サムさんの移民ビザ体験談!

昨年9月に付き合っていた彼(アメリカ人)との結婚が決まりました。しかし彼はアメリカ、私は日本で離ればなれの状態だったので、違法とわかっていたけれどもビザなしで1月にアメリカへ入国してしまおう、と考えておりました。

しか〜し、なんか変な胸騒ぎがして、インターネットでビザ関係をきちんと調べてみようと思いチェックしていた時に、ぱたさんのサイトに出会いました。ビザなしの入国がどれほど危険か、ということをサイトと通して感じ、すかさずこのアイデアは断念しました。それからは、婚約ビザにするか、移民ビザにするか色々彼と相談して、結局2月に彼が日本に来て、移民ビザを取得することにしました。

そして婚姻届を2月14日(水曜日)のバレンタインデーとし、アメリカ大使館に16日に行き移民ビザを申請して、結婚式を2月17日に行うことに決めました。

その間2月まで時間があったので、アメリカで彼自身の出生証明書、扶養証明書に必要な書類を取り寄せてもらい、私はアメリカ大使館から移民ビザの書類(I-130)を送ってもらったり、大阪領事館から結婚具備証明書の書類を取りよせることを最初に行いました。

ちなみに私は岐阜に住んでいるので名古屋のアメリカ領事館にて具備証明書を申請して当日に市役所に行って婚姻届を出し、名古屋領事館に戻って公証してもらうことは出来ないかと問い合わせたところ、大阪領事館が水曜日に出張して来るのでこの件は大阪領事館に問い合わせてほしいと言われました。そこで大阪領事館に問い合わせたところ、名古屋には1:30pmまでしか領事が滞在しないので公証までは出来ないと強く電話で言われました。

結局、2月14日に大阪領事館まで出向き婚姻における手続きを行うことになりました。そして、各提出書類を見栄え良くするために、コンピューターを使って取り寄せた書類を再度作成して、名前、住所等必要事項を打ち込んで、日本語の彼の出生証明書、結婚具備証明書、英語の婚姻受理証明書、翻訳証明書、私自身の戸籍抄本等を作成しました。(大阪領事館、アメリカ大使館の両方で、これらの書類の出来栄えを誉めらました)

2001年2月10日
彼が日本に来日

2001年2月14日
大阪領事館へ朝8:55に到着。入口で荷物のチェックを受け、必要な物以外はセキュリティーに置いておく。4階の申請窓口に行く。誰も待っている人はいなかった。

9:10に窓口が開き、彼が具備証明を申請する。申請料金を支払ってから、しばらくして領事の前で彼が宣誓して、書類を受け取り、その足で大阪北区役所に出向き、婚姻届を提出(このときも私達だけでした)。

婚姻受理証明書を大きいサイズ1枚(タイプ打ちしてあり、とても見栄えの良いものでした)と小さいサイズ2枚をお願いして、しばらく待ってから、両方を受け取り、大阪領事館に戻り、翻訳を公証をしてもらう。

公証手続き料は$55以上支払う。なぜかというと何枚公証しても$55というのはアメリカ大使館で公証した時だけで、大阪領事館は大きいサイズは$55で何枚でも同じ料金で、小さいサイズ何枚でもは$45で公証してもらえることになっているからだそうです。各領事館にて料金システムが違うということも言ってみえました。
昼からゆっくり大阪見物し、大阪で1泊する。

2001年2月15日
この日は移動日
大阪11:58発ののぞみで東京に13:50に到着。
ホテル(虎ノ門パスカル)にチェックインしてから主人の顔写真を撮りに行く。その後渋谷へ出かける。

夜8:00頃戻り、虎ノ門パスカルには共同浴場があったので、ゆっくりお風呂に入って、翌日の準備をして就寝。

2001年2月16日
朝8:05にホテルを出て、タクシーで大使館へ。(歩くと坂がきつい!とホテルの人が言っていたのでタクシーにしたが、タクシーに乗ってからビックリ。全然急な坂ではなかった。歩いてでも行ける!!)

