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Juncoaさんの体験談
1995年5月に彼と出会い、2002年7月に結婚を決意、2001年10月10日にVAで結婚、2001年12月3日に東京のアメリカ大使館で移民VISAの申請、2001年12月31日付けで会社退職、2002年1月15日に移民VISA入手、2002年1月25日にANA直行便でワシントンDC
Dulles(IAD)空港に到着し入国審査、そのままワシントンDCに移住、2002年2月9日(金)にNotice of Actionが届き、2002年2月11日(月)にグリーンカード入手。入国からたったの2週間でGC入手、ビックリです。ぱたさんのサイトには本当にお世話になりました、ありがとうございました。
**Immigrant VISAを入手しようと思うまで**
1993年7月〜8月(16歳)
Boston, MA 郊外にてホームステイ。すっかりBostonが気に入る。
1994年1月
アメリカの大学に進学する事を決意
両親を説得に入る。(#ちなみに渡米寸前までお許しは出なかった)
1994年春
行きたい大学の選抜
大学からApplication formの取り寄せ
1994年夏‐秋
SAT, TOEFLの受験
エッセイ作文
英文推薦状を先生方に書いてもらう
Application formを作成
1995年1月
大学合格通知を受取る。
I-20も受取る。
1995年4月末
F-1VISAの申請。(知り合いの旅行会社が代行)
英文の健康診断書と予防接種が必要なことを知る。
1995年4月27日
英文で健康診断書を出してくれる病院で健康診断を済ませる。
(8千円ぐらい)
1995年5月2日
予防注射クリニックに予防注射を受けに行く。はしかだけ受けることになる。
<必要な接種名>
・はしかMeasles→2歳半(母子手帳)→予防接種を受ける(母子手帳に押印5/2/1995)
・おたふく風邪Mumps→小2(母子手帳)→免除
・風疹Rubella→2/24/1984(母子手帳)→免除
・破傷風Tetanus→3/18/1980全3回接種完了(母子手帳)→免除
・ジフテリアDiphteria→3/18/1980全3回接種完了(母子手帳)→免除
・水痘Polio→5/25/1978接種完了(母子手帳)→7/25/1982(母子手帳)→免除
1995年5月8日
F-1VISA(5年間有効)を受取る。
1995年5月11日(18歳)
渡米(Boston,MA)
1995年5月22日
大学入学前にアメリカ生活に慣れておくために、大学のサマー語学学校(Boston,MA)に入る。
1995年5月25日
大学のStudent Health Services Officeより大学の付属の病院にて、足りない予防接種を受けるよう指示される。免除なのかと思っていたのに、アメリカで受ければ良いからという事で免除だったのか?
<受けた接種名>
・破傷風Tetanus
・ジフテリアDiphteria
1995年5月26日
語学学校で知り合った友達を通して彼(現:旦那)と出会う。
1995年9月(18歳)
大学入学(Weston, MA)
1996年夏(19歳)
彼、素敵な仕事のOfferを受け、大学を辞めてSeattleで就職。
遠恋(Boston←→Seattle)。でもお互い仕事と勉強で忙しいから、むしろちょうどいい、と思っていた。大学卒業までの全ての連休、春休み、冬休み、私は彼に会いに年に数十回とSeattleへ行く。毎夏休みにいたっては、丸4ヶ月間Seattleに滞在して、サマークラスもSeattleで取った。メールと電話は毎日。彼もBostonに何度も来る。彼の実家がNYCなので、アメリカの祝日時はNYCで落ち合い、彼の家族と素敵に交流。もう、まるで娘のような扱いを受ける。
1997年1月
大学編入(Boston,MA)専攻もフランス語からコンピュータサイエンスに変更する。
1998年4月
パスポートが期限切れになり、Bostonの日本領事館にて更新、10年ものへ。
1998年7月
私の大学卒業後に一緒にSeattleで同棲しようと決める。
1998年9月
Seattleにあるコンピュータ会社3社より、Offerをいただく。
大学のInternational Student OfficeのAdviserを通してStudent Optional Practical
Traning VISAを申請。斜め写真を近所の写真屋さんで撮る。
1998年10月
Boston Career Forum(日本人留学生のための日本企業、外資企業日本法人の集団就職セミナー&面接のようなもの)に行ってみたら、コンピュータに専攻を変えた時から第一志望の会社(アメリカ系)からいきなりその場でOfferが出る、但し、東京勤務。日本に帰国する事を決意。親、大喜び。彼、撃沈。しかしながら、この会社で仕事をした経験があれば、今後アメリカにいつ戻ってきても仕事が手に入ることは間違いなし!彼を説得にかかる。
1998年11月
Employment Authorization Card(1年間有効)入手
→キャンセルする。
1998年12月(21歳)
大学無事卒業
1998年12月〜1999年3月
New York, Seattleで彼と過ごす。
1999年3月14日
日本へ帰国
1999年4月1日(22歳)
アメリカ系コンピュータ会社入社(東京本社勤務)。
彼とはまた遠恋(Tokyo←→Seattle)電話1日平均2回、メール1日数回、Visits3回(1999年7月,9月,10月)お互い出張ついでに。
1999年10月
彼転職、Washington, DCに引っ越す。
彼とはまたさらに超遠恋(Tokyo←→DC)電話1日平均2回、メール1日数回、Visits1年にお互い合わせて計8回ぐらい。
2001年7月(24歳)
私がDCに彼に会いに行っている時に、これだけ離れていても、他の人を好きにならない自分達に気づき、そろそろ、遠恋には終止符を打ち、もう一緒になろうと決める。本当はもっと前から彼にはそうしようと言われていたのですが、私が今の会社を辞める決心がつかないでいたのでした。
2001年7月末
「ぱたのうち」を発見。掲示板に通い始める。レスを下さった皆様、ありがとうございました。
次回アメリカに出張で行く際(2001/10)に軽く結婚してきちゃって、その後で彼が日本に出張で来る際(2001/11)に東京のアメリカ大使館にて2人でImmigrantVISAの申請をし、年内に私ImmigrantVISAを入手、年末で私会社を辞め、最後のクリスマス&お正月は実家で家族と過ごし、年明けに彼のもとへ渡米、そして渡米後にグリーンカード(GC)がAutomaticallyに私の元へ届く、落ち着いた頃には本当の結婚式をしようという計画を立てる。
とりあえず結婚をする場所はDC付近でいちばん簡単に結婚できる州ヴァージニア州(VA)に決定。(VAは一日でMarriageライセンス入手からMarriage
Certificateの発行まで完了。Blood TestもWitnessもいらない)
**計画が固まったところで、アメリカでの結婚とImmigrant VISA入手のための準備を開始**
<取り寄せるもの、用意するもの(私)>
・必要書式(東京アメリカ大使館)
・予防接種の全記録(大学)→DCの彼の家へ送ってもらう
・予防接種の記録(予防注射クリニック)
・母子手帳(実家)
・戸籍謄抄本<6ヶ月以内> * 5(区役所)
・戸籍抄本英訳 * 3(自分で)
・住民票<6ヶ月以内> * 1(区役所)
・パスポートのコピー2冊分 全ページ
・私が持っている2人の写真からいいものを選択
・彼にもらった手紙やカードを集める
<取り寄せるもの、やる事(彼)>
・Tax Return1040コピー 過去3年分1998/1999/2000(IRS)
・Original Birth Cirtificate * 2(NY)
・Marriageライセンス取得に必要なものを調べる
・司式者の予約を入れる
<10月にDCにて(2人で)>
・Marriageライセンス取得(VA)
fairfax county courthouse: 4110 Chain Bridge Road Fairfax, VA
mon-friday 8:00AM-4:00PM Third Floor, Public Service 22030
‐パスポート or US Driverユsライセンス 彼 * 1、 私 * 1
‐$32.50
・司式者の元で結婚(VA)
−$30
−カメラ
−お花(バラ*12 or ゆり数本)
−Marriageライセンス
・Marriage Certificate取得 * 3(VA)
fairfax county courthouse
・Immigrant用斜め写真〜裏にサイン、バックは白 彼 * 1、私 * 4(RitzCamera)
