Dolphyさんの移民ビザ経験談

2001年8月中旬
婚約!

NYで3月からインターンをしていた会社を辞め(このときはJ-1ビザ。その後週末にカナダへ旅行し、観光(ビザ免除)でアメリカ再入国)、ハワイの彼の実家で滞在期限めいっぱいのロンバケの真っ最中、約2年越しの遠距離恋愛を経て、彼からのプロポーズを受ける。

とんとん拍子で結婚式が2002年3月31日に決定。(ダメ元で問い合わせたワイキキの人気ホテルがたまたま取れてしまった・・・。普通だと準備に1年はかかると言われているアメリカでの結婚がたった8ヶ月先の3月に決まってしまった、思えばこれが全ての「焦り結婚準備」の始まりでした・・・(^^ゞ)

2001年9月初め
フィアンセビザの目標、崩れる!そしてぱたのうちとの出会い!

最初は甘い考えで「まぁ、帰国してからゆっくりとフィアンセビザを申請しよう」などと思っていて、ネットで情報を集めようと見ていたら、フィアンセビザはなんと下手すると3ヶ月〜6ヶ月かかることを知り、日本に帰ってからやっていたのでは3月の式までにハワイに戻ってこれない?! そんな時、「ぱたのうち」と衝撃的な出会い!

2001年9月中旬
いろいろあった説得期間!

彼と彼の家族に必死な説得の結果、どうにか彼が日本に来て一緒にアメリカ大使館で請願をしてくれることの合意を得る。

私が彼を説得するのに一番大変だった部分は、

  • 彼が来日による余計な出費を渋っていた(3月の式までに充分な資金をためないといけないことが彼のかなりのプレッシャーになっていた)
  • できるだけ私が帰国せずにそのままハワイで永住権の申請をできる方法を望んでいた(つまり私の不法滞在の道を考えていた)
  • できれば結婚式と婚姻日を同じ日にしたかった(移民ビザでは、最初に書類上だけでも結婚しなければならないので)
  • 私の家族(とくに父親)と日本で対面するのを実は恐がっていた(それまでメールや電話はしたことがあったが、直接会う機会はなかったため)
  • ホテルマネージャなので、長期の休みが取れにくい。とれても3日〜4日。

などでしたが、一つ一つ彼の納得のいくように説得をし、また不法滞在になって万が一国外退去となった場合のリスクなど、ネガティブな影響を説明して、やっと彼も理解してくれた。

2001年9月下旬
一度決まれば、行動は早い二人!

最初はぱたのうち『1ヶ月で移民ビザをとる方法』に沿って計画していたが、彼の要望で、「せっかく日本に行くのだからビザ請願以外の時はゆっくりと初めての東京や私の家族との時間を大事にしたい」ということで、最初のステップである婚姻だけは、ハワイで済ませてしまうことを決める。彼の親戚で司式者としてのライセンスを持っている判事がいたので、早速10/1をジャッジ結婚日として設定。

その他、二人で一緒に準備した事

  • I-130、G325A、I-864をINSサイトよりダウンロード、記入
  • 3年分タックスリターンを送ってもらうようIRSに電話
  • ホノルル衛生局にてマリッジライセンスの取得。手数料50ドル、血液検査なし。所要時間約15分。
  • なれそめエッセイ骨子を考える

2001年10月1日
ハワイでの結婚!

オアフ島Keヤehi Lagoon Gazeboにて、判事の前宣誓の言葉を述べ、マリッジライセンスにサイン。彼の両親と妹がWitnessとなり、結婚成立。彼の両親は、「本当にこのクレイジーな家族の一員になって後悔していない?私たちの家族へようこそ!」と笑いながら私をやさしく抱きしめてくれた。

その帰り、ホノルルの衛生局に寄って、結婚証明書と彼の出生証明書のオリジナルコピーの申請をする。

2001年10月4日
私だけ帰国・・・

婚姻のたった3日後、私は東京の実家にいた。もちろんこれもビザタイムラインの予定のうち。

2001年10月4日〜17日
下準備!

