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経験談(のん) おかげさまで、8月1日に移民ビザを取得することができました。ぱたさんのホ ームページを見つけたのはまだ今の夫との交際中で結婚のことも考えていない時でし た。そして改めて夫と結婚する時にぱたさんのホームページを思い出し、最後の最後 まで情報源として一番頼りにさせていただきました。 ぱたさんのホームページを繰り 返し読み、それだけを頼りにアメリカにいる夫に情報提供しながら二人でやってきま した。最初はあまりの手続きの多さに自分たち二人でできるのだろうか?と何度も不 安になって弁護士に頼むことも考えましたが、一歩一歩手続きを進めていき、なんとか日本での申請から約2ヶ月でビザを取得できました。夫も私も今、ぱたさんのホームページを信じて手続きを進めてきて本当に良かったと思っています。このホームページとの出会いがなければどうなってたことだろう、と思います。 私はここ数ヶ月ぱたさんのホームページを見なかった日はありませんでした。それくらい何よりも有益な情報源であり、また同じように頑張ってる方から力をもらえるエネルギー源でもありました。ぱたさんと皆さんには本当に感謝しております。 2001年5月15日 でも、彼は22日から1週間しか滞在できない!ホテルは予約済み!大阪−東京間の新幹線は予約済み!ということで朝からパニック!!!!!!家族や彼を混乱に陥れてしまった(もう今回の滞在でビザ申請は無理と言ってしまった私)。 2001年5月16日 さっそくホテル・新幹線をキャンセル。もちろんキャンセル料取られました。でも、最終的には郵送にしたことで交通費と宿泊費が浮いたことになり、時間はかかるものラッキーでした。 2001年5月22日 2001年5月24日(大安) 東京三菱銀行の本店(淀屋橋駅から領事館と逆方向へ歩いて3分くらい)で110ドルのマネーオーダーを作る。その日に(20分後くらい)もらえたけど手数料5千円。 両親、親戚と一緒に料亭で食事会(彼、初めての会席に感動)。その後、家の近くの市役所へ婚姻届を出しに行く。市役所中の人が私たちに注目していた。無事に婚姻成立(彼が子どものようにはしゃいでいた)。婚姻届受理証明書(大きい方)を頼んだが4,5日かかるといわれた。後日取りに行くことにする。 結婚指輪を買う。やっと夫婦になれたんだと実感。 2001年5月25日 2001年5月26日 近所の人たちを招待し、我が家で結婚お祝いパーティーを両親が開いてくれた。夜中まで大いに盛り上がり、夫は日本人の温かさに感動。 2001年5月27日 2001年5月28日 大阪のワタベウェディングにて和装(白無垢と袴)の婚礼写真をとる。身長194cm、足のサイズ31cmの夫はかろうじて一番大きなサイズの袴を着て、足袋は縫い糸をほどいてはきました。でも、すごくさまになってた! 2001年5月29日 2001年6月7日 2001年6月11日 2001年6月28日 夫にさっそく扶養証明で必要なものを送ってもらうように頼む。大学を卒業したばかりの夫は基準のラインに達しておらず心配。夫は両親と住んでいるので夫と両親の間のI-864Aがあればジョイントスポンサーは要らないというように書類には書いてあったが、大使館に確認したところ、「ジョイントスポンサーが必要と判断されるケースもありますので、一日でビザを取得されたいなら念のためジョイントスポンサーをつけて下さい」とのこと。それで、夫の母親にジョイントスポンサーになってもらいその書類も送ってもらうように頼む。 2001年6月29日 東京ブリティッシュクリニックに健康診断の予約の電話を入れる。7月11日に決まった。 面接の希望をFAXで送信。まだ第3段階に必要な書類が揃ってなかったのと混んでるかもしれないので余裕を見て1ヶ月先の8月1,2,3日のうちのどれかを希望。また、面接当日に大阪から新幹線で行くのでなるべく遅めの時間でお願いした。 2001年7月2日 2001年7月3日 2001年7月11日 抗体検査と母子手帳の予防接種記録のおかげで費用は25000円(健康診断基本料金)+おたふく風邪の予防接種(7250円)計33862円(税込み)でした。大阪に住んでいるので代金受取人払いで宅急便での郵送を頼んだ。 2001年7月13日 2001年7月16日 2001年7月23日 2001年7月31日 2001年8月1日 番号札はなんと62番。座って緊張しながら番号の呼ばれるのを待った。1時間以上たってやっと書類を出した。その後、260ドルを会計で払う。再び番号が30分後に呼ばれ、面接だと思いドキドキして窓口に行くと、大使館がチェックしてもう必要のないものはすべて返してくれた。その時に「次に領事との面接です」と言われた。 再び30分以上待って12時半過ぎ番号が呼ばれ、いよいよ領事との面接。緊張して英語がなかなか出てこない。でも、質問は本当に簡単で「今日、あなたのだんなさんはどこですか?」「だんなさんは働いていますか?」「グリーンカードの送付先の住所は誰の住所ですか」だけだった。それで、お決まりの「Everything looks fine!」の後2時半にビザを出せるから2時15分ごろ戻ってきて会計で65ドル払って待って置くように言われる。 あんなに心配した扶養証明に関しては何も聞かれず、拍子抜け。他の人は結構長々と質問攻めにあってたので、なぜ自分の面接があんなに簡単だったのかわからないけど、おそらく第一段階で夫と私の出会いに関するエッセイや写真、交換したメールのコピーなどいろいろ丁寧に提出したからかな。あと扶養証明につい最近まで学生であった夫に関するレターをつけたのがよかったのかも。まあ何よりも「ぱたのうち」を見て何度も書類が揃っているか確認したからでしょう。 とにかくビザがもらえることになり安心したもののまだ信じられない気持ち。ランチに入ったスターバックスで入れてもらったばかりのコーヒーのカップを落とし(ビザをもらえた興奮のせいです)、大迷惑をかける。 言われたように2時過ぎには大使館に戻り、会計で65ドル払って待ってると番号が呼ばれ書類の入ったA4サイズの封筒を受け取る。ビザはこの封筒の上にホッチキスでとめられている。ビザをついに手にしてやっと実感が込み上げ親に報告の電話を入れる。夫には携帯のメールで報告。みんなすごく喜んでくれた。でも、一番嬉しかったのはこの私!夜は興奮して2時ごろまで眠れませんでした。 私のような不注意でドジな者でも無事にビザが取れたのは本当にぱたさんと皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。「ぱたのうち」を通してぱたさんや親切な経験者の方々に出会えた私は本当に幸せです。これからも渡米前や渡米後たくさんすることがあり、また皆さんにお世話になると思いますがどうぞよろしくお願いします。ぱたさん、皆さんお体には気をつけてくださいね。 まだビザを手にした喜びと興奮からさめないのんより。 |