8:10には大使館の門で荷物の検査を受け、館内に入る前にセキュリティーチェックを受けなかに入る。番号札は3番。20分ほど待って窓口が開き、すべて必要な書類を提出。料金を支払い$110(日本円で支払う)すぐにパケット3を受け取る。

しか〜し、このとき出会いについてのエッセイや、2人の写真を提出しなったことが後のトラブルとなる(なにも尋ねられなかったので必要ないんだと思い込んでいた)こととは知らず、I-864を公証してもらい大使館を後にした。

9:25頃にはすべて終え3時のブリティシュクリニックのアポまで時間があったので、六本木へと出かける、が何もこれといって興味のあるところではなかったので、すぐ恵比寿へと向かう。少しそこでブラブラしていたが、二人とも疲れてきたので、ブリティシュクリニックで待たせてもらおうと思って12時少し過ぎには交番で地図を受け取り、ブリティシュクリニックへ向かった。わかりやすい地図だったので迷わずに行けた。

そして、"アポイントの時間よりかなり早いのですが待たせて下さい"と受付の人にお願いしたところ、時間が調整つけば、早めに医師の診断をしてもらうことにしますね。と優しいお言葉。そして、看護婦さんも待っている間に、血液検査と、レントゲンをとってしまいましょう!といわれ、これらの検査を先に行う。私は地元のクリニックで免疫抗体の検査してもらいその結果を一緒に持って行ったので、免疫はあるとみなされ予防接種は1本も受けずにすみました。

1:50には医師の診断(5分位の簡単な診断)があり2:10にはすべて終了。25,000円支払って、ブリティシュクリニックをあとにする。レントゲンは着払いで後日送ってもらうことにしました。すべて終えてから、どんな書類がレントゲンと一緒に入っているかの説明もありました。

私の感想ですが、ブリティシュクリニックの人達は皆親切で看護婦さんもフレンドリーで感じがよく、テキパキと患者さんの対応をしたりしてみえました。

その後、名古屋へ3:30の新幹線で帰る。

2001年2月17日
結婚式

2001年2月18日
主人が帰国

2001年2月19日
岐阜県警へ警察証明書を申請に行く。朝10:00に必要事項なを書類に記入し、パスポートと戸籍抄本、住民票を提出してから、指紋をとってもらう。高感度の指紋摂取の機械で、私の体温が低すぎるためちょっと時間がかかったが、無事終了する。

警察証明書は通常10日かかると言われ、"10日もかかってしまうのですねー" と何の考えも無しに言ってしまった後に、係の方が"急いでいるのだったら早めに書類を仕上げるようにやってみるよ!"と嬉しいお言葉をくださり、もちろん "早めにお願いします"と答えると、22日に書類が出来ているかどうか一度連絡を入れて下さい。出来ているばその日に取りに来てとのこと。県警のフレンドリーな対応にに私自身驚いたと同時に親切な態度に感謝して、その足で岐阜の旅券センターに追記欄の姓名の変更に行く。

姓名変更に必要な書類の新しい戸籍謄本がまだできあがっていないので、婚姻受理証明書で申請できますか?と質問して、できるということなので、そのまま手続きを行う。申請用紙記入時にわからないと困るので、ここで書いて下さいね!とまたまた優
しいお言葉。半分は聞きながら書類を埋めていく。22日は追記欄に姓名変更が仕上がるとのこと。うまくいけば警察証明書をパスポートが同じ日にできあがり取りに行けるのではないかと思って嬉しくなる。

2001年2月22日
県警に朝、警察証明書ができているかの確認の連絡をしたところできているということなので、さっそく取りに行く、そして、パスポートも受理する。早いとは思ったが大使館に面接日のファックスを3月5日ということで入れる。

2001年2月23日
ブリティシュクリニックからレントゲンが宅配便にて届く。(着払いのため860円支払う)

そして、この日にアメリカ大使館から手紙を受け取る。昨日ファックスを流してもうその返事??と不思議に思って開封してみるとこのメールには、ショックなことが書かれておりました。

