Sassyさんの経験談

私の場合特別な事件もなく、ただ順調に事が進んでしまいましたので、どれ程のお役に立てるかはわかりませんが、これから結婚・ビザの取得を目指される方々の参考に少しでもなれば、と思っております。

2000年11月初旬
私のビザ(B-2)が切れる2ヶ月前、ずっと一緒に暮らしていた彼と今後の事に付いて話し合い、結婚することに決定。親に結婚の事を告げなければ、と思いつつ日は過ぎていきました。

2000年11月中旬
遂に私の両親に結婚の事を話しました。ビザが切れるまでのあと2ヶ月のうちに結婚して永住権の申請をするか、日本へ帰って婚約者ビザで戻ってくるか思案中、たまたま電話をしてみた移民専門の弁護士さんから「日本へ2人で行って移民ビザを取得しアメリカに帰って来るのが永住権取得への近道」と教えてもらいました。そんな方法があるなんて・・・とにかくインターネットで情報収集。そんな時「ぱたのうち」に出会ったのです。

「ぱたのうち」に掲載されている情報をプリントアウトし熟読(したつもりでしたが、掲載されている内容についてもぱたさんに何度も質問してご迷惑お掛けしました)、永住権取得のそれぞれの方法を彼に説明しました。

彼は「しばらく離れ離れにならなければならない」という理由から、日本での移民ビザの取得にはあまり乗り気ではありませんでした。でも「結婚する前にちゃんと私の両親に挨拶したい」という彼の希望、「アメリカに戻ったらすぐにでも働きたい」「久しく日本に帰っていないので日本で会いたい人も一杯いるし、結婚前にしばらく両親と過ごしたい」という私の希望、「結婚したら色んな所へ旅行したいよね」という旅行好きの2人の希望、等などを考慮した結果、やはり日本で婚姻届提出・移民ビザ取得が一番私達2人の希望に叶っていると判断。

2000年11月下旬
彼の両親へ結婚の報告。彼のBirth Certificateはどこ?って事で親子でもめてました。大丈夫かしら・・・と心配になる。

2000年12月初旬
各種フォームをダウンロード。同時にINSに彼が、日本の大使館に私が書類一式を送付依頼(念のため)。ちなみに日本のアメリカ大使館へはFAXで依頼し、アメリカと日本の両方の住所を書きましたが、書類は日本の住所宛てに届きました。

婚姻要件具備証明書取得の際に提出する用紙も同時に依頼し、これもビザ申請用の書類一式と共に日本の住所宛てに送られてきました(和訳用の用紙も入っていました)。母に戸籍謄本・住民票・婚姻届用紙を取得してもらい送ってもらいました。

2000年12月中旬
書類が続々と手元に到着。各書類に記入を始める。間違っても同じ書類がいくつもあるからOK。

戸籍謄本を持って領事館へ。「翻訳用のひな形はありますか」と尋ねると「ひな形はないけど、こちらで訳せますよ」とおっしゃるのでお願いする事に。でも戸籍謄本なのに私の部分しか訳せないとのお話し、「???」良くわかんないけど2通お願いしました。1通$11.50。お金取るなんて知らなかった・・・でも後の祭りでした。出来上がりまでは3、4日かかりました。

彼と2人でパスポート写真を撮影しに行きました。

この時点で彼のBirth Certificateは見つかっていませんでした。新たに発行してもらったら2ヶ月ぐらいかかるらしいのでそれは間に合わないし・・・「ぱたのうち」で第一段階で彼が出頭する場合はパスポートでも代用可との事でしたし、大使館からもらった移民ビザセットのサポート書類の説明に「Birth Certificate or Passport」とありましたのであまり心配はしませんでした。でも念の為大使館へFAXで問い合わせましたところ「どちらか1つで結構です」とのご回答を戴きほっと一安心。その後すぐ彼のお母さんから彼の「Birth Certificate」も郵送されてきました。

ようやく日本行きのスケジュールが決まり、航空券を予約。日本での婚姻届提出・ビザ請願の日程も必然的に決定。

彼がアメリカへ帰った次の日に健康診断を受けるように、東京ブリティッシュクリニックへ予約の電話を入れました。「健康診断の時までにPacket3を取得されますか」とおっしゃるので「間違いなく取得しています」と言いましたら予約を入れて下さいました。