彼が来日するまで私はせっせと出来る限りの下準備をした。

  • 大使館にFAXにて「移民ビザ申請のための書類を送ってください」と依頼。数日後にパッケージが届く。
  • ビザ書類の記入。
  • 婚姻届の記入
  • 戸籍謄本を3部ほど兵庫県より取り寄せ。(1部は婚姻事実の報告届用、1部はビザ請願用-英訳作成、そして1部は予備用として)
  • 彼の出生証明書の和訳
  • 母子手帳の準備、1994年ワシントン州留学時代にMMRの予防接種を受けたので、その記録を送ってもらうよう電話で要請

2001年10月18日
旦那、来日!

結婚してすぐ離れ離れになった二人が2週間ぶりに再会。空港まで迎えに行って家に着く前にそのまま地元の区役所戸籍課によって、彼の持ってきたMarriage Certificateとともに婚姻事実の報告届を提出。これで日米両国で合法的な夫婦に。なんか幸せ。新戸籍は週明けには出来るといわれる。

それから、近くのスピード写真で二人の証明写真を撮る。

2001年10月19日〜21日
東京観光、家族だんらん

ディズニーシーやお台場ドライブに行ったり、東京在住の親戚を集めてカジュアルなお食事会を開く。毎日こてこての和食にも舌鼓を打ち続ける彼。彼は日系4世なので、やはり日本の文化への興味度は高く、すごい喜んでいて、私も嬉しかった。

心配だった父との対面も至ってスムーズだった。「案ずるよりも産むが易し」とはこのことを言うのでしょう。父も「息子が出来た(うちは二人姉妹)」といって、大変上機嫌だった。

大使館請願前夜には、全ての書類の最終確認。漏れはなく、コピーを2部ずつとっておく。

2001年10月22日(月)
いよいよビザ請願!パケット3ゲット!

用意したもの

  • I-130、G325A、DS-230 Part I
  • 彼のパスポート
  • 彼の出生証明書
  • Marriage License Certified Copy
  • 私の結婚前戸籍謄本と英訳
  • なれそめエッセイと写真や手紙
  • 110ドル(請願料用)
  • I-864と扶養書類
  • 55ドル(公証用)

<細かいタイムライン>

8:20
大使館ゲート到着。すでに10人くらいの列が。「入館の目的」を聞かれ、IDとして二人のパスポートを見せ、ゲートではバックと一人一人の金属チェック。

8:40
領事館入口でさらにセキュリティチェックを受け(電子辞書・携帯などは回収)、入館。
番号札を取る。9人待ちの11番目。

9:50
待つこと1時間と少し。順番になり、請願書類を提出。OKだったようで、キャッシャーで110ドルを払い、レシートを窓口へ再提出。

10:10
また番号が呼ばれ、なれそめエッセイを書くように言われたが、すでに準備していたものがあったので、エッセイ(2ページ)・写真・手紙などを提出。(面接の時に返してくれるそうです)
そして、無事Packet3&4をゲット!(^_-)

10:15
別窓口にて、I-864の公証の申し込み。
公証代55ドルはラッキーなことにタダにしてくれた!

10:40
レシート提出後、領事に呼ばれ、彼が右手をあげ、サイン。公証完了。

10:45
領事館・大使館を後にする。

12:30
公衆電話よりブリティッシュクリニックに24日午後で電話予約。

2001年10月23日
旦那、帰国。

またしばし離れ離れ・・・

10月24日
健康診断。

予防接種1本もなし!
予約の3時半に東京ブリティッシュクリニックへ。予約の時指示してもらった通り、恵比寿駅前交番で地図をもらい、ゆっくりと歩いて迷わず到着。徒歩10分強。

用意したもの

  • Packet3中の4枚の用紙
  • パスポート
  • 証明写真
  • 予防接種記録(母子手帳・アメリカ大学記録)
  • 現金3万円ほど。

受付で何枚かの誓約書(HIV感染が見つかった場合の条件など)にサインをし、看護
婦さんより「みずぼうそうはやりましたか?」と聞かれたので、「はい確かにやりました」と答えると、「それでは貴方は全ての予防接種を満たしていますので、今日はありません」といわれた。ラッキー!

