RITAさんの体験談

アメリカへ戻ってくるまでには、時間の経過とともに様々なことがありました。
でも、今思うとあっという間の出来事だったようにも思います。
“ぱたさん”に出会えたおかげで、大変心強く物事を進めてゆくことが出来ました。本当にありがとうございます。

ぱたさんのサイトを最初に訪れた時から、百人の優秀弁護士を後ろに従えてたようでもあり多くの力を戴きました。感謝の気持ちを込めて、体験記を送らせて戴きます。
私の経験も皆さまにお役にたてればとてもうれしいく思います。

●1998年4月
主人は当時、永住権保持者でした。
こののまま結婚するとなると、かなりの待ち時間があるということでまず主人が市民権の申請に入ります。

●1998年5月〜
この間、私の元職業がら(添乗員でした)世界中飛び回っていた為、学生ビザをとるという危ない橋を渡るのは辞め、主人の市民権がとれる迄は3ヶ月事に日本とアメリカを行ったり来たりの日々が始まります。
(本来はこちらのほうが危険かな?私の場合、毎回入国時には仕事と偽って3ヶ月ぎりぎりまでL.A.滞在。1週間日本に戻ってまた帰ってくる・・これをずっと続けていました。これは本来違法行為。真似されないことをお勧めします)

●1999年
偶然、ぱたさんのサイトを発見。心の糧となりました。

●2000年2月上旬
主人が1998年4月に申請していた市民権の面接を受けます。
申請からここまでで1年8ヶ月。

●2000年5月
大使館の手続きに必要な書類 (I-130) を日本帰国時にファクスにて請求。3日後、実家へ郵送で届きます。その時、婚姻具備証明書も請求しますが、中国地方だからと言うことで大阪領事館へ請求するようにとの返事。

仕方がないので大阪の領事館にて再度、婚姻具備証明書を送って貰うようにします。(東京にて婚姻届けを出す予定でしたので、取り敢えず書式を貰って下書きだけしておきました)

この時点で、戸籍抄本を念の為3通とっておきました。

●2000年9月1日(金)
ロサンゼルス空港にて、イミグレのお姉さんに頻繁に来すぎとの指摘。次回はビザを持ってくるよう言われ、仮釈放という判を押されての入国。
その2日後、主人の市民権の宣誓式決定のレターが届きます。

●2000年9月8日(金)
まちに待った宣誓式(申請から2年半)主人の市民権がとれます。その足で郵便局へ出向きパスポート申請にゆくと、自宅近くの申請できる郵便局は午前中で受け付け修了。後日とすることにしました。

●2000年9月上旬
必要書類等の記入をしつつ、様々な予約を入れはじめます。飛行機のチケットをとり、滞在ホテルも予約。東京ブリティッシュクリニックに予約をとろうとしましたが、こちらが予定していた10月13日に、先生がイギリスへ出張かもしれないと言われ、確実な方がいいと思い、予約をキャンセルして別の指定病院である東京メディカル・エンド・サージカル・クリニックへ電話をします。

最初、移民の為の健康診断をしたいと言うと『まずテープを聞いて下さい』と言われ、必要な物他説明のテープを聞きます。この際、メモの用意を聞くと良いと思います。
その後、一度電話は切れるようになっていますので、予約の必要な人は再度電話をするシステムです。金曜日の午後もやっていると言われましたので、2時の予約をしました。

●2000年9月18日(月)
仕事の都合でこの日までお預けとなっていましたが、再び主人のパスポートを作るべく郵便局へ出向きます。通常パスポートが出来るのに約6〜8週間。エクスプレスだと追加料金を払って2週間(強)と言われます。よって、郵便局での申請はとり辞め。
10月10日、すでに日本行きのチケットを購入していましたので、大事をとってパスポートセンターへ出向くことにしました。ここは電話でアポイントを取り、指示のある日に出向くようになります。ちなみに出発迄2週間をきってないと予約出来ません。

●2000年9月19日(火)
INSのサイトを通して、アメリカの夫のもとへ扶養証明書 (I-864) が届くようにしました。ダウンロードの印刷がうまく出来なかったので郵送にしました。2週間強で届いて書類に記入しましたが、もっと早く取り寄せていた方が安心だったと思います。

●2000年9月末
この日、主人の方が日本領事館へ日本国籍の戸籍喪失届けを出していないことに気がつきます。問い合わせをすると、ロサンゼルスでは、領事館にある書類を書き込んだものと帰化証明を日本語に訳したもの(領事館にフォーム有り)が必要とのこと。

帰化証明はコピー出来ない書類なので、領事館のフォームに必要事項を英語で書き込んだもの2枚をnortalyして貰ってから提出するように言われます。

ですが提出した後、戸籍に反映されるのは2ヶ月後とのこと。この間、心配になりどうしようかぱたさんにも掲示板で相談させて戴きました。(ぱたさん本当に心強かったです!ありがとうございました!)結局、日本人同士のまま結婚し婚姻証明書を出して貰うことで落ち着きます。その後、落ちついてから主人の戸籍喪失届けを提出しようと言うことになりました。

