスの作成」
3.シティホールへ電話をし、指定された時間に「マリッジライセンス」をもって出向き、結婚式をあげる。
4.式終了後、「マリッジサーティフィケート」のコピーを何通欲しいか申し込みます。私は4通頼みました。
5.数日または数週間後、マリッジサーティフィケートをゲット。

ライセンスと宣誓と、2段階ある事を二人とも理解できていなかったので、思ったよりもサーティフィケートの取得に時間がかかってしまう事を知らず、これだけが出発ギリギリで手に入りました。焦った焦った。

まず、1の容量で電話をし、カリフォルニアは血液検査がいらない事が判明。2のライセンスを発行する人(マリッジコンサルタント)に会います。指定されたのはマリブのコーヒービーン。土曜の昼下がり。

ものすごく混んでいる店内にタイプライターを持ち込んだその人は100ドルくらいで私達の必要な事を全て記入し、ライセンスを作ってくれました。

私はこれで全てが終わりだと思っていました。「コーヒーハウスでの入籍ね。」とふふん、と鼻をならしていたら、「これではじめて式ができますよ」といわれ、「式はいらないんです」と言うと「どういう形でも式をしないと結婚した事にはならず、サーティフィケートは出せない。」との事。日本の結婚なら紙一枚なのにな、と思いましたが。

また、サーティフィケートの取得までには10日〜2週間は早くてもかかる、と言う事もこの時に知りました。げっ!もしかしたら間に合わないじゃん!大慌てで指輪を買い、シティーホールのコートに駆け込み、式をあげてもらいました。

私の場合は日本へ申請に行くから、と事情を話して急いでもらい、エクスプレス扱いにしてもらったので(役所自身ではそのサービスはないが、その旨を役所に伝え、自分で郵便局へ出向き、その手配をする)、なんと5日で届きました。

が、実質、このサーティフィケートが書類の中では一番遅なりました。

2:「書類の下準備」

私はモノを亡くしやすいので、何かの折にも役だつかも、と思い、とにかく多めにとっておき全ての提出する書類を英文にしておきました。

1.戸籍謄本を日本から(または在米の日本領事館で)4通取り寄せました。
2.アメリカ大使館へファックスをし、「アメリカ市民と婚姻の為の移民の書類」をお願いする。(私は日本語でファックスしました。)
3.アメリカ人配偶者の「バースサーティフィケート(出生証明)」を4通。
4.彼に離婚歴があるので「ディヴォースサーティフィケート(離婚証明)」4通。離婚をした州の裁判所が発行したスタンプが押してあり5ミリ程の厚さだった。
5.過去3年のアメリカ人配偶者のタックスリターン(1040 タックス申請前につき2000年までのもの)
6.アメリカ人の給与明細や雇用明細など、会社の経理の人のサインつき。
7.自分もアメリカで働いていたからら、自分の分の5と6も。

ジョイントスポンサーが必要なかったので、そのぶんは少し楽できたかも。

3:「その他の絶対に必要な物」

1.移民用の写真(日本人4枚くらい、アメリカ人とりあえず2枚用意しました。)
2.パスポート用の写真(とりあえず各1枚準備しておいてよかった。)
3.パスポートのコピー(顔写真があるページのコピーを各々4枚くらいずつ。他のビザをもっていたので、そのビザの欄もコピー。これも役立ちました。)

4:「サポート書類の準備」

  偽装結婚ではない事を証明するために、あったほうがいいであろうと思われるもの。

1.出会いを綴った簡単なエッセイ。(英文。1ページの半分くらい簡潔に彼に書いてもらいました。私も書いたけど、出さずに済んだ。)
2.二人、もしくはお互いの家族と写した写真など。
3.おめでとうレターなど(宛名が私たちの連名で書いてある)。

5:「書類の記入」

大使館から送られてきた中に、これだけのフォームが入っていました。

  アメリカ人記入用

130(外国人親族のための移民査証請願書)
G-325A(経歴書)日本での申請なので、アメリカ市民だけが記入。
I-864(扶養能力があるかどうかの為の書類)

  日本人記入用

DS-230 日本人の履歴書。

これを作成するにあたり、自分の過去を全部洗い直しました。わはは。
両親の旧姓や産まれた場所、過去の離婚年月日、過去に3ヶ月以上住んだ場所、観光でアメリカに旅行に訪れた日程など、過去のパスポートをなくしたので、友達に電話をかけまくって聞きました。(年月日は月までで可。)
おかげで自分の生きて来た道をふりかえる事が出来た。

