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EZさんの体験談
EZさんはドイツ在住で、奥さんがアメリカ帰化市民です。婚姻ベースの移民ビザをドイツでおとりになった体験談です。
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わたしはドイツで移民ビザの申請をしました。日本に一時帰国してでも日本語で移民ビザの申請をしたほうが確実ではないか、と随分迷いましたが、小さい子供達の健康や飛行機代、休暇残数のことを考えてドイツで行うことにしました。事務手続きとなると帰化したばかりの奥さんよりも私のほうが英語が得意?というか、奥さんの英語にすごく不安があるので、私がすべてやらなければならない為ちょっと不安だったのですが、どうせ避けてはとおれない英語だし、頑張ろうときめました。
10/20/2000(金)
アメリカのある会社から仕事のOfferをもらいました。日本にいる私の両親・姉・妹に話をしてアメリカに居住すること許してほしいとお願いしました。
10/29/2000(日)
アメリカの会社に入社すると返事をしました。この頃からやっとGreen Cardのことを調べ始めました。「ぱたのうち」にであったのもこのころです。色々な書類をインターネットでダウンロードして、記入して準備をしはじめました。最初は書類が沢山あるのでちょっとびっくりしましたが、途中から慣れてきたのと、いい加減になってきたのが合さって、さほど苦にはならなくなりました。
12/7/2000(水)
一時帰国して日本で移民ビザの申請をするときめていたのですが、「ぱたのうち」からリンクされている「The
K-1 Fiance Visa versus the Spousal Visa: Choose your visa」を読んでいて、ドイツでもできることに気が付き、どうしようか悩んでいましたが、冒頭にもあるような理由からドイツで手続きすることにきめました。一度決めたらあとは突き進むだけです、善は急げと次の日、会社を休みFrankfurtのConsulate
General of The United State of Americaへ一家4人でいってきました。朝4:30におきたのですが出発は5:40ごろとずれ込んでしまいました。Stuttgartからノンストップで最高170km/hでいったので8時ごろにはフランクフルトつきましたが。ちょっと迷って8時15分ぐらいに入館しました。
12番窓口のINSに
を提出しました。
それから21番窓口に行き
を提出するとPacket 3として
をもらいました。
面接の時にはアメリカで仕事をするとこからの給与に対するOFFERをオリジナルの書類で持ってきなさいといわれました。また、このときに、今度いつアメリカに行きますかと聞かれたので、5月にいきますと答えたところ、それなら間に合うわね、といわれました。
帰りがけに家の近所のPolizeiにいって警察証明について聞いたところ市役所で手続きできるよといわれました。ほんとかしら?午後は1時からやっているはずだからといわれたので、1時にいってみると1時でしまってました。ダマサレタ。
12/8/2000 (木)
昼休みにLoewen Marktの市役所にいってきました。ドイツの警察証明(Polizeiliches Fuehrungszeugnis)の申請には旅券とDM20以外はいりませんでした。こんなことなら、もっと早くにしておけばよかったと思いました。
12/12/2000(火)
ミュンヘンの日本総領事館に日本の警察証明の手続きに行ってきました。費用はかかりませんでした。まずはじめに領事館に行き、指紋を取るための台紙を2まいもらって、ミュンヘン市内にある指定されたPolizeiにいき、怖そうな人に指紋を取ってもらいます。石鹸で手を洗ったあとは、その人に片手をさしだし、まず人差し指にインクをつけて台紙のところに持っていき、くるっとひねって指紋を取ります。これを指十本を二回で20回、さらに四本まとめて数回、親指だけ数回とります。台紙にサインをしてもらって領事館に戻り提出します。あとは1ヵ月半か2ヶ月くらいで届きますといわれておしまいでした。警察証明をお願いするにあたっては特に必要なものは旅券ぐらいで、いつでも手続きできそうでした。
12/13/2000(水)
なんと早くもドイツの警察証明が届きました。これがくるまでに扶養証明の記入を終わらせようと思っていたのに、出来ませんでした。
12/14/2000(木)
I-864を記入し終え、OF-169に必要事項を記入し領事館に送付しました。Case Numberを記入する欄がありましたがよくわからないので空白のまま出しました。サポート資料としては1997、1998、1999年のタックス・リターンの控え、2000年の全給与明細、1999年1月からのアメリカにある銀行の口座のステートメントを用意しました。日本の警察証明は、まだまだかかりそうです。実は私はドイツへのビザ申請に1度警察証明をもらっているのです。1年前のものですがこれでどうかと領事館で相談したときに、領事の判断になります、といわれたのでとりあえずGoってことでOF-169をだしてしまいました。
12/21/2000(木)
領事館から何の連絡もないので、有料の相談窓口に電話して、どうなっているのかと聞いたところ、2週間から4週間は待ってくださいといわれました。来年になったら今度はFAXで問い合わせてみようと考え始めました。Packet
3をもらうときに、いつアメリカに行くのか聞かれ5月だと答えたのがまづかったのかしら? 3月に一度アメリカに行くことなったので、その旨もあわせてFAXしよっと。
1/2/2001(火)
年末の家族旅行のイギリスから無事にドイツに戻ってきました。ドイツのアメリカ大使館の休日を調べたら1月2日からやっているということなのでFAXをいれました。内容はOF-230
Part1を出したときに5月にアメリカに行くといったが、予定が変わり3月にアメリカに行くということと、それ以降ドイツには戻ってこないので面接を出来るだけはやい日にスケージュールしてほしいということです。
1/8/2001(月)