・彼のパスポートコピー 入出国スタンプのページ(Kinkoユs)
・彼のパスポートコピー 名前と写真のページ * 2(Kinkoユs)
・大学から届いた私の予防接種の記録のオリジナルを確認
・I-130(彼), G-325(彼), OF-230Part1(私), I-864(彼)→×を2人で考えて()の方が記入
・全書類のコピーを取る(Kinkoユs)
<警察証明書(私)>2001年10月
帰国後:通勤前か会社を途中で抜け出して行く
警視庁渡航証明係 03-3581-4321内線#58114/58115
警視庁本部庁舎1F、正面受付へ行く。霞ヶ関駅A2出口/桜田門駅4番出口
M-F 9AM〜11:30AM, 1PM〜4:30PM
・パスポート →返却
・戸籍謄本<6ヶ月以内> * 1
・住民票<6ヶ月以内> * 1
・I-130(出来れば全部記入済み&写真付き) →返却
・印鑑 →不要
・一週間後に警察証明書を受取りに行く(パスポート持参)
<来日までに準備(彼)>
・Tax Return1040コピー1998年度分の入手(IRS)
・EmploymentLetter入手(会社)
・I-864記入
・I-864公証(Bank of America)
・MarriageCertificateの入手 * 4
・馴れ初めエッセイ
<来日の際に持ってくるもの(彼)>
・Tax Return1040コピー 過去3年分1998/1999/2000
・EmploymentLetter
・公証済I-864
・MarriageCertificate * 2
・現金,$110、$260、$65
・お気に入りのカード、2人の写真
・馴れ初めエッセイ
<彼が来日したら(2人で)>2001年12月1日(土)〜2日(日)
・2人で私の実家に行って、両親にあいさつ。
・私の実家で家族と写真を撮る。
<第一・二段階(2人で)>2001年12月3日(月):
有給休暇を使って行く
東京アメリカ大使館領事部入国査証課@溜池山王
港区赤坂1-10-5
TEL03-3224-5000/FAX03-5570-5041/Q2info0990-52-6160
M 8:30AM-12:00PM
アメリカ大使館の2001年の休館日は、土曜日、日曜日のほかは以下の通り:
2001年1/1、1/8、1/15、2/12、2/19、3/20、4/30、5/3、5/4、5/28、7/4、7/20、
9/3、9/24、10/8、11/12、11/22、11/23、12/24、12/25
・I-130
・G-325
・VISA用斜め写真〜裏にサイン 彼 * 1、 私 * 1
・戸籍抄本 私 * 1 →返却
・戸籍抄本英訳 私 * 1 →返却
・Original Birth Certificate 彼 * 1 →返却
・パスポート 彼 * 1、 私 * 1 →返却
・Marriage Certificate * 1 →返却
・パスポートコピー 名前と写真のページ 彼 * 1、 私 * 1
・Money Order $110
・馴れ初めエッセイ
・2人が付き合っている証拠
−2人の写真
−お互いの家族との写真
−お互いの手紙やカード
−お互いのパスポートの入出国スタンプページのコピー
・OF-230Part1
・Packet3を入手する
<Packet3・4入手後(2人で)>2001年12月3日(月)午後
packet3
・Immigrant VISA Instruction:読む
・OF-169:面接日を12月12日を希望と記入し、FAX03-5570-5041
・I-864:前もって用意しているので、フォームに変更がないかどうか確認後、捨てる
packet4
・OF-171(page1-2):記入する(私)→GC受け取り住所は彼の会社にする
・DS-230PartII(page3-4):記入する(私)
・OF-157+補助書類:ブリティッシュクリニックに予約を入れる、2001年12月4日〜7日
8:30AM希望
IRS FORM 9003(黄色いフォーム)
・FORM 9003:名前だけ記入して、後は全部"No"と記入(私)
<Medical Examination(私)>2001年12月4日10AM:
会社は有給休暇
東京ブリティッシュクリニック@恵比寿西口
TEL03-5458-6099
M-F 8:30AM-5:30PM, SAT 8:30AM-12:30PM
・OF-157(右上に写真を貼るところがあるフォーム)+補助書類 4枚
・パスポート
・顔写真
・大学からの予防接種の全記録のコピー
・予防接種クリニックからの予防接種証明書
・母子手帳
・¥25000+注射代(〜¥33000)+Tax
・3〜5日後に受け取りに行く(パスポート持参)
−記入済みOF-157+補助書類
−レントゲン
<第三段階(私)>2002年1月15日AM8時45分
東京アメリカ大使館領事部入国査証課@溜池山王
Q2info0990-52-6160
・パスポート 私 * 1
・戸籍抄本 私 * 1
・戸籍抄本英訳 私 * 1
・Original Birth Certificate 彼 * 1
・公証済みパスポートコピー 名前と写真のページ 彼 * 1
・警察証明書 私 * 1
・DF-230Part2
・IRS FORM 9003
・Immigrant用斜め写真〜裏にサイン、バックは白 私 * 2
・Marriage Certificate * 1
・健康診断書
−OF-157
−補助書類
−レントゲン
・扶養証明書類
−公証済みI-864
−Tax Return1040コピー 過去3年分1998/1999/2000
−Employment Letter 彼 * 1
・2人が付き合っている証拠
−2人の写真
−お互いの家族との写真
−お互いの手紙やカード
−お互いのパスポートの入出国スタンプページのコピー
・Money Order
−$260
−$65
・午後Immigrant VISAを入手する。
<入国審査>2002年1月25日
・パスポート
・移民VISAセット
・レントゲン
・戸籍抄本
・戸籍抄本英訳
・MarriageCertificate
・斜め写真
2001年8月1日
‐「ぱたのうち」から必要と思われるページを全てプリントアウト。
‐警視庁のサイトから「渡航証明(無犯罪証明書)」申請についてのページをプリントアウト。
‐用意するもの、やる事リストを作成。入手するものは、念のため全て余分に入手するようにする。10月に私がDCに行った時点で全ての書類が記入終了出来るように計画。それにちょっとでも必要になるかもしれない可能性のあるものはとりあえず全て準備してしまう事にする。(上記参照)
‐実家の両親に彼の存在と今後の計画も含めて全てを初めて打ち明ける手紙を書く。一番お気に入りの2人の写真付きで出会いから順だって告白した10ページもの手紙をいきなり送りつけた。母は既にほとんど知っているが、父は彼の存在すら知らなかった。だって、過去に私が留学をする時の条件が、「青い目の男を連れて帰ってこない事」だったのですもの。なんて、古臭い。。青い目=外国人の事だと思うけれど、彼しかも、しっかり青い目の持ち主。
‐Bostonの大学のStudent Health Services Officeの職員のイーメールアドレスを大学のサイトで調べ、私が入学時に提出した予防接種のレコードのコピーを彼のDCの住所に送ってもらえるようお願いメールを書く。
2001年8月3日
‐妹から、父が手紙を読んだとの報告。家で電気も付けずに真っ暗な階段に座り込んで、打ちひしがれたようにタバコを吸っていたそう。。それを聞いて、私は泣けちゃいました。
‐母から、実家にちゃんと帰ってきて父と直接話し合うように言われる。
2001年8月6日
‐返事がないので、大学のStudent Health Services Officeに催促のメールを送る。
‐アメリカで彼に今からやっておいてもらう事をお願いする。
・Tax Return1040スタンプ付きコピー 過去3年分1998/1999/2000 の準備。
・Original Birth Cirtificateを念のため2通。
・VA州のMarriageライセンス取得に必要なものを調べる。
・司式者の予約を入れる。
2001年8月7日早朝
‐東京のアメリカ大使館にImmigrantVISA申請に必要な書式を送っていただけるよう、FAX。
とりあえずは、もう結婚している事にしちゃいました。
<FAXの内容>03-5570-5041=======================
米国大使館領事部
入国査証課ご担当様
8/7/2001
私は最近アメリカ市民と婚姻を結んだ日本人です。
今後一緒にアメリカ国内に居住していく予定があり
ますので、アメリカ市民との婚姻による移民ビザを
取得したいのですが、必要な書式を全て以下の住所
までお手数ですが送っていただけますでしょうか?