---9月の間に用意したことですが。
私の方は、

  • OF230 part I の記入
    (中に、アメリカへ訪問したことのある場所と年月日の全てについて書く欄があり目が点に。もっと早くやっておけばよかったと後悔。過去、数十回に渡る渡航歴を全て調べて書く出すのに二週間程かかる。私事ですが全部で59回(T∇T)分を洗い出し、いじめにあった気分で書類を作成しました)
  • 戸籍抄本の和訳
  • パスポートのコピーをとる

夫は、

  • I-130 の記入
  • G-325A の記入。
  • 出生証明(帰化証明オリジナル)用意
  • 離婚証明オリジナルサティフケート用意<これも、判のある正式なもの>
  • I-864 をINSより取り寄せ後、記入
  • IRS発行の過去3年間のTax Return
  • 雇用証明(会社からのレター。夫が社長なので本人直筆レターのみ)
    ・・(公証は日本にて)
  • パスポートのコピーをとる
  • 念の為、遠距離中の電話代の領収書、写真等も用意

●2000年10月2日(月)
パスポートセンターの指示により午前9時にPPT申請に行きます。渋滞の為20分程遅れての到着でしたが、同時刻に申請するひとがわんさかいて全然問題なしでした。主人は、料金を払って帰化証明書もオリジナルのものを提出。翌々日の4日にはパスポートとともに自宅へ送られてきました。

●2000年10月10日(火)
LAX発成田行きの飛行機にて、二人で帰国。

●2000年10月11日(水)
成田到着後、予約してあった品川京急ホテルに直行。(品川駅前でとても便利でした)

●2000年10月12日(木)
港区役所赤坂支所で婚姻届けを提出。戸籍課にいきました。(日本人同士として結婚する為、戸籍謄本も1週間前に両家の親に取り寄せてもらい品川のホテルにてピックアップ。赤坂支所に問い合わせたら、戸籍謄本は3ヶ月以内のものを出して欲しいとのこと。よって私は取り直し。主人は実家より取り寄せて送ってもらいました)

婚姻届受理証明書の大きいものを2部発行して貰います(合計1750円)30分くらいで発行して戴きました。

持って行ったもの

  • 記入済み婚姻届1通
  • それぞれの戸籍謄本1通ずつ
  • それぞれの印鑑(ドジな私は、当日その印鑑を持って行くのを忘れ、間違えてた場所の訂正印は省略して貰えました。受理証明書発行時の時にも印鑑が必要ですが、拇印で大丈夫でした)

その後アメリカ大使館に行き、受理証明書の英訳と公証をして貰います。10分くらい待ちました。<入って左の奥にはいった窓口にて、和訳のひな形もその窓口でいただき夫の名前などを日本語で書きました>

費用が$55(何枚でも)と聞いていたのですが、請求されず結局支払いませんでした??

続いて、夫のI-864扶養証明書類にタックスリターンを添えての公証。帰化証明と二人のパスポートコピーの公証もして貰いました。(パスポートはその場で渡すとあちらでコピーしてくれての公証だったように記憶します)

I-864だけの公証は$0ですが、支払いの窓口で$0のレシートを貰うように言われます。

その後、その足で写真を取りにいきました。大使館前にある三会堂ビル地下1Fにある写真屋です。主人は2枚(予備1枚)。私は4枚(提出はトータルで確か3枚)とって貰いました。

●2000年10月13日(金)
8時半前に大使館に並びます。番号札は3番で、すぐに呼ばれました。

第一段階に必要な書類I-130を提出し、戸籍抄本と翻訳・主人のパスポートと私のパスポート・帰化証明などは原本を提出しましたが、あちらでコピーして返してくれます。(パスポートの公証はここでは必要なかったです)その後、会計で$110支払ってレシートを提出。第二段階のOF-230 part 1書類も提出しました。

ここで簡単な二人が出会ってから今までのことを英語で書くようにと一枚の紙を渡され頑張って書いて提出。しばらく待つと再度、番号が呼ばれ、Packet3を取得できました。

2時より、東京メディカル・エンド・サージカル・クリニックにて健康診断(東京タワー入り口真ん前)予防接種の記録や母子手帳を持参しましたが、肝心なものの記録が無く(年齢によってうってないらしい)3本の注射をうたれました。(水疱瘡は記録が無くても、やった記憶があれば年月を書いて免除でした)

健康診断から血液検査、レントゲン等最初に電話で2時間くらいと言われていたとおりしっかり2時間かかりました。

この日は、お酒もお風呂も駄目と言われてたのですが、伊豆の温泉へ宿をとっていた為、両腕をあげて入りました。(そういう問題ではないらしい・・笑)
余談ですが、予防注射を3本うった為、子供は3ヶ月つくってはいけませんとも言われました。