彼がアメリカ大使館内のIRSへ1040のコピー発行をFAXにて依頼。日本の私の実家宛てに送ってもらうようにしました。

2000年12月下旬
提出書類などほぼ準備完了。記入の仕方が分からないところはブランクにしておきました。

日本の実家へは彼の1040はまだ届いてないとの事。年明けまで待つ事にしました。

領事館で翻訳してもらった物は本当に戸籍謄本の訳として通用するのか不安だったので、念の為ぱたさんの見本を見て自分でも翻訳を準備しました。

2001年1月3日
「ぱたのうち」の皆さんの「アメリカで予防接種した方が安い」とのお話を思い出し、かかり付けの病院に問い合わせ。年明け早々で担当の先生は休暇中でした。4日後には日本に向け出発しなくちゃ行けないし、時間が無い!電話帳で移民局指定の病院を発見。早速予約を入れました。母子手帳は間に合わないので、今までに受けた予防接種名、かかった病名等を電話で母に確認。

2001年1月4日
予防接種第一弾。Td (破傷風・ジフテリア)2種混合。
彼の1040はまだ実家に届かず。再度FAXでIRSへ依頼。

2001年1月6日
予防接種第二弾。
MMR3種混合。費用は全部で$150(保険なし・初診料含)でした。アメリカにしては高い方だけど、東京ブリティッシュクリニックで接種するのよりはるかに安いと思います。接種記録も書いて戴きました。

実家へ彼の1040が届いたとの連絡あり。これは恐らく最初に依頼した分。

2001年1月8日
日本へ向け出発。

2001年1月9日(火)
日本に到着。空港からの成田エクスプレスの中で彼に2人の出会いについてのエッセイを作成してもらいました。「ぱたのうち」で皆さんがエッセイを提出した、とおっしゃっていたので念の為。

この日両親に婚姻届の証人の欄に記入してもらいました。明日いよいよ婚姻届を提出するので、提出書類のチェックなど休む間もなく夜は更けていきました。

2001年1月10日(水)
朝、出掛け間際の父をつかまえて彼が「今日、婚姻届を提出しに行きます。彼女との結婚を認めて戴いて有り難うございました。必ず彼女を幸せにします」と挨拶。皆忙しいので感動に浸る間などなく・・・

タクシーで大使館へ向かう。8時半現地着。門の所でパスポートを見せ中に入ると、ドアの所には誰もいなかったので「もしや一番乗り?」と思いきや、中では待っていらっしゃる方がいて引いた番号は8番でした。

10分ぐらいして番号が呼ばれたので窓口に行くと「婚姻要件具備証明書発行は公証窓口の方です」と言われそちらに行くと、特に番号札などはなく空いている窓口に行って手続きしました。この際に婚姻届受理証明書の英訳のひな形をもらいました。

会計で$55を払ってレシートをもって窓口に戻ってくるように言われ、言われた通りにしました。しばらくして領事が彼の名前を呼び窓口へ行くと婚姻要件具備証明書を発行して下さいました。

9時過ぎ港区役所赤坂支所へ到着。婚姻届けを提出。間違えた個所はその場で訂正しました。特に訂正印も押さなくて良かったです。婚姻届受理証明書を発行してもらう為に用紙に記入するのですが、その際に印鑑が必要です。

「受理証明書発行に30分ぐらいかかります」と言われましたが、役所の中で座って待っていると実際には15分ぐらいで出来上がりました。大きいのを1通、小さいのを2通発行してもらいました。

10時少し前に、書類を公証してもらう為アメリカ大使館へ戻りました。彼のパスポートのコピー、I-864、婚姻届受理証明書を公証して戴きました。なぜか婚姻届受理証明書だけは私が窓口へ持って行きました。窓口の方は「今日結婚したばっかりだから無料でやってあげるからね」とおっしゃいました。日本人が書類を公証してもらう場合には本来はお金を払うんだと言う事をすっかり忘れてました。優しい方で良かったです。$0のレシートを会計でもらってくるように言われました。

その後査証課に戻り「ビザ請願の為の書類を今日提出し、2日後の金曜日にPacket3を受け取りにだけ来る事は出来ますか」と尋ねましたら「今日は水曜日ですので、外のメールボックスに投函してもらう事になります。そちらに投函した場合には出頭提出とは同じ扱いにはなりません」との事でしたので、金曜日に再度出頭する事に決め、書類記入で不明な個所に付いての質問だけして大使館を後にしました。全て終わったのが10時45分頃でした。