配偶者でありますアメリカ市民が東京米国大使館
にて申請を行いたいと思います。よろしくお願い
いたします。(私のサイン)
<必要とする書式>
@I-130 AG-325 BDS-230Part1 CI-864
D戸籍謄本英訳用ブランクフォーム
<送り先>
(私の住所と名前)
<連絡先>
(私の電話番号とFAX番号)
===============================================
2001年8月10日
‐予防接種クリニックに、電話で私が留学前に受けた予防接種の記録を送ってもらえるようお願いすると、OKだが、院長先生(担当医)が亡くなっているため、印がもう押せないがそれでも良いか?でも、予防接種クリニックの印は押してくれるそうなので、それを送ってもらうことにした。予防接種の証明書発行代エ2000は担当医の印がないのでなしでいいですとの事。タダでもらえる事になった。が、これがブリティッシュクリニックで使えるのかは不明。
‐ぱたさんの本「レポート国際結婚〜笑いと涙のグリーンカード取得」を購入し、読む。
序章での「親よりも役所よりも世間よりも、説得・交渉に一番手がかかるのは、他でもない愛するダーリンだったりするのです。」の一文に深く感銘し、早速はやくも一連の手続きを楽観視している彼にこの一文を引用して、事の大変さをしっかりと認識してもらう。
‐大学のStudent Health Services Officeより彼の家へ私のImmunizations(免疫)の記録(w/日付)が届く。彼にFaxしてもらい、内容を確認。必要免疫が予防接種か免疫持ちで免除のために、全てに完了日がついている状態が記録されている。でも、これがブリティッシュクリニックで使えるかどうかはまだ不明。
‐大使館から書式が届く。
私が送ったFAXの(私の住所と名前)の部分が切り取られ、封筒の宛名として貼ってあった。きっと、大使館になにか送ってもらうための依頼のFAXを出す時には、自分の名前と住所を大使館の方が切り取って封筒に貼り付けられるように記入した方が親切なのでしょう。それと、送ったFAXがプリントアウトされて一緒に封筒に入っていて、「アメリカ市民が東京米国米国大使館にて申請を行いたいと思います。」という部分が黄色い蛍光ペンにてハイライトされてました。やっぱり、この一行が重要って事なんでしょうか?
<大使館から送付された書式>==================
・I-130
・G-325
・OF-230Part1
・I-864
・戸籍抄本英訳用ブランクフォーム
===============================================
OF-230Part1:ちょうど今DS-230とOF-230の移行期間のようで、新しい方のDS-230を依頼したのに古いほうのこれが来てしまった、申請は11月の予定なので、もしかしたらこれでは古くてダメになるかもしれないので、もしダメな場合は当日その場でぱっぱと書きなおせるよう、私のアメリカ入国の情報(30回分もあった)、16歳以降に住んでいた場所リスト、学歴、職歴等の情報を早速調べて下書きしておく。
戸籍抄本英訳用ブランクフォーム:謄本用と書いたのに抄本用が来た、抄本で事足りるのですね。
2001年8月13日
‐私の戸籍登録のある区役所のサイトを見つけ、「戸籍謄抄本等の請求書」をプリントアウト。
‐区役所に電話して一通に付き450円であることを知る。
‐郵便局で小為替を購入し戸籍謄抄本請求書を郵送。(小為替の受取人名は役所に出す場合は書かなくて良いそうです)
<戸籍謄抄本の依頼の封筒(エ80切手)の中>========
・封筒の表に「戸籍謄抄本請求書在中」と書く
・戸籍謄抄本等の請求書(印)
-戸籍謄本 * 2
-戸籍抄本 * 3
・エ2250(エ450 * 5)の小為替
・私の住所を書いた返信用封筒(エ90切手〜5通もあるので)
===============================================
2001年8月14日
‐念のため書類のコピーをとっておく。
2001年8月15日
‐戸籍謄抄本を区役所より受取。(#すごい早い!中一日で届いた。びっくり。封筒に戸籍謄抄本請求書在中と書いておいたのが良かったのかも。)
‐戸籍抄本の英訳をWordで作成(日付とサインはまだ入れない) * 3
2001年8月16日
‐区役所より住民票を取ってくる(エ300)
‐私がDCに越してから2人で新居を探して引っ越す計画だったが、どうもImmigrant VISA申請の段階で、GCを受取る住所を書いておかないと後から大変らしい、ということで前もって引っ越すことにしようと決定。私もどうせ引っ越すなら、日本を発つ前に新住所がわかっていた方が楽だし、新住所に直接日本から荷物を送った方が楽チン。彼、DCで物件を探し始める。
2001年8月18日
‐彼、Original Birth Cirtificateを2通ゲット。ニューヨークのお父さんがDCに出張ついでに持ってきてくれた。
‐私、実家に帰り両親と話し合う。「パパ、手紙読んだ?」「ああ。」「Juncoa、アメリカに行ってもいいの?」「・・・」(1時間無言)「パパ、Juncoa、年末に会社辞めて、アメリカに引っ越してもいい?」「・・・」(また数時間無言・・挙句にふて寝に入る)。。こんな感じに、父は何を語りかけてもうなだれて終始無言だった。でも、数日後に「じゃあ、気を付けて行って来いよ。」と言ってくれた。母も私も深く感動。
‐母には、アメリカに引っ越す前にきちんと父に挨拶に彼を連れて来なさいと言われる。11月に彼が出張で日本に来る時についでにImmigrantVISA申請もするので、さらにそのついでに実家に連れて行く事に決める。彼にそう伝えると、めちゃくちゃビビってた。日本に昔住んでいたことがあるのに、未だにふざけて「パパに僕セップクさせられる?」とか聞いてくる。
2001年8月23日
‐DCで、彼に新居を探してくれる不動産屋さんの担当Agentが決まる。こちらの希望を全て伝え、いい物件が見つかるまで、この方が探してくれる事に。
‐彼、TaxReturn1040の控えが1998年度の分だけないのでIRS(1-800-829-1040)から$23($23/1年分)を支払って取り寄せる手続きを取る。近所のIRSのOfficeに行けば、何年分でも無料で(たぶん)受け取れるのに、仕事で平日IRS
Officeに行く暇がないから、$23で解決すると言い張って勝手に$23払って手続きしてしまった。日本の大使館内のIRS
Officeに彼がFaxして私が日本で受取る方法もあったが、まだ夫婦になっていないので、受け取り等に問題が起こるのを避けてこの方法にしたらしい。結局、1998年度の1040が彼の家に郵送されてくるのは2ヶ月後ぐらいになる模様。
2001年9月3日
‐警視庁のサイトに
==http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/tetuzuki/tokou/tokou.htm==
警視庁での渡航証明(無犯罪証明書)申請に必要なもの
日本人の方
(1) パスポート(コピー不可)
(2) 戸籍抄本または謄本(6ヶ月以内発行のもの)1通