●2000年10月16日(月)
広島県警に赴き、犯罪証明書の発行を頼みます。広島では大使館からの書類が(パケット3に入ってるやつ)必要です。また広島県警の場合は、地元警察に出来上がった証明書を転送してもらえないので再度県警まで取りに行かなければなりません。(ちなみに発行手数料700円)持っていったものは、大使館からのパケット3・旧姓のままのパスポート・住民票・戸籍抄本・写真(5×4)1枚。

●2000年10月18日(水)
見込み発進で、面接の申し込みをFAXします。(OF-169をFax・・一見すると書くところがないように見えますが、面接希望日はしっかり書いておきましょう)

●2000年10月23日(月)
一週間後警察証明書を受け取りに警視庁へ。

  • パスポート
  • 受け取りの際に持っていく引き換え用紙。
  • 印鑑は代理人が取りに行く場合必要とのことでした(シャチハタはだめとの事でした)

●2000年10月26日(木)
新戸籍も出来、警察の証明を貰ったのでパスポートを作り直しにゆきました。パスポートセンターに行き、私は新しいものを申請しました。この日。面接の希望どおりの日の通知がきました。

●2000年11月2日(木)
パスポート受け取りへ行きました。
新しい戸籍謄本 (面接時は不要)もとり、訳をつけておきました。一次の書類を提出した時、できたら新しい戸籍を提出して下さいと言われたからです。(ですが、本人と解れば以前のものでもいいようですね?)

国際免許も取りにいきました。ロサンゼルスでは、入国後カリフォルニアの免許を取りに行ってもテンポラリーのもので数カ月過ごさねばなりません。正式なグリーンカードが届かないことには免許の正式なものは発行できないそうです。よって、この国際免許はカリフォルニアの方でしたら身分証明かわりに使えることがしばしばあるかと思いますよ。

●2000年11月6日(月)
再び東京へ行き、東京メディカル・エンド・サージカル・クリニックで健康診断の結果をピックアップ。かなり大きなレントゲン写真があるので袋を持ってゆくといいでしょう。

●2000年11月7日(火)
面接日です。面接時間は10時15分でしたが、8時30分には大使館へ行きます。番号札をとって呼ばれると書類を提出します。

提出した書類は、

  • 面接日のかかれた用紙
  • 公証済の扶養証明(I-864とI-864A)
  • タックスリターン3年分・雇用証明(夫直筆のみ)
  • 健康診断書類一式
  • 夫の帰化証明本物を提出(第一段階で貰っているのでと返されます)
  • 結婚証明書(第一段階で提出してるので必要ないと返されます)
  • 警察証明
  • OF230Part2
  • 新・旧パスポート
  • 写真2枚(私のみ)
  • IRS FORM 9003
  • 新戸籍抄本とその和訳

その後、会計で$260支払ってレシートを窓口に提出。再度呼ばれるまでそのまま待ちました。この日は面接時間通りだったようで10時30分すぎに呼ばれ、宣誓後質問を受けました。

私の前10人くらいの方達は、日本語がしゃべれる男性領事さんだったのですが、私の一人前くらいから英語しかしゃべれない男性領事さんとなりました。いっていることが解らない場合は、事務の方が通訳してくれるそうですが、私の場合は簡単な質問でしたので良かったです。

・彼とどうやってしりあったの?
・初めてあった場所は?
・彼の仕事は?
・結婚は初めてですか?
・彼の結婚は初めてですか?
くらいの簡単な質問後、2:30には書類ができあがるので取りに来てくださいといわれます。

予定通り2時30分に戻ると私の斜め写真が表についた書類一式をもらいビザ発行料を支払います。10分くらいで呼ばれ、レシートと引き換えにビザの分厚い封筒を戴き表書きに間違いがないか確認するよう言われました。

●2000年11月10日(金)
日本出国です。同日LAX着
レントゲンはスーツケースの中、ビザの封筒と関連書類は機内持ち込み手荷物として持っています。機内で記入するのは関税に関する申告書のみ。到着後、ロサンゼルス空港内のNWのターミナルではアメリカ人の方のラインに並んで書類とパスポートを提出すると指示された別窓口へ行くよう言われます。

そちらで再度書類とパスポートを提出すると程なくよばれ、言われる書類にサインと指紋をおして再度待ちます。この間にターンテーブルで荷物をとってくるように言われます。しばらくすると今度は、スタンプが押されたパスポートと"Notice to Recipients of Conditional Residence Visas"という「結婚して2年たったら条件削除の申請をするように」の用紙を渡され特に何の説明もなく、税関へ行きなさいと言われました。

と、あっけない入国ではありましたが、おかげさまでアメリカにてはれて戻ってくることができました。

これから申請される皆様や現在書類と戦っている皆様明るい未来はもうすぐです!!頑張って下さいね^^かげながら応援しております。

RITA