|
Ottawaさんの体験談
Ottawaです。移民ビザ取得については大変お世話になりました。
先日、ニュージャージーに戻ってまいりました。
体験談をまとめましたので、お役にたてば幸いです。
なお、私達のウエディングウェブサイトのイミグレーションのセクションにこのビザ取得の経緯が掲載されています。英語で書いてありますので、アメリカ人の御主人を説得させたい方にお役に立てれば嬉しいです。
http://members.aol.com/mandfwedding/
********************************************
2001年8月5日にニュージャージー州で結婚。
次の日から新婚旅行でアラスカクルーズを楽しんだわたしたちは、クルーズの最終地がアメリカでない国、カナダのバンクーバーであることが、とんでもない災いに発展するとは夢にだに思っていませんでした。
2001年8月17日
バンクーバーからデトロイト経由で帰る予定で、バンクーバーの空港のアメリカのカスタムを通るとき、夫が私と一つのハウスホールドとして申請。別室に呼ばれる。
当時のわたしのビザステイタスがF-1(学生)ビザであったため、そのままでは再入国できない(つまり入国拒否)と入国審査官が騒ぎ始めた。
学校には9月からの入学費も払い込んでいたし(もちろんフルタイムのれっきとした学生です)、来年5月まで有効なI-20も持っていたし、弁護士からも学生ステイタスのままで結婚後もF-1ビザの有効期限まで居れますと太鼓判をおされていた私達には晴天の霹靂。
結局夫はそこからニュージャージーへ、私はバンクーバー市内のホテルに泊り、次の日エアカナダの直行便で成田へ。(夫が気が動転しながら空港のノースウエストのカウンターで正規価格で購入したチケットは、皮肉にもシアトル経由成田行き。次の日カスタムでまた同じ審査官に呼び出され、「1分たりともアメリカの地には足を踏みいれるな」と言われ、チケットを直行便に振り替えた次第。もう二度とバンク−バーには訪れないでしょう。)
2001年8月20日
アメリカ大使館に朝一番で出向いてIー130申請パケット入手。
いろいろためておいた質問もする。
その足でカナダ大使館に行って、警察証明に必要な書類関係の質問をする。その場で公証の件について質問するのを忘れる。(カナダ大使館はFAXでの質問への解答が非常に遅い。質問がある場合はFAXより電話するか、行った方が早いかも。)
夫にとにかく早く結婚証明書と彼の出生証明書を送るように催促。
2001年8月22日
ホテルオークラに証明写真を取りにいく。(とりあえずパスポート用2枚、GC用2枚)
ニュージャージーにいる夫から直接FAXにてRCMP(カナダ警察)に警察証明の指紋採取用紙を請求してもらう。
2001年8月23日
住民票除票(300円)入手。
I-130やD-230 Part I 記入したものを夫にFAXして、打ち合わせ。
質問はすべて私がアメリカ大使館へFAXして解答をもらい、確認。
2001年8月25日
カナダの警察証明の件が心配だったので、指紋採取用紙を再度請求する旨郵便で請願してもらう。(結論的には、彼の義理の妹の叔父がカナダに住んでいることがその直後に発覚。その叔父さんにRCMPに出向いてもらって、用紙のパケット(CAN$5)を取ってきて頂く。)
夫がアメリカで準備する書類と申請の流れのチェックリストを徹夜で作成。夫内容確認し、納得。
2001年8月28日
帰りの飛行機のチケットの予約をHISで始める。(結論からいくと、これは早くやりすぎた。直前まで何が起こるかわかりませんから、帰り便の手配はビザが取れてからすることをお勧めします。)
2001年8月29日
アメリカ大使館にもう一度出向いてI-130やDS-230 Part-Iに仮記入したものをもとに質問 をする。
日本のフェデックスのアカウントナンバー取得と封筒取り寄せ。(カナダの警察証明書の返答用封筒に使用。着払い)
夫の父親からカナダの警察証明用指紋採取用紙受理(UPSにて)。
夫、航空券予約。日本に3泊4日の日程で来日確定。(9/8-11)
2001年8月30日
夫の出生証明書受理。そのまま目黒区役所本署へ走る。婚姻の報告をし、新戸籍作成。第一勧業銀行でマネーオーダー(カナダ$25)を作成(カナダの警察証明発行料)。参考までに各都市銀行のカナダ$マネーオーダー作成手数料、発行日数は以下のとおり:
第一勧銀 2500円
三和銀行 2800円
三井住友 3000円
東京三菱 5000円
発行までの日数:2営業日
2001年8月31日
パスポート名前訂正(かっこ書き)申請をしに、都庁へ。朝8時35分に並ぶ。9時受付。9時15分に終了。午前11時以降に受理できるとのこと。日曜日も受理できることを知り、その日は帰る。帰りに東京ブリティッシュクリニックに電話をいれる。検査の予約しようとしたが、I-130の申請日以降でないと、正しい検査用フォームがなく、だめとのことで、予約はいれられず。