2001年1月12日(金)
8時35分大使館到着。引いた番号は一昨日と同じ8番でした。この日は皆さんビザの請願にいらしてたので1組1組に時間がかかり、呼ばれたのは9時20分頃でした。

窓口で書類を提出し、担当の方が書類に不備がないか1つ1つチェックし終わった後「2人の出会いについてのエッセイを書いて下さい」とおっしゃったので「書いてきました」とエッセイを提出しましたら「2人の出会った時の状況について書いてありますか」と少し怪訝そうに(何でエッセイ書く事知ってるのー?って感じで)お聞きになったので「はい」と言いました。そうしましたら「それでは書いていらした方で結構です」とおっしゃいました。

私の戸籍謄本の訳ですが、領事館でしてもらった私の部分のみの訳は戸籍謄本の訳としては認められませんでした。戸籍謄本は家族全員が載っているので、やはり全部を翻訳しないといけないみたいです。自分でも訳しておいてよかったですー。

会計で$110を払うように言われました。しばらく待つとまた番号が呼ばれて無事Packet3を取得できました。

2001年1月15日(月)
彼がアメリカへ帰国しました。

2001年1月16日(火)
有楽町の交通会館へパスポートにアメリカ姓を載せる手続きをしに行きました。午後2時までに受付を済ませれば、当日パスポートを返してもらえます。

必要な物:
彼のパスポートのコピー
戸籍謄本及び婚姻届受理証明(オリジナル)
住民登録を証明できる物(免許証など)

この日私は提出可能な婚姻届受理証明書を持っていなかった(公証済みのは持っていましたが、それは保存用なので提出する事が出来なかったのです)ので、新たに婚姻届受理証明書を取得の上、後日出直す事にしました。ちなみに結婚後の新しい戸籍謄本があれば婚姻届受理証明は不要です。

港区役所赤坂支所へ電話をして婚姻届受理証明書を追加で発行してもらえるか確認したところ「出来ます」との事でしたので有楽町から赤坂へ。赤坂支所で念の為3通小さいのを発行してもらう。(申し込み用紙に記入するのに印鑑が必要でした)

警察証明取得の為警視庁へ。有楽町線桜田門駅下車。4番出口を出ると目の前が警視庁です。警視庁の受付で「無犯罪証明取得の為、渡航証明係をお願いします」と言うと受付の方が担当者に連絡して下さり、担当の方が受付まで迎えに来て下さいます。

受付時間 :月金 午前9時から11時30分と午後1時から4時30分

必要な物 :

  • 大使館からの書類(Packet3の中に入ってる警察証明に関する用紙)
  • パスポート
  • 戸籍謄本(抄本)及び住民票(どちらも6ヶ月以内に取得の物)

出来上がりまでは土日を含め10日間です(私の場合16日申請で、26日出来上がりでした)。受け取りの時には新しい戸籍を持参するように言われました。出来上がりの日までに新しい戸籍を取得できない場合には、新しい戸籍を取得してから来るようにとの事でした。

2時東京ブリティッシュクリニックで健康診断。

必要な物:

  • 大使館からの用紙(Packet3に2枚づつ入っている)
  • パスポート
  • 母子手帳
  • 接種記録
  • 現金6万円くらい

血液検査、レントゲン、問診のみでした。予防接種はアメリカで受けたので必要ありませんでした。費用は健康診断料のみで26,250円(税込み)。結果は19日以降に電話で出来ているかを確認の上取りに来るように、との事でした。

2001年1月17日(水)
大使館へOF169をFAX。面接希望日を1月30日(火)とする。

本籍地(私の場合本籍と住民登録してあるのが同じ所です)の役所へ電話。新しい戸籍が出来ているかを確認。「港区役所赤坂支所からは連絡が来ていますが、まだ作成はされてません。急ぎでしたら明日までに作成しておきます」とのことなのでお願いする。