身長・体重測定→視力→血液検査→レントゲン→血圧測定→全身軽診断(このときは下着オンリーの格好)と効率よく診断が行われ、結果受け取り日程の説明を受けて、4時にはクリニックを後にした。あっという間だった。

2001年10月25日
パスポート追記手続き

まず朝、地元出張所で新戸籍謄本を3部ほど取得。その後、都庁旅券課(新宿)にて、パスポートに彼の名字をカッコ書きにするため追記手続きをする。

必要書類

  • 申請書(現地)
  • 彼のパスポートコピーと和訳→事前に問い合わせたとき、彼のパスポートコピーで平気だと言われたのに、「原本でないとできない」といわれたが、食い下がった結果、ようやく結婚証明書とパスポートのカラーコピーで受付してもらう。ただし、写真のページに括弧書きがつくのは、新規申請の場合で、単なる追記の場合は、パスポート内の「追記」の欄にその旨プリントされる。
  • 結婚後の新戸籍謄本
  • 自分の身分証明書

2001年10月26日
追記済みパスポート引取り。警察証明申請。

再び都庁に行ってカッコ名字が追記されたパスポートを受け取り、その足で霞ヶ関の警察庁へ(私の場合、住民票が海外転出のままだったので、警察庁に行った)

用意したもの

  • Packet3
  • 新戸籍謄本
  • 住民票の除票→この日の朝、地元出張所にて取得
  • パスポート
  • アメリカでの住所を証明するもの(私の場合、ハワイで彼の住所で銀行口座を開いていたのでその明細書を提出)

両手全指の指紋をとり、30分程で終了。結果は2週間後。

2001年10月29日
ビザ面接リクエストFAX!

11月2週目以降でリクエスト。同じ日に、スピード写真(700円!)で斜め写真を撮影。

インスタントフォトで撮る斜め写真のコツ

  • バックが白かどうか確認
  • 取り直しが数回できる機械を探す
  • 写真の大きさは「ビザ用」(顔の大きさを調整する際、指定の丸よりやや小さめにする)

2001年11月9日
健康診断結果、警察証明受け取り。ビザ面接の手紙が届く!

大使館にFAXしてから丸2週間がたち、焦りはじめた矢先に大使館より手紙が届く。面接日は11月20日(火)AM8:45。健康診断の結果と警察証明もやっととりに行くことが出来、この日全ての書類がそろう。

2001年11月20日
ビザ面接。無事移民ビザゲット!!

用意したもの

  • DS-230 Part II、大使館からの面接日程の手紙
  • 新姓追記済みパスポート
  • ななめ写真2枚
  • I-864 & 扶養書類全般
  • 健康診断結果、警察証明
  • 325ドル

<細かいタイムライン>

8:20
ラッシュの電車でレントゲンがつぶれないよう注意しながら、ようやく大使館正門到着

8:40
正門、領事館入口の2回のセキュリティを通過し中へ。とった番号札はラッキー7!ぱたさんの掲示板で知り合った同じ面接日程のPomさんと会う。彼女は2番だった。

9:00
Pomさんと話をしているうちに次々番号が呼ばれ、私の番に。必要書類を提出、いくつかの追加書類を記入し、260ドルをキャッシャーで払う。

9:10
再び呼ばれ、レシートを提出。

9:30
一番右の窓口に呼ばれ、領事と窓越しで面談。質問内容は以下の通り。

    • 名前・アメリカ住所の確認、宣誓とサイン。
    • パスポートに2002年3月まで有効のJ-1ビザがあったので、それを無効にするスタンプを押すことについての了承
    • 旦那と知り合ってからの期間と彼の仕事について簡単に説明させられる。
    • 「あなたに移民ビザが発行されます」といわれ、65ドルを払った後、2時半に戻ってくるように言われる。

9:40
大使館を出て、一旦帰宅。

2:30
大使館に再び戻り、無事移民ビザゲット!

こうして、旦那が来日し一緒に請願をした10月22日から1ヶ月未満で移民ビザを無事取得することが出来ました!!ぱたのうちにあるたくさんの豊富な情報のおかげで、問題なく至ってスムーズな申請でした。ほんとにほんとーーーーに心から皆様に感謝いたします。

私は今年は、家族水入らずで最後の日本のお正月を過ごしてから、1月15日にハワイへ移住します。そして式は3月です。
本当にありがとうございました。
Dolphyより