提出書類のなかで不足書類があるので提出してくださいとのこと、なに〜??と思いおそるおそる読んでみると、二人の付き合っている証明できる書類(写真、エッセイ、訪問日のパスポートのコピー、電話の通話明細書など)の提出とI-130のQ18とQ21の空白の部分を埋めて再度提出してくださいと書かれておりました。
も〜う、すごいショック!!思わず涙がこぼれてきました。しかし、この手紙を開封したのがすでに大使館の業務時間が終わっていた時間だったので、この日には大使館には連絡をとることができませんでした。

二人の付き合っている証明できる書類については、16日の日に移民ビザを申請したとき、係の方は二人の付き合っている証明できる書類の提出を私達には求めませんでした。だからそのとき手元にもっていたのにもかかわらず、提出せずに持って帰って
きたのに、今さら提出を求めるなんて...(私達の落度?!?!)

I-130のQ18とQ21の空白の部分については、いずれも枠からはみ出してしまうというこで、私自身がわざわざコンピューターでI-130のQ18とQ21の空白の私のanswerを作成して、I-130につけて提出したにもかかわらず、(しかもわかりやすくQ18とQ21と分け、質問事項を大きいフォントにしてわかりやすくした)再度提出を求められるなんてわけがわからない!と怒りをも感じておりました。

さっそく主人にも連絡を入れ、彼もこの大使館からのメールに関してはビックリして、どんなことをしてでもアメリカへ一日も早くこれるようおしまず協力するとの暖かい言葉に励まされ、土、日曜日の週末も、あまりこの件に関しては考えないようにして過ごす事ができました。

2001年2月26日
さていよいよ待ってましたの月曜日!朝一番に大使館に連絡を入れ、オペレーターの女性と話すことができました。

まず、二人の付き合っている証明できる書類についてに関しての質問をする。窓口で係の方が要求されなかったので申請時に持っていたにもかかわらず提出しませんでしたと正直に伝え、そして、この書類は絶対の提出書類ですか?と尋ねたら、オペレーターの方は"はいそうです!"と回答。では、なぜそのときに窓口の方は提出を求めなかったのでしょうか?と再び質問をしたところ、オペレーターの方は"申し訳ありません、この件は私どももミスで、そのときの係のものにこの件に関して今後十分に注意するよう伝えておきます"。と言われ私も納得することができました。

そして次の件で質問をする。
I-130のQ18とQ21の空白の部分について、私自身が作成した書類をつけて提出したと伝え、書類を探してもらったところ、やはり大使館側にあり、これらに関しては、提出は間逃れました。

しかし、二人の付き合っている証明できる書類に関しては、どうしても提出しなければならなかったので、すぐに送るということを伝え、気になる面接日はいつ頃になりますか?と聞いたところ、書類を受け取って領事が確認をしてそれから面接日を決めていくので、大体1ヵ月と2週間位先になります。え〜???1ヵ月と2週間位先???もう目の前は真っ暗!!電話口でショックを隠しきれなかった。でもオペレーターの方の優しい声に励まされ、書類を早く提出することが先決となり、電話を切りました。

主人にさっそく連絡を入れ、大使館の領事宛にすべての状況をきちんと把握してもらうために英語の手紙を書いて欲しいと頼み、すぐe-mailで送ってもらう。それをすぐにプリントアウトする。私も日本語で手紙を書き、書類を一緒に提出できるよう準備を整える。

2001年2月27日
翌朝10時着便で、書類を大使館へ郵送。

2001年2月28日
大使館に書類到着!