(3) 住民票(6ヶ月以内発行のもの)1通
(4) 渡航確認書類(ビザの申請書、大使館からの書類等)
=================================================================
とあったが、念のため、警視庁に電話をかけて確認をとった。やはりI-130でOKという事。I-130は全部書き込み終わっていなくても、写真がついていなくてもOKな事を確認。
2001年9月4日
‐次回アメリカに行くときに結婚もしてきちゃうのですが、名目は出張とはいえ、万が一強制送還になったらとおもうと心配なので、とりあえず、必ず日本に帰るぞという証明書類を用意しようと、会社の人事部の担当に英文で在職証明を発行していただけるよう、お願いメールを書く。
2001年9月5日
−会社の人事から在職証明者を発行してくれるという連絡が来る。但し、英文での発行には人事教育本部長の承認とサインをもらう必要があるので、時間がかるそうだ。
‐彼がVA州のcountyに電話をして、結婚の仕方、必要なものの確認し、司式者とも連絡を取ってくれた。お式のアポイントは1週間前ぐらいに電話くださいって、言われたらしい。
==VAでの結婚の仕方===============================================
go to fairfax county courthouse, any day mon-friday
4110 Chain Bridge Road
Fairfax, Third Floor, Public Service 22030
bring both of our passports
bring $32.50 dollars cash
703-246-2770 (Fairfax County Circuit Court)
more info: www.dcwed.com/html/marriage_laws.html
get marriage license
then go to wedding masterユs house
pay another $30 dollars cash
give her marriage license from courthouse
bring a camera
bring flowers (a dozen roses, or a few lillis)
she completes ceremony and certificate (signed)
then we need to bring certificate back to the courthouse
(we can do it on the same day, or any time within 5 days)
the courthouse will mail us back copies of certified marriage
license
within 10 days when she gives it to them, OR, if weユre there
in person, they can give us certified copies on the same day.
======================================================================
2001年9月10日
‐彼が新居候補をとうとう見つける!素敵なタウンハウスらしい。
2001年9月11日
‐Immigrant VISA取得用に集めた書類一式を全て彼の実家(NYCで滞在する所)に郵送する。(#次回入国時にこれを持って入って、入国審査で失敗のないように危険な書類は前もって郵送しておく)
→と思ったが、朝寝坊した上に外は稀にみるものすごい台風で出来なかった。この日の夜、NYCとDCでテロによる世界初の大惨事がおこる。アメリカ向けの郵送品は全て、シャットアウトされる事になったため、もし、郵送していたら、数ヶ月間手元に戻ってこなくなるところだった。。この分では、3週間後のNYC&DC行きも再考慮しなければならないかもしれない。年明けのDC移住計画も、親と友達から大反対がおこってしまった。DCの彼はたまたまアトランタでのセミナーに参加していたし、NYCの私の親友たちと彼の家族はみんな無事だったが、すぐには思い出せないほどいる友達と知り合い全員が無事かどうかの確認はまだまだ取れなさそうで、本当に心配。
2001年9月13日
‐会社から、海外出張の全中止が申し伝えられる。尚、プライベートでの海外旅行も規制される。
2001年9月14日
‐会社に発行を依頼していた私の英文在職証明書が手元に届く。
2001年9月16日
‐出張がなくなったが、10月のNYCとDC行きはプライベートで決行する決心をする。アメリカや世界がこういう状態に陥った以上、一応早くに彼と籍をいれちゃって、万が一の事があった時には彼女としてではなく、妻としていち早く側にいけるようになりたい。
2001年9月17日
‐やっぱり決めていた新居をあきらめる。DCの物件状況が今回のテロ事件の影響で今後3ヶ月で大きく変化する事や、私の移住時期も変更していく可能性がある。私が移住した後はとりあえず彼の今の家に落ち着いてから、一緒に新居をもう一度決めなおして、一緒に引越しをする事にする。GC受け取り住所は彼の会社のアドレスにする事にする。
2001年9月27日
‐航空会社からDeltaの成田←→JFK直行便を11月まで(来年3月までといううわさも)全面運休にした事が伝えられ、10月5日のJFK行きはアトランタ経由に変更された。プラス6時間もかかる(これでも最短)。疲れそう。
‐最近、仕事がとても充実してきた。大変面白くって、全く辞めたくない。まだ会社に年末をもって辞める事を伝えていないし、彼が日本に住みに来てくれればいいのに。。といつも思うようになってしまった。でも、彼の仕事の方がお給料もステータスも上だし、私の仕事は充実している時と、そうでない時に差があり、そうでない時はさびしくってすぐにでも会社を辞めて彼の元に行きたくなる。。その繰り返しだから、いつかは見切りをつけてしまわないといけないんだ、と思う。。
2001年10月4日
‐彼、New Yorkへ。
‐私、パッキング。今のうちに持っていけるものは持っていこうと思い、かさばる運ぶ予定だったものをたくさんスーツケースやボストンバッグに詰める。荷物が多すぎると空港で止められませんように!
2001年10月5日
‐午後渡米、アトランタ経由でNew Yorkへ。NYC到着は同日夜8時。彼と彼のご両親がラガーディア空港に迎えに来てくれる。そのままマンハッタンの彼の両親宅へ滞在する。途中のボディチェックやスキャンもすごかった。入国理由は大荷物(今から運べるものは運んでおく)だったにもかかわらず、「友達の結婚式に参加するため」。いつものごとく、パスポートがBostonで発行されていることや、アメリカに来すぎている事をつっこまれたが、私の仕事内容と昔アメリカに住んでいた事実を告げるとすんなりと通してもらえた。
審査官:Why you are going to New York?
私:Iユm attending my friendユs wedding there.