書類記入に関しては、とにかく、出頭する自分達のサインの欄は、サインしない事。アメリカ大使館で「こちらにサインを」と窓口で言われるので、空欄にしておきました。

たとえ、記入が多少間違っていたとしても、アメリカ大使館の窓口の人が「ここを訂正して」と親切に教えてくれるので、実際にはあんまり心配しなくてもよかったんだ、と今になって思います。
私も自分が不安だったところはポストイットなどを張り、窓口でそれでいいかどうか、確認していただきました。

6:「コピーを取る」

とにかく、記入して、できたものを全てコピーをとって保存。日本でコピーを取ろうと思っていたので、アメリカからレターサイズのコピー用紙も一箱もっていき、手指しにてコピーをとりました。

7:「書類をそろえてクリップでわけて。。。」

インデックスまで作って、不安なところは大使館で要領よく聞けるようにポストイットを張り、必要なもの別に分けてファイル。コピーでも同じものを作りました。
いや、する必要はなかったかもしれないけど、嫌いじゃないらしい。
こんな自分の特性、はじめて発見。

ここまではアメリカで済ませたかった事。

日本で________________

”大使館へ向かうぞ!”

2/11が建国記念日なので、その前に、と私達は1/28に大使館へ出向きました。
とにかく、ここで全部終わらせたい!
朝の8時前には大使館へ着き、寒い中、門の前で並びました。

門の前では大使館に入るにあたって身分証名称を提示する必要がありました。
私は大バカもので、パスポートを忘れたのですが、とりあえず、パスポートのコピーがあったのでOK。本当は絶対に忘れちゃイケナイ。とりに戻ろうか、とも言ったのですが、とりあえずアメリカ人の請願には、日本人のパスポートのホンモノはいらない、という事で許してもらえました。

食べ物、飲み物、携帯、カメラ、電子機器は大使館内、持ち込み禁止。
朝ごはんに、と思ってもっていったコーヒーとサンドイッチを預かられ、中の入り口で、再度持ち物検査では、私は携帯とデジカメを預かられ、彼はヒマつぶしにやろうと思ってもってきていたらしいゲームボーイを預かられ、恥ずかしそう。

”番号札を忘れるな!”

番号札。どこにあったのかわからず、ただ、並べばいいんだなあと思っていたところ、しばらくすると隣の人が「何番ですか?」と。。
ひょえっっ!そんなモノあったんですか?と、慌てて見たら、確かに見えにくい場所に番号札の機械があった。私たちの前の人は7番だったので、当然私達は8番なはずですが、取り忘れてて、再度とった時には23番。。。

8番の人を探し、事情を説明したら朝早くから並んでいたのをその人たちもわかっているわけで、同情してくれて、「もし窓口でダメといわれたら引き下がるから」という条件のもと、8番の人も一緒に窓口へ来てくれて、そのまんま来た順番通りに申し込む事ができました。

番号札マシン、わっかりにくい。ワナだ。入って右に、ちいちゃい電話みたいにぽつん、とおいてあるだけで、英語で「おとり下さい」と書いてあるだけ。わからん!っちゅ〜に。

8:「この日、大使館へもって行くもの」

・130(外国人親族のための移民査証請願書)
・G-325A(アメリカ人の経歴書)
・DS-230(日本人の履歴書)
・マリッジサーティフィケート
・ディヴォースサーティフィケート(アメリカ人)
・バースサーティフィケート(アメリカ人)
・戸籍謄本とその英訳(日本人)
・パスポートの写真の欄のコピー、各1通(両人とも。他のビザページも含む)
・パスポート用くらいのサイズの写真(両人?もしくはアメリカ人だけ?忘れた)
・出会いを綴ったエッセイ
・二人で写した写真やファミリーで写した写真
 (私のはデジカメだったので、一枚の紙に4枚の写真を一緒にプリントアウトしました。データが残ってるからいいけど、この写真は返してくれませんでした。)
・I-864
・給与証明もしくは雇用証明に相当するもの(アメリカ人)
・一応タックスリターン3年分(アメリカ人)

