みなさんのビザ取得!

私のPCはずっと英語オンリーだったため、情報収集は大変でした。日本語のソフトを入れ、ぱたのうちを知った時には、既にビザが取れて、アメリカにいました。早くから知っていればあんなに苦労しないで、すんだのに〜

私の場合、学生ビザ(F−1)で、アメリカに留学していました。5年の学生ビザの期限が切れる寸前に学校を卒業したので、就労可のプラクティカルビザで、1年間働き、その会社で、今の主人と出会いました。

かといって、プラクティカルビザは延長ができないので、もう一度学校に戻るという形にして、学生ビザの再申請をし、新たに5年のビザを運良く手に入れ、(再更新は結構、難しいといわれている。)しばらくして、アメリカで結婚しました。

私は学生ビザはもっていたものの結婚後、全く学校に行かなくなり、普通だと確か、2ヶ月以内に自動的に学校の方から勉学する意思なしとみなされ、除名処分ーー>日本にお帰りとなるのですが・・・私たち夫婦の場合のんびりしてるのか(?)結婚後4ヶ月してから、ようやくビザ取得へ動き出しました。

私たちの住んでいるカリフォルニアは、全米でも1.2を争う移民の多さということで、アメリカ市民との結婚でも、グリーンカードまで、1年半かかります。のんびりしてた割には^^1年半も日本に帰れないのはちょっと・・・ってことで、日本での申請を決めました!

先ほど、書いた通り、学生でありながら、学校に行かずにアメリカに居たことは、不法滞在になるのかな〜と心配しながらも、”なんとかなるでしょ!”と常に、ポジティブ!前もって、INSとアメリカ大使館のWEBを念入りにチェックして、取り寄せられる書類はあらかじめ取り寄せ、近所の図書館で、全てタイプしました。勿論手書きでも問題ないのですが、タイプだったら、誰が見ても間違えずに済むだろうと思いタイプにしました。

2001年2月中旬
日本到着!彼の会社と私のマイレージで、ビジネスクラスでのフライト(なんて快適!)

2001年2月20日(月)
日本では平日だけど、アメリカでは、祝日。したがって、アメリカ大使館もお休み。
初めからわかっていたので、家族で温泉旅行に行く。(旦那サマ、父と温泉につかるの巻!)

2001年2月22日(木)
実家は千葉だけど、この日は東京見物をしたので、そのまま東京で宿泊。
次の日アメリカ大使館に行くので、この方が好都合!

2001年2月23日(金)
迷いたくなかったので、意外に近かったけれど、タクシーで、アメリカ大使館に到着!
門の外には既に何人か立って待っていた。飲み物・食べ物一切持ち込み禁止!
番号札は8番。
中には結構たくさんいるもんだなーっていうくらいカップルがいて、旦那サマが話し掛けた情報によると、軍の人が多かったそうな。。。
番号を呼ばれ、20代後半くらいの日本人の女の人が丁寧に日本語と英語で説明をしてくれた。

日本の戸籍は7ヶ月前のものだったけど、問題なし.自分で、英語に翻訳。翻訳証明も念のためつけておいた。

私の苗字をミドルネームとして、使って書類を提出するには、パスポートの追記にその旨を知らせる手続きが必要ということを言われた。

書類は全て受理され、とりあえずは問題なし.。

2001年2月末
旦那サマお帰り。

パスポートの追記欄に私の苗字のあとにかっこ書きで(彼の苗字)を付け足すため、申請に行く。その際、証明するものがありますか?と尋ねられ、ネバダ州の結婚証明書(原本)を見せる。数時間後、パスポートが戻ってきた。(有料)

千葉県警にも、警察証明を申請に行く。出来上がりは1週間後とのこと。(無料)

2001年3月初め
東京タワーの真下の病院(名前は忘れた)で、健康診断.。時間どおりに行ったのにもかかわらず30分待たされる。
レントゲンの際、妊娠の可能性は?ときかれ、、、(やばい・・・家族温泉のとき、できたかも?!)ってことで、レントゲンは見送り。「それでは、次の生理がきたらまたこちらに連絡してください」(あーーーまた行くハメに。。。)

2001年3月中旬
こんなときに限って、生理が遅れたが、結局妊娠はしていない。
書類は全て揃っているのに、あとは健康診断を残すのみ。また、病院へ。プラス7000円で、NEXTサービスで健康診断の結果を受け取れるのだけど、めんどくさくって(笑)通常の1週間後の受け取り。

2001年3月下旬
書類が揃ったのでアメリカ大使館に面接のリクエストをFAX

約2週間後
面接の日にちを知らせる手紙が届く

2001年4月下旬
面接。8時半に大使館に到着。雨の中既に、何人かが同じようなレントゲン写真の入った大きな茶封筒をもって並んでいる。(何気にみんな緊張気味?)
番号札12番。

40代くらいのおじさま。とても丁寧な対応だった。
書類が受理され、さあ、面接!てっきり、奥の部屋か何かに行くのかと思いきや、一番端っこの窓口で、右手を上げて、宣誓をしている人がいた。え?!あれが面接?
面接官は30代前半くらいの白人の女の人で、見た感じやさしそう。
私の前の人はなにやら、自分からいろいろ質問しているらしく、他の人に比べ長かった。

さて、私の番!
白人の女の人は見た目だけでなく話し方もやさしかった。
質問は、
”彼とどこで会いましたか?”
”彼は今どこにいますか?”のみ。
そのあと、あーあなたはアメリカに長くいたのね。と言われおしまい。

心配してた学生ビザのことは聞かれなかった。

2001年5月初旬
アメリカに入国!「移民申請の人はこっち〜」という声の方のカウンターをめざす。
が・・・・椅子に座り待つこと30分。私より早くいた女の人はオーストラリアからで、私たち日本からのフライトより一本前に到着したらしいが・・・彼女はもっと待たされてるとぼやいていた。彼女はオーストラリアで申請して、1ヶ月で取得したと言っていた。

以上が私のビザ取得までのストーリーです。

私の場合申請から取得まで、約2ヶ月かかりました。久々の日本だったので、のんびりしていたのと、どっちにしろ旦那サマが仕事で、家を離れていたので、急いでアメリカに戻る必要もなかったからです。

ちょっと私の文章がわかりずらかったかもしれませんが、、、皆さんの参考になれば光栄です!