審査官:Where your passport was issued at?
私:That was in Boston.
審査官:Hmm.. When was your last time in the States? February?
私:No, it was in July.
審査官:Oh, you have been in the States several times in this year
already. Are you a student here?
私:No, I graduated.
審査官:You graduated, huh? What do you do for work?
私:私の仕事内容
審査官:But, this time you are visiting friends, not for business
right?
私:Thatユs right. This time is for my friends, nothing to do with
my work.
審査官:All right, have a nice day!
私:Thank you.
2001年10月6日
‐朝方まで友達の結婚式パーティーに参加。
2001年10月7日
‐昼過ぎに起きて、戦争の事を知る。その後、彼とDCへ向かう。飛行機がキャンセルされまくっていて、空港でもチェックが厳しい。やっと飛んだ飛行機もガラガラだった。
2001年10月8日(月)
−結婚の日。彼が会社を午前休する。朝、司式者に式の予約の確認。でも、今日はコロンブスDayでお役所はお休みらしい。彼の会社は今日をHolidayと設定していなかったため、彼は忘れていた。司式者に今日でも開いているといわれた裁判所も行ってみたら結局開いていなく、残念、無駄足になってしまった。
2001年10月9日(火)
‐今日は彼が陪審員に選ばれて一日裁判所に拘束されているので、ゆっくり家で過ごす。
2001年10月10日(水) **結婚の日**
‐FiarfaxのCourt Circuitに8:30AM到着、受付で2人のUS Driverユs Licenseと$32.50を現金で出す。彼が電話で確認したら、パスポートよりもUS
Driverユs Licenseの方が良いと言われた。用紙を渡され、名前、SSN、住所、誕生日、両親の名前を書き、担当の方が正式な用紙にタイプしてくれるのを待った(10分)。ここで記入した内容を今後変更するのは至難の業らしく、タイプされた内容を何度も間違いがないかどうか確認させられた。確認の後、右手を挙げて結婚を2人で宣誓し、サインをして、Marriageライセンス取得。所要時間は全部で30分ぐらい。
・US Driverユs License 彼 * 1、私 * 1
・$32.50
‐司式者さん宅へ向かう。途中で白いバラを12本購入。司式者さん宅に10:00AM到着。
‐司式者さんと少しお話をして、お宅の裏のLakeでお式をしてもらった。きれいな詩をいくつか読んでいただき、彼とVowを交わした。司式者さんが私達の写真をたくさん撮って下さった。サイン入りMarriageライセンスは司式者さんがCircuit
Officeに5日以内に提出して下さる。お代はいらないと言われたが、Courtのルール上最高額の$30.00をお礼に渡す。所要時間はぜんぶで45分ぐらい。
・Marriageライセンス
・カメラ
・白バラ12本
・$30.00
‐午後から彼は会社へ出社。彼を会社に送る車の中で、本当に結婚してしまった。。となんだか不思議な気分になった。
2001年10月11日(木)
‐Immigrant用斜め写真を彼の会社前にあるRitzCameraで撮る。2枚セットで$14.95、追加の2枚セットは$9.99だった。彼2枚$14.95、私4枚$14.95+$9.99にTaxが入って合計$41.88。
‐彼のパスポートのコピーをとった。名前と写真のページ×2、日本入出国のスタンプのページ全部。64「(Kinkoユs)
‐Bank of America でMoneyOrder$10を購入(Payable to "Clerk of
Court")。DCでBoAのアカウントを持っているのに、MDのBoAで手続きしたからか手数料を何故か$5も取られた。ちょっとむっとした。
‐Marriage CertificateをCircuitからもらったCertificate申請用紙にMoneyOrder($2.50/1部)と返信用封筒を一緒に付けて、全て封筒に入れ、いつでも郵送できるよう用意しておく。彼が来週役所が手続きを終わらせた頃を見計らって、ポストへ投函予定。今回はとりあえず、4部($10.00)申請。切手34「×2。
‐彼の次の日本出張日が11月29日の週に決定した。私の親に12月1日の週末に彼と実家に会いに行く事を告げる。
‐IRSから手紙が届き、申請していた彼の1998年度のTaxReturn1040発行について、「まだ時間がかかります、後60日以内にまた連絡します。」といった内容だった。ったく、信じられない。彼に後で何とかしてくれるようにお願いする。
‐1998年度のTaxReturnがないので、I-864は彼に託し、TaxReturnが届き次第、記入してもらい、公証してもらって日本に来る時に持ってきてもらう事にする。
‐I-130、G-325、OF-230Part1を2人で一緒に記入する。
‐彼のBirthCertificate2通と私の大学から届いたHealthRecord(接種済み予防接種リスト)を受取る。
‐私達の馴れ初めエッセイは、時間がなかったので後で一緒にメールでやり取りする事にする。
2001年10月12日(金)
‐私、朝3時起きで5時の飛行機で日本へ向かう。テロ事件のおかげで、近くの空港が閉鎖された上に、飛行機の便数も減らされ、遠くの空港に必要以上に早い時間の飛行機に乗る羽目に。。空港では何をするにも長蛇の列で、普通に手続きしたのでは全く間に合わない、仕方がないので全てのラインをうまくずる抜かしして乗り切った。この飛行機に乗れないと、日本便に乗り遅れて乗り継ぎ地で一泊になってしまうので、しょうがない。でも、空港は今までで一番ずさんなセキュリティだった。大丈夫なのだろうか?