とりあえず、数回呼ばれるので、何回目の窓口でいつ、何を出したかはっきりとは覚えていませんが、とりあえず、これだけのモノは必要でした。

I-864は最初に窓口へいったときに他の書類と一緒に見せて、「あちらでノータリーをもらってきて下さい」と指示されるのを待ちます。その他にも「あちらでお金を払って来て」とか、いろいろと指示されるので、指示通りに動きました。

比較的驚いたのが、いろんな人が窓口でバラバラに書類記入をしていた。
その場で「え?英訳が必要なの?あ、ひな形はそっち」などといいながら、その場でやっていた。段取りが悪い人が多かったですが、それでも可だったコト。

私はぱたのうちを見て書類をそろえ、ダブルスタンバイ、トリプルスタンパイをしていて、常に全てのコピーも持っていたので、何か言われてもささっと出す事が出来、「手際よくて助かります〜。」と大使館の窓口の日本人の女性に言われました。ぱたさんのおかげ。

最後に、いくつかの書類をもらい、「これは面接の時に持って来て下さい」といわれ、そこで彼のほうはもうお疲れさま〜。

8時半前に行きましたが、10時前には一応全て終わりました。

9:「面接(第3段階)までにする事」

A◆日本の本籍がある役所で、婚姻の届け出 *** 新戸籍に反映さ
れるまで1〜2週間

・マリッジサーティフィケートと和訳
・アメリカ人のバースサーティフィケートと和訳
・戸籍謄本2通(戸籍を移す場合は3通らしい)

一応、ここでタダですから念のため「婚姻届の受理証」を数通もらいました。

B◆警察証明(移民の為の無犯罪証明)*** 証明書ができるまで2週間くらい。

・住民票(日本に着いたその日に友人宅等に住民登録をしておくと便利。)
 住民票がない時は警察庁だそうです。
・パスポート
・一応、戸籍謄本
・一応、アメリカ人のパスポートのコピー

警視庁へ出向き、受け付けでこの旨を伝え、犯罪証明課に連れて行かれ、そこで10本の指全ての指紋を採ります。
できあがりがこれが一番遅かった。ほぼ、フルで10日以上かかりました。

この時、実はあわてて走り、警視庁前でギックリ腰を再発し、課の皆さんは御親切に横になる場所を提供して下さったり、帰りには私にタクシーまで拾って下さいました。ありがとうございました。

C◆パスポートの氏名変更(記載事実変更) *** 記載事実変更だけなら2時間。

・住民票(日本に着いたその日に友人宅等に住民登録をしておくと便利。)
・パスポート
・一応、戸籍謄本
・一応、アメリカ人のパスポートのコピー
・マリッジサーティフィケート(名前確認の為)

有楽町の交通会館は午後2時までに申し込むと、記載変更のみならば2時間後に出来ました。一応、強く「新規にしませんか?」と言われましたが、日数とお金の事を考えると、アメリカ大使館の人が「記載変更だけでいいです
よ」と言って下さった事をくり返し述べ、それでコトなきを得ました。

D◆健康診断 東京ブリティッシュクリニック *** 結果を受け取るまで4〜5日

まず、電話で予約を入れます。(完全予約制)
「アメリカ大使館で、I-130の提出は済ませたかどうか」を聞かれます。これが済まないと健康診断は受けられないようです。

・パスポート
・アメリカ大使館でもらった書類
・写真1枚
・あれば母子手帳や、昔、予防接種を受けたと言う記録

私はどうやらここでインフルエンザをもらった気がします。

予防接種を受けると、3ヶ月は少なくとも避妊して下さい、とあったので、年齢が高い私はどうしようか、と迷っていた所、ドクターが「残り少ないチャンスを生かして子作りに励みなさい」と、「禁忌(予防接種をしてはいけない)」の判断を下さいました。おかげで、予防接種代金はまったくかからず、3万円ちょっとで健康 診断が終わりました。(通常、フルでやると総額5万円くらい)この事に関しては面接時にアメリカ大使館で何も言われませんでした。

E◆面接日の申し込み

大使館でもらった書類の中のI-196(?)で、アメリカ大使館にファックスにて申し込みをしました。上記の「第3段階までにする事」の出来上がり日を想定し、逆算して、あんまり早くてもイヤミだしなあ、とワケのわからない
事を思い、「最初に請願しに行った日から一週間後」にファックスをし、2週間かかる警察証明などの受け取りも見越して「最初に請願しに行った日から20日後」くらいを目安に面接日の希望を出し、申し込みをしました。

このA〜Eを3日間で終わらせましたが、あとは面接日までにピックアップが必要です。
結局、同じだけまた動き、のんびりロスっ子にはハードな日々となりました。

◆面接日が決まった!