2001年1月18日(木)
新しい戸籍謄本を3通取得。そのうち1通は第3段階で提出用に英訳する。

2001年1月20日(土)
大使館から手紙が届く。「まさか、こんなに早く面接のお知らせなんて訳ないよね」と思いつつ開封すると、何と私の希望した通り面接の日程が1月30日午前8時45分に決った旨が書いてありました。あまりの返事の速さに逆に不安になり、ぱたのうち相談室でお聞きしたら「心配不要」との心強いお返事をちゃいさんから戴き安心しました。

2001年1月24日(水)
再度パスポートセンターへ。アメリカ姓記載の申請をしてから出来上がりまで2時間ほど時間があったので、東京ブリティッシュクリニックへ健康診断の結果を受け取りに行き、第3段階で必要な写真も撮りました。

写真は有楽町の交通会館内にある写真スタジオで撮りました。4枚で3700円でした。バックが何となく真っ白じゃないような気がしてちょっと心配(結局この写真で全然OKでしたけど)。

午後にはアメリカ姓が追記のページに記載されたパスポートを無事に受け取りました。

2001年1月26日(金)
無犯罪証明書受け取り。新しい戸籍謄本を提出し、受け取りのサインをして終わりです。

2001年1月30日(火)
いよいよ面接。この日初めて地下鉄で大使館へ。地下鉄溜池山王駅13番出口から歩いて2分ぐらいでした。駅の出口を出て、クルっと後ろを振り返って歩いて2本目の道を右折(角にはPRONTOというコーヒーショップがあります)して、そのまま真っ直ぐ行くと大使館の門の前に着きます。

8時20分頃大使館に到着。今日はちょっと早かった、と思ったら既にドアの前に何人も並んでいらっしゃって、引いた番号は12番。面接の時間は8時45分なのに間に合うのかしら?と疑問に思いましたが、「大使館は8時30分に開くんだし、その前にちゃんと来て番号引いて待ってるんだから、それで8時45分過ぎても文句は言われないだろう」と思い気楽に待ちました。

8時35分頃窓口が4つぐらい一斉に開きました。どんどん番号が呼ばれ5分ぐらいしたら12番の私も呼ばれました。窓口の方がすごい勢いで「はい、提出物を全部出して!」と急かすのでちょっと焦りました。

新しい戸籍謄本は「多分要らないと思いますけど」と言いながら受け取っておられました。I-864のサポート書類は過去3年分の1040と彼の最近3ヶ月の給与明細のコピーでした。この給与明細がオリジナルじゃなくても大丈夫かぱたさんにもご相談しましたが、コピーで大丈夫でした。(手元にはオリジナルも持っていましたが)

Packet3の書類の説明の中に「過去にINSとやり取りした書類」と書いてありましたので、学生の時からステイタス変更して来た書類を全部出しました。担当の方が「あれ、こんなのがあるんですか。じゃ、しばらくお待ちくださいねぇ。」」なんて言うのでちょっと不安になりました。黙っとけば分からなかったんでしょうか。でもOF230Part1に過去のステイタス変更は全部記載しましたから、向こうは全部知ってるので書類を出す出さないは関係ないんですよね。

書類を全部出してしばらくすると、私の番号が呼ばれ窓口へ行くとレントゲン写真と不用になった戸籍謄本などを返却して戴きました。「レントゲンは入国の際には必要ありませんが、アメリカへは持って行って下さい」と言われました。

周りを良く見てみると私の前の番号の方が向かって一番右端の窓口に呼ばれて、どうもそこで面接している様子。次は私の番、ちょっとドキドキ。

しばらくすると私の番号が一番右端の窓口で呼ばれました。窓口へ行くと女性の副領事さん(後で副領事とわかったんですが)がいらっしゃいました。結構突然に「Please raise your right hand.」と英語で始まりました。宣誓の後実際の質問に入りました。

質問事項は

  • どうやって彼に出会いましたか。
  • 彼の職業は何ですか。
  • いつ結婚しましたか。
  • なぜ学校を卒業後そんなに長いことアメリカ滞在を延長したのか(私はB2にステイタス変更して1年滞在していたので)。
  • アメリカで働いた事はなかったか。

質問の後に「彼とどうやって出会ったか」と再度聞かれたので「何で同じ質問するのかな?」と思いながらで答えたのと同じ話をし始めたところ「あ、そうだったわね」って、ただ間違えちゃっただけみたいです。