2001年10月14日
‐大好きな会社の先輩達の披露宴に参加。仲の良い会社の先輩方に会社を辞める件と結婚をした件、アメリカに移住する件を報告する。みんなとてもどんよりしてしまった。けれど、喜んでもくれた。本当に会社を辞める日がもうすぐ来るなんて、なんだか本当に信じられない。でも、幸せそうにしている二人とそれを祝福する周りの皆さんを見ていると、GCのためにちゃっちゃとミニ結婚式をして来てしまった自分に空しくなった。いつか、皆に祝福されるような素敵なお式を公に出来たらいいな、と思う。
‐彼が私が用意しておいたMarriageCertificate申請用紙とMoneyOrderをCircuitへ郵送した。
2001年10月15日(月)
‐警察証明を申請しに警視庁へ行く。会社を10:30AMに抜け出す、警視庁受付10:45AM着。やさしい受付のお姉さんに受付してもらい、1分ぐらいで担当のお姉さんが迎えに来てくれた。渡航証明申請書に必要事項(名前、会社名、住所、本籍、渡航証明の申請理由(米国永住権申請)、パスポートの番号)を記入後、必要書類の確認に入った。現住所が東京都である事(数ヶ月以上東京と住民である必要があるかも。。私の住民票<去年の12月に都内で引っ越したばかり>を見ながら担当の方がなにやら計算していた。。あ、住民票の取得日が6ヶ月以内である事を計算していたのかも。。)と渡航確認書類I-130の確認が特に重要そうだった。I-130は念のため、私と彼のパスポートのコピーや写真等、I-130を大使館に提出する際に必要書類全てを一緒に持参したが、I-130に書いてある私の名前を確認しただけですぐ返していただけた。指紋は全指先10本分と、親指以外の4本指一緒に指の付け根までの全体を両手、親指全体を付け根まで2本、と合計14回マシンでスキャン撮影された。お姉さんはとても丁寧でやさしかった。撮影後、かわいくデコレートされた手を洗う所(手は全然汚れないのに)まで設置されていた。最後に渡航証明受取り案内書をいただき、「10月25日以降にもう一度本人がパスポートとこの渡航証明受取り案内書を持って、警視庁受付に来てください。」といわれて、終了。印鑑はもうこの申請では必要なくなったそうだ。ちなみに戸籍謄本は結婚前のものだったが何もいわれなかった。警視庁を後にしたのは11:02AM。
<渡航証明申請>===================================
警視庁渡航証明係 03-3581-4321内線#58114/58115
警視庁本部庁舎1F、正面受付へ行く。霞ヶ関駅A2出口/桜田門駅4番出口
M-F 9AM〜11:30AM, 1PM〜4:30PM
*持参物*
・パスポート → 返却
・戸籍謄本<6ヶ月以内> * 1 → 未返却
・住民票<6ヶ月以内> * 1 → 未返却
・I-130(全部記入済み&写真とその他I-130を提出する際に必要書類全て) → 返却
・印鑑 → 不要
*受取物*
・渡航証明受取り案内書
===================================================
‐上司に会社を2001年12月31日で退職したい旨を伝える。状況が状況なだけに納得してもらえたが、大変残念がってくださった。それで、私のUSオフィスへの転籍を考案してくださった。さらに上の上司を巻き込んで私のDCでの最適なポジションを私の向こうでの就職活動の際の一つのオプションとして用意してくださるということになった、とても光栄。
2001年10月18日
‐彼が私の上司に今までの待遇に関する感謝と、今回の退職に関する謝罪のメールを送ってくれる。
2001年10月19日
‐各種口座の住所をアメリカのものへ変更、もしくは解約する。
2001年10月21日(日)
‐彼がMarriageCertificate4通を受取る。
2001年10月25日(木)
‐警察証明を受け取りに行く。14:50に会社を抜け出し、警視庁受付15:02着。受付で渡航証明受取り案内書の提示を求められ、待合室でそのまま待つ。1分後、この前と同じ担当のお姉さんが来て、待合室内で渡航証明受取り案内書とパスポートを渡すと、パスポートの名前と写真を見たらパスポートはすぐ返してくれ、渡航証明の入った封筒をくれた。封筒は絶対に開けてはいけませんと忠告される。対応はこの前と同じく、とても丁寧だった。15:08警視庁を後にし、15:20会社に戻る。
<渡航証明受取り>===============================================
警視庁渡航証明係 03-3581-4321内線#58114/58115
警視庁本部庁舎1F、正面受付へ行く。霞ヶ関駅A2出口/桜田門駅4番出口
M-F 9AM〜11:30AM, 1PM〜4:30PM
・パスポート
・渡航証明受取り案内書
==================================================================
‐退職届を作成し、上司とVPとのMTGを来週月曜日にセッティングする。
‐現時点での残り有給休暇日数を計算し、12月7日(金)を最終出社日にする事を決める。
‐大使館のダイヤルQ2で2001年12月3日がお休みでない事を確認。(0990-52-6160:1-8)
2001年10月29日(月)
‐退職届をVPへ上司と共に提出。しかしながら、早めにきちんと報告した事と彼が上司にメールを出した事等で、VPも上司も残念がってくださってはいるが、今回の件をHappy退職という扱いにしてくださっている。
‐保健所に電話して、おたふく風邪と風疹の抗体検査をしてもらえるか、いくらかを聞く(普通は保健所での1抗体検査700円ぐらいのはず)。しかし、都内の保健所ではもう抗体検査やワクチン接種はもう行っていないといわれる。代わりに、紹介している渡航用のワクチン接種の都内機関を3件(以下参照)教えていただけた。でも結局、抗体検査にいくら、接種にいくら、証明書発行代いくらと、めんどくさそうなので、ブリティッシュクリニックで全部済まそうと思う。
・(財)日本検疫衛生協会 東京都千代田区丸の内1-8-2第1鉄鋼ビル5階 03-3201-0848
・宮入内科 千代田区有楽町2-10-1 交通会館3F 03-3211-4845
・内外クリニック 千代田区有楽町0番地 銀座インズ3番1F 03-3562-5971
‐ブリティッシュクリニックに電話で大学からのHealthRecordで予防接種が免除になるのかどうか問い合わせる。医師との相談になるが、大丈夫だそうだ。MMR(はしか、おたふく、ふうしん)と水疱瘡の証明が必要との事。一応、大学のレコードがダメだった場合の代替案として:おたふく、風疹(ブリティッシュクリニックで抗体検査 エ2000
* 2)、はしか(接種証明有)、水疱瘡(口頭でかかった事をつたえる+母子手帳)
2001年11月3日(土)
‐彼が1988年分の1040をIRSから郵送で受取る。1999年分、2000年分は持っているので、これで全部そろった!
2001年11月4日(日)
‐彼がI-864を記入。
2001年11月5日(月)
‐彼がEmploymentLetterを会社から入手。
2001年11月10日(土)
‐彼がBank of AmericaでI-864の公証。
2001年11月25日(日)
‐今日から10日間しか購入できない、ANAの早割GETで2002年1月25日成田発ワシントンDC空港(Dulles:IAD)直行便往復エ60000のチケットを購入。帰りのチケットは捨ててもANAなのにこれは安い。ANAしか成田からDCへの直行便を出していないのだ。これで、Dulles国際空港(VA)からの入国審査になる。DCはVAの管轄内なのでVAの空港からの入国なら早くGCが手に入りそう〜な気がする。。(そんなことない?)