今日で請願からちょうど1ヶ月。先週一杯、冬休みでしたが、3日間ほど長男が熱性痙攣と、その後の検査のため入院してしまい領事館に行くことが出来ず、今日いってきました。目的はアポイントメント・レターが届かないのでどうなっているのかを聞くことと、前もって指定の病院で予防接種だけ済ませておくことです。ドイツ・フランクフルトでは何回かに分けて接種が必要なのかどうかわからなかったのと、もしかすると抗体検査があるかもしれないと思ったので先に試しておこうと思いました。朝5時50分にStuttgartをでて領事館には8時ごろつきました。
まず、Immgrant Visa UnitのInformationにいってOF-169のCase Numberについてききました。OF-169は12月14日に既に郵送していたのですがCase
Numberの欄は何のことだかわからなかったので、空白にしていました。結局、これはアポイントメント・レターの中に書かれてくるものでOF-169を郵送する時には空白のままにしておくそうです。次に1月2日にFAXした原紙を見せてアポイントメント・レターがまだこないとつげると、別のスケジュール担当の人に聞きにいってくださって1月29日(月)に面接を行うことなっているということと、先週の水曜日にアポイントメント・レターを送ったのでもうつくはずだと教えてくださいました。
領事館を後にし、領事館指定の病院にいきました。予防接種を受けたいのだとつげると、健康診断も行うといわれ、そのままうけてきました。健康診断はDM200キャッシュ(日本円で大体1万円ぐらい)で、内容はチェックシートによる病歴のチェック、尿検査、胸部X線、血液検査、問診でした。そのあと予防接種を受けましたが、値段は薬品代としてTdがDM14.5、MMRがDM82それに接種代としてDM40で合計DM136.5キャッシュでした。ドイツでは予防接種は通常保険がきくそうですが、ここはだめでお金がかかるよ、といわれました。かかりつけの医者もいなかったので私はここで受けました。4週間以降に2回目をTd、MMRともにアメリカでいいですから受けてくださいといわれました。ビザは2回目を受けていなくても出るそうです。予防接種手帳とX線の写真をもらっておわりでした。検査結果は直接領事館の方に送るといっていました。すべてを終えて家に帰ってくると、案の定アポイントメント・レターがきていました。同封されていたものは次のとおりです。
なぜかわからないけど、同封もされていないの面接時にFormI-134(Affidavit of Support)をもってこいと書いてあるので、早速INSのウェブサイトにいってダウンロードしてきました(ぱた注:I-134は非移民ビザ用の扶養証明ですので、この場合は関係ないですね。大使館の方の間違いでしょうね)。Packet
3でもらったOF-169をもってこいとは書いてないし、ふしぎだぁ。当然両方持っていきますけどね。なんか、もう一息って所まできました。
1/29/2001(月)
今日は待ちに待った面接の日です。書類の公証のことも良くわからないし、何かあると嫌だったので奥さんもつれていきました。そうなると、家の場合1歳児と3歳児も連れて行かなければなりません。朝8時15分からの予約だったので、前の日からフランクフルトにホテルをとって止まりました。メッセでイベントが4つぐらい同時開催されているらしく、ホテル代は1泊DM365と普段の2倍の金額でした。朝7時30分にホテルをでて、領事館近くのPalmengartenの駐車場に車をとめて領事館に歩いていきました。ついたのは8時ちょうどぐらいだった思います。恒例のセキュリティ・チェックをうけてから、アポイントメント・レターに同封されていた指示通り$325を払い領収書をもらいます。それをもって21番窓口にゆき言われたとおりに次の書類を提出します。
以前指示されていた「給与に対するOFFERのオリジナル」、及びI-134は必要ありませんでした。また、銀行の残高証明、2000年の給与の明細も要りませんでした。私の場合、1999年は3ヶ月しかアメリカに滞在しておらず、やばいかな、と思ったのですが、それでも規定額をこえていたためタックスリターンの以外は必要なかったようです。
簡単にチェックしたあと「あとで名前を呼ぶから待っててね」といわれます。どのくらい時間がかかるのと聞くとわからないといわれ、オムツを変えるぐらいの時間はあるのときいたら、あるわよといわれました。
30分ぐらいすると名前と19番窓口にきてくださいと放送がありました。私の両親の名前の確認、渡米履歴の確認、I-864へ奥さんのサインしなおし、私と奥さんとでI-864Aへサインしました。ビザは郵送しますか、取りにきますかといわれたので取りにきますと答えました。また呼ぶからそのときは17番窓口にきてね、といわれました。
今度は長く2時間ぐらい待ちました。領事館で「Bueauty and Beast」のビデオをやっていなかったら子供達は大変なことになっていたでしょう。名前と17番窓口にきてくださいと放送があり、行くと、領事さんと思われる人がいました。「二人とも右手をあげて」といわれたのですが何の事だかわからず聞きなおすと「右手を上げて宣誓です」といわれ、領事さんが「ここに書いてあることは間違いないと誓いますね」といわれ「誓います」と答えました。それから簡単なタックスリターンの書類について質問がありました。また、アメリカについたらソーシャルセキュリティのオフィスに行くこと、そして最後に2月2日に取りにきてくださいといわれ、そのときの為の引換証をもらいました。
2/2/2001(金)
今日はどうしても会社を休みたくなかったので、朝早くに領事館に行ってから出社することにしました。朝は5時前に出発し7時ごろには領事館につきました。8時にならないと開いてないだろうと思って車の中で寝てたのですが、7時半頃トイレに行きたくなったので領事館に行くと既に開いていました。トイレに行った後21番窓口に行き引換証を出すと、ビザをもらえました。領事館から出る前に記載内容を確認してね、といわれ、それで終わりでした。8時前に車に戻り会社に向けて出発できました。
以上、12月7日から手続きをはじめて58日目の2月2日に移民ビザを手にすることが出来ました。3月の初めには渡米する予定です。
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