あと、私のパスポートに貼ってあったF-1ビザを見て「これはもういらないからキャンセルしときますね」とおっしゃり、キャンセルのスタンプを押しておられました(まだ期限が残っていたので)。最後に「Everything looks fine.」とおっしゃったのでほっとしました。2時半にビザを取りに戻ってくるように言われました。

会計で$325を払ってビザを受け取る際にそのレシートを出すように言われました。終わったのは9時ちょっと過ぎ。5時間半どうやって時間つぶそうかしら???って感じでした。

2時10分頃大使館へ戻ると門の前にはたくさんの人が待っていました。時間が来ないと入れてもらえないようです。2時半になって中に入れてもらいました。門の所での身分チェックですがパスポートは提出したまま手元にないので、$325を払った時のレシートを見せ「ビザの受け取りです」と言ったらOKでした。そのレシートか番号札でいいそうです。

中に入ってしばらくすると窓口で私の番号(朝引いた番号がその日1日の番号です)が呼ばれました。窓口に行くと担当の方が条件削除の件についてちょこっと説明すると共に説明が書いてある用紙をビザと一緒にくれました。その用紙は後で良く読むようにとのことでした。

そして「ビザにの記載内容に間違いがないか確認して、間違いが無ければそのまま帰っていいですよ。お疲れ様でした。」と言われました。確かこの時にパスポートなんかも返してもらったと思います。ビザの内容に間違いが無かったのでそのまま帰りました。大使館を出てすぐに彼に電話、ビザを取得した旨報告。「こんなに早くとれるなんて」と大感激。

この後は航空券の予約の変更、歯医者通い、転出届提出、年金などの手続きなどアメリカへ出発の日まで忙しく日が過ぎていきました。

2001年2月17日
アメリカへ向け出発、アメリカ着。飛行機の中では白のI-94(ぱた注:実際はこのI-94は必要ないですよん)と関税申告書に記入しました。それらはビザと一緒に提出しました。

私はシアトルから入国したのですが、最初外国人用の列に並びブースに行くと、向かって一番左のブースに行くように指示されました。一番左のブース(屋台のような感じ)が移民の為のブースになっており、そこでビザとパスポート、I-94、関税申告書を提出しました。この日は少し混んでいて(海外で赤ちゃんをアダプトして来た人のグループがいた為)少し待たされました。

しばらくしてビザと一緒に出さなくてよい書類の束(念の為に持っていた公証済み婚姻届受理証明や彼のBirth Certificateのオリジナルなど)まで提出してしまった事に気付き、処理をしていた男性係官に焦ってその旨告げると私の質問には答えもせず「はい、指紋取りますから」といきなり始まってしまいました。すごく焦っていた私がもう一度質問しようとすると「全部終わったら聞いたげるから、まず指出して」と怒られました。

指紋をとって書類にサインをしてから、提出不要の書類まで出してしまった事を伝えると(それらの書類は既にビザの書類一式にホチキスでまとめて留められていたのですが)「あーこれね、こっちはこんなのはいらないから」と言いながら、ホチキスを外して返して戴きました。斜め向きの写真は私が持っていたのを1枚使ってました。

コンピューター処理をしていた女性係官の方が「いつ結婚しましたか」と「彼とはアメリカで出会ったのですか」と質問しながら、ビザの書類の束をチラチラっとチェックし、彼の書いた2人の出会いに関するエッセイを見つけると出だしの部分を楽しそうに声を出して読んでました。

そしてパスポートにI-551のスタンプを押し、すぐに働ける事などを説明して下さいました。そんなんでシアトルでは特別お部屋に連れて行かれる事もなく、結構簡単に手続きできました。

婚姻届提出からビザ取得までなんと20日、ビザの請願からはたったの18日でした。

入国後引越しをしたのでシアトルのINSとこちらのページに載っていたTXのImmigration Card Facilityの両方に書面にて住所変更の連絡をしていたのですが、何と旧住所宛てに送られた物が転送されてきました! Government関係の郵便は転送されないと聞いていたので驚きました。引越先が同じ郵便局の管轄内だったからでしょうか?とにかく無事に手元に届いてホッとしています。

ぱたさん、こんなに効率よく何の問題も無くアメリカに戻って来れたのは「ぱたのうち」のお陰です。本当に有り難うございました。彼も「せめて経験談を書いて恩返ししなさい」と言っていました。

これからも条件削除(まだ先の話ですが)の事などお世話になる事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。