‐彼に今回DCに一緒に持ち帰ってもらう、スーツケース1つとゴルフバッグ1つを梱包する。
‐ヤマトからスーツケース用の袋エ400(ゴルフバッグのは持ってる)を購入し、ヤマト運輸の伝票を2枚を入手し、UA便の成田荷物受取りセンター宛てで記入する。
2001年11月26日
‐私の7日間分の荷物を出来るだけコンパクトにパッキング(VISA申請書類も)。
2001年11月27日(火)
‐会社は有給休暇でお休みする。
‐ヤマト運輸に集荷(0120-315095)に来てもらう。成田空港(UA)のヤマト運輸カウンターに12月2日着で配送する。スーツケース1つ、ゴルフバッグ1つ。
‐午後、彼出張で来日。空港までお迎えに行く。私も彼の宿泊しているホテルに彼の来日中は一緒に滞在し、ここから今週は会社に出勤する。
2001年12月1日(土)
‐朝、私の実家に向かう。駅に私の両親と私の弟、妹、妹の赤ちゃんがお迎えに来てくれて、それから家族みんなで一日ぶらりドライブ旅行に出かけた。最後にゲームセンターでいっぱい遊んだ。ゲームセンターで彼とパパと2人きりにし、彼がパパに挨拶。「どうぞ娘をよろしくお願いします。」とパパは彼の手を握り締めて言ったそう。(涙)私と彼はその夜、実家側のホテルに宿泊。
2001年12月2日(日)
‐朝、ホテルをチェックアウトして、実家で皆で朝ご飯を食べる。
‐夕方からママの実家に祖父の喜寿の祝いパーティーに参加しにいき、親戚一同に彼をご紹介。彼、私の心配をよそにみーんなに大歓迎される。
‐夜、東京のホテルに戻る。帰りの道中で馴れ初めエッセイを書く。
‐馴れ初めエッセイをプリントアウトするのに、ホテルのビジネスセンターの手違いで2時間もかかり、結局寝たのは午前3時。
2001年12月3日(月)
‐会社は有給休暇でお休みする。
‐午前、彼とアメリカ大使館でImmigrantVISAの申請。前日遅かったので、寝坊。タクシーで大使館に向かい、結局午前10時45分着。入り口で携帯電話、ノートPC、Palm(電子手帳)、デジカメを全部預けさせられ、2人の写真はデジカメとPCに入っていたものを見せようと思っていたので、ビックリした。番号を取った時は前に待っている人が18人もいた。前に待っていた人たちは、PhoneBillや写真等々の提出を求められていたので、焦った。みんな何度も窓口に 戻ったりして、すごく時間がかかっていた。私たちの番号が呼ばれたのは11時55分。でも、第一段階、第2段階の書類の全てがそろっていたので、すぐにOKがもらえた。私達は2人で来てたのでいろんなエビデンスも求められなかった。彼の出生証明は返してもらえたが、MarriageCertificateはとられました。キャッシャー(20分間も無意味になぜかしまっていたのでいつまでも支払いが出来ず、みんなをいらつかせた)で$110を彼がキャッシュで払い、、また窓口に戻り、無事Packet3と4をもらった。次に警察証明書と健康診断書と扶養証明が必要になりますよ、と言われたが、私が警察証明を既に持っていたので、「どうやって手に入れたのですか?」と聞かれ、「警視庁ではI-130で発行していただけたのですが。。」というと、「本当はPacket3を見せないと無罪証明は発行できないようにしているのに、おかしいなー。」と窓口の担当者が言っていました。彼の扶養証明書類も全てチェックしてもらい、問題ないので次回このまま持ってきてくださいといわれた。後は健康診断が終わったら、面接の希望日をFAXしてください。でも、第一段階の書類の手続きの時間もかかるので、1週間ぐらいはFAXもらっても返事は出来ませんよ。と言われた。窓口のおじさんはとってもいい人だった。大使館を出たのは12時30分。
‐大使館を出てすぐ、ブリティッシュクリニックを明日(12月4日)午前10時に予約を入れた。(今日でもいいと言われたが、彼と今日は2人でゆっくりしたかった。)
‐彼と銀座で大切な買い物をする。
‐急いでホテルに戻り、荷物を受取り、TCATからリムジンバスで空港へ。空港で私の荷物スーツケース1つとゴルフバッグ1つをヤマト運輸カウンターで受取り、彼に一緒に持ち帰ってもらう。出発時刻ぎりぎりに彼帰国。
‐OF-169を記入し、FAX(03-5570-5041)する。面接日が決まってからアポイントメントレターが届くまで5日かかると書いてあるので、第一段階の処理時間(約5日)をその前に含むとなると12/12/01は危ないな。。
・X:1.Alone
・Signature and date(12/3/01)
・Fullname and bithdate
・intended date of travel(1/25/01)
・preferred week for appointment(@12/12/01、A1/15/02、B1/16/02、C1/17/02、D1/18/02)
2001年12月4日(火)
‐会社は有給休暇でお休みする。
‐朝、寝坊した上に雨が降っていたのでタクシーでブリティッシュ・クリニックに健康診断に向かう。家からは数分で着いた。午前10時にBC着。尿検査はないので、好きにトイレに行って下さいといわれた。病院のフォームに私と夫の名前、私の日本での連絡先、私の出生地、私が前に住んでいた国名等を記入し、名前が呼ばれるまで待合室で待った。名前を呼ばれて、看護婦さんと服を着たまま身長・体重・視力測定(Max1.2)をして、大学の予防接種の記録を見て全部接種済みである事が確認してもらえた。そのままそこで採血をした後、レントゲン室に移動し、上半身の撮影をした。次にまた待合室で待ち、名前を呼ばれて、先生の部屋に通され、「全身確認の義務がありますので、下着、ストッキング等以外を脱いでベッドに座ってください。」と看護婦さんに言われた。私は下着、アミタイツ、キャミソール姿で50〜60代のイギリス人の先生に血圧を測られ、上胸に聴診器をあてて診察され、次にベッドに仰向けになり、下腹部を3回軽く押す形で診察されて終了。とてもいい人だった。最後に26250円を支払い、12月7日(金)午後以降に出来上がりを電話で確認してこれる時に来院してくださいと言われた。もし、代理人がとりに来る場合は、26250円のレシートをその代理人が持参するようにとの事。それと4枚のフォームのうち予防接種記録のフォーム(記入済)コピーを将来使う事がある方もいるからと言う事でいただけた。もし、血液やレントゲン検査で問題があった場合は予定通りに診断書を渡す事は出来ないそうで、異常があった事だけが私に報告され、それ以上の質問はBCでは回答できないのでご了承くださいとの事。もし、予定通りに5日後以降に診断書とレントゲンが渡されたら、問題ないということだそうです。
<持参物>
・右上に写真を貼るところがあるフォームから始まる大使館からのフォーム4枚
・顔写真一枚
・予防接種の記録の証明書類
・診断代25000円+5%消費税と予防接種代33000円(MAX)
・パスポート
‐KinkoユsでPacket3‐4の全コピーをとる。(エ765)
‐書類の記入と確認
<packet3>
・Immigrant VISA Instruction:読む
・I-864:彼が記入済み、サポート書類も用意済み
・OF-169:FAX済み
<packet4>
・OF-171(page1-2):確認する(私)
・DS-230PartII(page3-4):記入する(私)
→29:ここでのPetitionerがどっちになるかわからなかったので、「(名前)私、(住所)Attention:夫の名前 夫の会社の住所(GC受け取り住所)」にした。
→30-32:全部NO
→33a(学生時代のSSNを持っているので):Yes (新カード送付を望む):YES
→33b(INSが私のSSNを使用することへのAuthrization):YES
<IRS FORM 9003(黄色いフォーム)>
・FORM 9003:名前だけ記入して、後は全部"No"と記入(私)
‐記入済みの書類の全コピーをとる
‐郵便物転送届(→実家へ)を出しに行く。
2001年12月6日(木)
‐会社で本当に必要なものだけをダンボール箱2つに収めて、郵送(船便)で送る。
エ9550(17.670g)、エ7450(11.020g)
2001年12月7日(金)
‐オフィスへ最終出社日。本当は12月31日付で退職だが、今日以降は有給休暇を消化する形で出社しない。
‐人事で退職の手続き。悲しい出来事としては、来年5月までの住民税を12月末のお給料から一気に天引きされる事と、退職後に普通は3か月間支給される失業保険が私は3ヶ月間日本にいる事が出来ないので、支給不可だと言い渡された事。
‐夜、部署で送別会を開催してくれる。午前3時まで続き、皆の愛を感じ、胸が一杯になった。花束、プレゼント等、たくさんいただいた。
2001年12月8日(土)
‐退職にあたって、メール返信作業、メールアドレス変更作業。丸一日かかった。
2001年12月9日(日)
‐荷造り(本当に必要なものだけ)。ダンボール箱9箱分。郵送船便で送る。本当に必要な本以外は古本に出すようまとめる。それ以外は本も服も迷わず捨てる。
2001年12月10日(月)
‐会社のベネフィットを使用して人間ドックを受ける、初バリウムで死にそうになった。1週間前に胸部レントゲンを撮ったばかりなので、今回は胸部レントゲンはキャンセル。婦人科の先生も男の方だったので、婦人科検診は断った。DCに着いたらすぐに婦人科の先生を見つけて定期検診にいけるようにしよう!