あ〜後1ヵ月と2週間位は日本に居なければならないんだということで、地に足つけて色々なこと整理していこうと決め、またこの間に前々から考えていた姓名を主人の姓に変更することに決めた。しかし焦らなくても時間はたっぷりあるので、市役所にいくことを3月5日まで待って5日の朝に変更手続に行く。新戸籍謄本も5日位ででき上がるとのこと。

これで主人の姓に書類上変わってしまうんだと実感していたところにその日の夕方4:30分に大使館から電話があり、アメリカにいつ頃行く予定か?と聞かれ、早ければ早い時期を考えています。できれば15日頃がいいのですが(なぜ15日が出てきたのか今も不思議)...と質問に答えるとそれでは、3月13日にキャンセルがありますので、この日朝8:45の面接時間はどうですか?と再び聞かれ、はい!いいです。ということですんなり面接日が決定した!!大使館から直接電話をもらうなんて、しかもこんなに早く面接日の日が決まるなんて夢にも思っていなかったので、嬉しくてたまらなかった。(大使館からの電話口でおもわずうれしい!と言ってしまった)

でも大変なことになってしまった。というのも戸籍謄本の姓名変更とパスポートの新しい姓での申請の手続きが残っている。さて、果たして12日にまでには間に合うのだろうか???

市役所に問い合わせ、係の方に状況を説明、通常は5日は待ってもらうのだが、特例で6日の夕方に仕上げるとのこと。次に旅券センターに連絡をいれ、7日にパスポートを申請した場合、受理できる日はいつか?と問い合わせたら、12日には新パスポートはでき上がるとのこと。すべて、揃えて12日の夕方には東京へ行くことができると確認して安心する。

2001年3月12日
新パスポートを受理
夕方東京へと向かう。

2001年3月13日
面接日
朝8:15に大使館の門に到着。風の強い日でしかもこの日はなかなか中に入れてもらえず、門の前で10分位震えながら待って、ようやく中に入れてもらえた。この時の番号札も申請時の時と同じ3番。窓口は8:50に開き、3番が呼ばれ、必要書類を提出、申請料金を支払、再び番号が呼ばれるまで、30分位待っていてください。と係の方に言われ待つこと1時間10分。

3番の番号がつき領事ととの面接。私の場合色々事細かに質問された。(質問は10位あった)
無事面接終了、手数料$65を支払い2:30にもどって来るようにいわれ大使館をでる。

その後、渋谷で用事を済ませ、六本木に出向いて時間をつぶす。2:15には大使館に着いたが、セキュリティーのチェックに時間がかかり館内に入るとすでに番号は6番となっていた。窓口の係があいたとき、3番なのですがと番号札を見せると、すぐに移民ビザを手渡してくれた。

名前、住所の間違いがないかを確認してビザを受け取り新幹線で名古屋へ向かう。

2001年3月15日
関空からサンフランシスコに入国
イミグレーションではNew Immigrantというラインに並ぶ。といっても私一人だった。イミグレーションの係の人は感じの良い女性でした。なんとイミグレーションでも大使館でされた同じ様な質問を5つ位された。それから指紋をとられ、グリーンカードの説明を聞く。カリフォルニアはグリーンカードが手元に郵送されるのに9ヵ月かかるとのこと!!もしこの間に働く事になったりした場合、パスポートをグリーンカードのかわりに見せるようにとのことなど色々と説明してくれました。

そして今はの〜んびりとグリーンカードを待っているところです。

自分自身やっておいてよかったとおもえることは下記の件です。

  • 書類(Birth certificate, Translation of Certificate of Acceptance of Report of Marriage, Certificate of translation, 具備証明書、など)をコンピューターで作成したこと。(誉められました!!)
  • 事前に予防接種はどれだけ必要かを確認して前もって免疫を調べて証明書を検査結果を持っていたこと。
  • 主人を書類の確認、彼が日本に来る前に3〜4回行う。(くどいと言われたがとにかく確認をした)

ぱたさんのサイトに出会え何度でもビザの手続きを読み返したこと(それでもミスがあった)、また他の方々の体験談を読み、色々なシチュエーションを前もって理解していたこと等が、トラブルがあっても1ヵ月以内に移民ビザを取得できたことにつながったのではないかとおもいます。

移民ビザ申請で色々な体験をしたことは今は私の大切な思いでの一部となっております。これから移民ビザを申請されるかたが私の体験を読んで、どんな問題も必ず解決できるんだということを信じ、ビザを取得されることをお折りしております。