このファックスを出してから1週間後に、「面接日決定のお知らせ」が郵送されてきました。
面接日は「最初に請願しに行った日から3週間後」でした。
えっ!これ、ブッシュさんの来日のまっただ中じゃないのっ!
マジかい?ヤルんかい?

10:「第3段階」

持って行くもの

・大使館から送られて来た「面接決定日」を記述したレター
・取りあえず前回大使館でもらった書類一式
・第一段階でノータリーしたI-864(左端を閉じたもの)
・アメリカ人配偶者のタックスリターン(1040)過去3年分と
・アメリカ人配偶者の雇用証明(もしくは給与明細)に相当するもの
・日本人の移民用写真2枚
・レントゲンをはじめとする健康診断の結果
・各種サーティフィケート(第一段階で出しても一応もっていった。)
・警察証明
・新戸籍により名前を変更を記載したパスポート
・いざと言う時の為に二人の写真、ファミリー写真と、連名宛で同じ住所にもらった「おめでとう」手紙やカードなど。使いませんでしたが自分の安心材料。

ブッシュさんの来日と重なり、警戒体制の中、タクシーで大使館前に着くといきなり3人の警官に包囲されましたが、「大使館で移民ビザの面接です」というとすんなり。

今回はちゃんと番号札をもらい、しっかりと5番をゲット。その後、すぐに書類を提出しましたが、「これを下さい」「次はこれを下さい」という係官の指示のもと、言われたものだけ提出しました。

私の場合、Jビザが今までに絡んでいたのでよけいに一枚、Jビザに対して「政府から援助を受けていません」という書類に記入する必要がありましたが、それ以外は提出の際には特に何も言われませんでした。

1時間も待たずに面接がありました。とはいえ、窓口でちょっと聞かれるだけ。
今までは全て日本人の担当の方でしたが、この時だけアメリカ人の領事館さんとお話。

声が小さい方だったので「Pardon me sir ?」をくり返し、結局質問らしい質問は「彼の職業はなんですか?」だけだった。彼のおパンツの色とか、もっとえっちい事も聞かれるかなあと思ったけど、何もなかったです。

ただ、「右手をあげて」といわれ、右手をインディアンみたいにあげて「この事実にウソはありませんか?」という事を聞かれ、「イエス」というのだけ、最初戸惑ったけど、これはノータリーの時もやったし、アメリカでの結婚式の時もやったので要領はわかりました。一緒に同じ日、面接を受けた子によると、「わかんなかったから聞き直したら、日本語で書いたカードみたいなものを見せてくれた」との事だった。

その面接らしいものあっさり終わり、最後のほうで「あなたにビザを発行しますので午後の2時半に戻って来て下さい」との事だった。

大使館で友達になった女の子と一緒に六本木へ出てコーヒーを飲んだり食事をしたりして時間を潰し、2時半に大使館へ。後で考えれば、全日空ホテルのロビーで寝てればよかった。あそこのソファはふかふかです。

朝もらった番号札は最後まで私の通し番号で、番号を呼ばれると窓口へ行き、A4くらいのでかい封筒を係りのおじさんから受け取り、それで全て終了。

11:「アメリカ入国」

結局、1/26に日本へ着き、28日に申請、2/18日にゲットして2/22にアメリカへ戻って来たので完全に一ヶ月を切りました。

入国の際はそこらへんに居るひとに「ニュー・イミグラント(新移民)なんですが」と聞くと「17番へ行って下さい」と。LAでは「移民専用」の窓口(17番)がありました。これは便利だし、前に誰も並んでいないのでとても早い♪。

ここにいたおっちゃんは「彼はどうした?」と聞くので「迎えに来てるはずだけど」というと「眠れたか?今夜はハッスルしなくちゃなんないからな〜、このこの〜!」みたいな感じで、かえって祝福されたような。。。

大使館で渡されたA4くらいのでかい封筒を渡し、人さし指だけ指紋をとられサインをし、別室に呼ばれる事なしに「先に荷物をとってきてこちらに戻って来て下さい」と言われ、戻って5分もしないうちにパスポートを返してもらい、全ては終了。

お世話になった「ぱたのうち」のぱたさんと皆さん、本当にありがとうございました。