‐ブリティッシュクリニック(03-5458-6099)に電話して、結果が出来ている事を確認。
2001年12月11日(火)
‐午前、最後の歯科医での定期検診。
‐夜、同期で忘年会&私の送別会を開催。大好きなお友達達とのお別れ。入社以来のお友達や支社勤務のお友達も来てくれ、すごくうれしかった。
2001年12月12日(水)
‐アメリカへ持っていく荷物9箱を全て船便で彼の家へ送る。重過ぎてきちんと計っていかなかったので、20kg強の箱が3つもあり、局内で入れなおしになった。。エ9200×3+エ9900×1+エ10250×5=エ88750。
‐古本は売り払い+エ1500、英語本は高校に郵送寄付エ930。
‐明日9時に引越しやさんが来る事になったので、夜中かけて実家家具内から全てのものを取り出し、パッキング。
2001年12月13日(木)
‐朝8時半、大きい家具を東京で一人暮らしをしている弟の元へ引越しやさんを使用し送る。20分で搬出終了。サカイ引越センターエ31500‐スーツケースとボストンバッグをヤマト便で実家に送る。(パッキングした荷物が全部明日両親の車に乗り切らなさそうなので・・)エ1370×2+スーツケースカバー400+ボストンカバー250=エ3490
‐区役所で住民票をはずし、海外転出届を出す。国民年金は任意なので、何も手続きをしなければ自動的にPending(カラ期間)になるそう。国民年金手帳は自分で持っていてくださいといわれた。本当は転出日2週間前からしか受け付けないそうなのだが、明日から実家に帰ってそのまま出国するので、と言う理由が特別な理由とみなされ、処理してもらえた。今後戻したい時は、本籍がある役所で戸籍謄本ともう一つ書類(2文字の何とかだった)を入手して、住民票を置く役所にパスポートと3点セットで提出すればOKだそう。特に海外転出届提出証明書はないが、念のため海外転出が記載された住民票を入手エ300.(2002年1月1日付で転出。そうすれば、会社の在籍も12月31日までなので、国民保険、国民年金等の支払いをしなくてすむ。1月中渡米前に病気になったら、すぐに住民票を戻すようにする。)
<国外転出(移住)届>国外に転出(移住)するときの届
転出する前(2週間まで)に本人または世帯主が手続きする。
・身分証明書(パスポート)
2001年12月14日(金)
‐とりあえず、実家へ引越し。親が迎えにきてくれる。
2001年12月15日(土)〜16日(日)
‐友達と温泉旅行
2001年12月19日(水)
‐面接の案内がまだ来ないので大使館にFAXする。OF-169 RE-FAX「まだ面接日の連絡がありませんので、FAXにてご連絡をお願いできますでしょうか?」
2001年12月25日(火)
‐面接の案内がまだ来ないので大使館にFAXする。OF-169 RE-FAX
2001年12月26日(水)
‐大使館からFAXを受取る。しかしながら薄くて読めないので、電話で確認。2002年1月15日(火)午前8時45分に決定された事を確認。
2001年12月31日
‐会社正式に退職。
2002年1月12日(土)
‐ブリティッシュ・クリニックに結果をもらいに行く。
2002年1月15日(火)*VISA入手の日* 面接予約:午前8時45分
‐8:30AM アメリカ大使館に到着。
‐8:45AM セキュリティ検査後、入館。番号14番、4人待ち。
‐8:45AM 呼ばれて、書類を提出。
‐8:50AM 支払いを済ませる。$260=エ34320
‐待っている間にフォームをに記入。「自分の名前、日本の住所と電話番号、USでのGC受取り先住所」
‐10:15AM 呼ばれて、一番右端の窓口で領事(30-40代の男性)と面接開始。右手を上げて宣誓、アメリカでの行き先の確認、過去のアメリカ滞在時に使った全てのVISAの確認、過去に働いた事があるか(学校内のラボでOn-campus扱いで働いた事があった)、夫を殿ぐらい知っているか、夫の仕事内容とタイトルの確認。最後に、GCに載る名前で航空券とパスポートもあわせるように言われ、今日移民VISAを発行しますので14:30に戻ってくるよう言われる。パスポートは返される。
‐10:20AM 最後の支払い。$60=エ8580
‐10:22AM 退館。
‐14:00PM 大使館着。
‐14:10PM 大使館入館。
‐14:30PM 即、番号が呼ばれ最後に支払った$60の黄色いレシートを持って窓口へ。VISAを受取り、説明をうける。
‐14:35PM 退館。
2002年1月23日(水)
‐荷物を空港へ送る。
‐家族で最後の家族旅行へ。パパは会社を休む。
2002年1月24日(木)
‐携帯電話を解約する。最終支払いはその場で現金。
2002年1月25日(24歳)
‐成田へ。
‐渡米、Dulles空港にて入国審査。外国人用の列に並ぶ。移民VISAセットを窓口で開けられて、いろいろ書き込まれ、別室に行くように言われる。別室の中ではサインして、指紋を押して、写真を撮って10分ぐらいで終わり。とても対応の良いおじさんだった。パスポートに2年間有効の住民権と1年間有効の働く権利のスタンプをもらう。今日から1年間の間にGCが送られてくるっぽい。
<必要だったもの>
・パスポート
・移民VISAセット
・斜め写真2枚(1枚しか持ってなかったので、その場でタダで4枚撮ってくれた)
<用意したけれどいらなかったもの>
・レントゲン
・戸籍抄本
・戸籍抄本英訳
・MarriageCertificate
‐彼の家へとりあえず、落ち着く。これからは毎日新居探し。新居が見つかって落ち着いたら、仕事に戻ろうと思う。
2002年1月23日〜29日
‐船便で送った荷物を順に全部受取る。11個中3個が途中の検問にかかった形跡があり、他人の物まで入っていた。。
2002年2月8日(金)
‐彼の会社に2月1日付けのNotice of Actionが届く。しかも、同じのが2通も。入国から1週間で処理されたのかと思うと結構早い気がする。Letterには今後3週間以内にGreencardが届きますと書いてある。本当か?
‐夜、高速道路で無免許の酔っ払いの暴走車にいきなり衝突されて、私と彼、命は取り留めたものの、ムチウチ等で病院通いとなる。車ももちろん廃車、弁護士を付けて相手を訴えた。
2002年2月11日(月)
‐なんと、彼の会社に私のGreencardが届く。WOW!2002年1月25日入国、2002年2月11日GC入手。その間たったの2週間!私は最短記録なのでしょうか?DC移住者に、Dulles空港ばんざーい!悪い事の後には良い事もあるのね。
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