2001年9月2日
日曜日だが、パスポート訂正受理。営業時間は朝9時から4時30分。
2001年9月3日
カナダ$マネーオーダー出来上がり。霞ヶ関公証役場での、カナダ警察への指紋採取の公証代金を問い合わせる。32500円と聞いてたまげる。カナダ大使館で公証をやってもらうことを頼み込むことを堅く決意する。
2001年9月4日
カナダ大使館に朝一番で出向いて、公証をどのようにやってもらえるのか聞きに行く。カナダ警察に送る指紋採取を警察庁でやってもらう。その帰りに採取用紙をカナダ大使館で公証してもらう(手数料2300円)。赤坂郵便局からEMSにて郵送(1200円)。
郵便局のEMSは安いがとにかく遅い。トラッキングも、本来インターネットでできるはずなのだが、カナダ側の郵便局が郵送情報をリアルタイムで入力していなかったためにできず、いらいらさせられる。
お急ぎの方はフェデックスがお薦めです。
2001年9月6日
新戸籍が出来上がっていた。(申請より土日いれて7日目)
2001年9月8日
夫、アメリカより成田空港に着く。
2001年9月9日
I-130関係書類突き合わせ。I-864、第3段階の資料突き合わせ。
2001年9月10日
大使館でI-130請願、申請。パケット3、4受理。その足で警察庁無犯罪証明申し込みにいく。東京ブリティッシュクリニックにも電話で予約入れる。
2001年9月11日
夫、帰国の途に着く。朝から台風関東地方上陸。やっとの思いで成田空港に送って家に帰り、夜チャンネルをひねると、ニューヨークで同時多発テロ勃発のニュース。どうも夫の飛行機は乗っ取られていないよう。次の日早朝に夫の飛行機がアンカレッジに臨時着陸したことを知る。心配で寝れない日が続く。
2001年9月12日
カナダ警察が私の送った指紋採取のフォームを受理したことが、EMSのトラッキングでわかる。 夫は未だアンカレッジに足留めをくったまま。
2001年9月13日
2年前に受けたRubellaの免疫抗体検査の「抗体あり」の証明書をブリティッシュクリニックに持っていけるよう、予防接種を受けた医療機関に郵送を要請。夫、無事ニュージャージーへ戻る。
2001年9月18日
大使館にFAXでOF169を送る。10/17に面接を予約。警察庁に問い合わせたところ、無犯罪証明が出来上がっていた。
2001年9月20日
警察庁で無犯罪証明受理。
アメリカ大使館より、申請時に提出したアルバム、葉書等のパッケージを郵便で返却される。
2001年9月27日
アメリカ大使館へOF169をFAXで再送する。
2001年9月28日
東京ブリティッシュクリニックで検査。50分で終了。そこで、入国審査に必要なこともあるからとDS-3025のコピーも受け取る。
2001年9月29日
大使館よりアポイントレターを受け取る。面接日は 希望通り10/17の午前8:45。
2001年10月3日
東京ブリティッシュクリニックより結果受け取る。
2001年10月4日
夫がカナダ警察に電話。私の警察証明発行までにあと3週間かかることが判明。面接日までにこの証明書が着かないことが確実となり、がっくりくる。
2001年10月12日
夫がカナダ警察に再度電話。私の警察証明発行までにあと2週間かかることが判明。
2001年10月17日
大使館での面接無事終了。この面接にはカナダ警察からの警察証明書が間に合わなかったので、それが着き次第、大使館に出向くようにとレターをもらう。
2001年10月28日
夫がカナダ警察に再度電話。私の警察証明発行までにあと2週間か、それ以上かかるといわれ、大ショックを受ける。11/10に帰国を予定して格安チケットを買ってしまっていたので、その変更の手間もあってさらに頭痛がしてくる。
2001年11月7日
朝、夫より電話が入る。本日RCMPより電話があり、月曜日にフェデックスで警察証明が送られたとのこと。早ければ木曜日に着くとの知らせ。びっくりする。
なんとその日の午後に証明書が届く。
慌てふためいて帰国の準備のパッキングを始める。
2001年11月8日
朝一番に大使館に出向き、移民ビザを取得。
2001年11月10日
成田を出発。ノースウエストにて ミネアポリスまで飛ぶ。
飛行機はほとんど満席。ミネアポリスでの入国審査はスムーズだった。別室では私の前に6人の待ち。その後、乗継いで晴れてニューアーク空港に着く。夫と感動の再会。
2001年11月26日
地元のソーシャルセキュリティーオフィスに出向く。結婚証明書とパスポートを見せて、カードの姓名の変更と新住所の変更を届け出る。11/23にカードが届く。(わたしはすでに学生をしていたときにSSカードを持っていたためか、この日に手続きには新戸籍謄本は不要でした。)
|