aiaiさんのビザ取得までのみち


12月6日に移民ビザ面接で無事ビザを取得し、翌日7日には渡米しました。なんといっても妊娠中なので早く飛ばなければいけなかったのです。
とにかく、ありがとうございました!の気持ちを込めて是非どなたかの参考になるように体験談を投稿しようと思いました。

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私の移民ビザ取得までの道は、妊娠発覚から始まりました!
移民ビザや婚約者ビザのことは初めはまったく知らず、「観光ビザ(ノービザではなくて観光用のビザがある)」を申請→失敗→移民ビザを含めていろんな方法での渡米方法を考える→結局、安全面とスピードから移民ビザをとることに決めました。

2000年6月
妊娠発覚!お互い学生ですが、長く付き合ってたこと、また産むのが無理ではない状況だったこともあり「彼が留学が終わってアメリカに帰るときに私も行って、アメリカで結婚して産もう!」ということに。

2000年8月
彼一足先に帰国。

2000年9月19日
「観光ビザ(B-2ビザ)」を申請。このとき、正直にこれからのプラン(結婚して出産する、など)をレターに書いてしまった。大使館のBOXへ直接フォームを投函。この時すでに10月17日に渡米するつもりで飛行機のチケットをとってしまっている。

2000年9月24日
大使館からレターが来る。「B-2ビザではあなたの目的には適わないようです。毎週木曜日午前中だけの面接に来て下さい。もしかしたらB-2ビザでもおりるかもしれません」という内容。

2000年9月28日
朝一番に面接へ行く。「なぜB-2ビザではだめなのか」を厳しい口調で2人の領事(年配の男の人と若めの女性)に説かれる。そして
1.フィアンセビザを取ってアメリカへ行き、結婚する。
2.彼に短期間でも日本に来てもらい、こっちで婚姻を済ませて移民ビザを取る。
のどちらかでアメリカに入国するようにアドバイスを受ける。1.は早くて4ヶ月、2.なら早くて6週間で取れると言われた。

2000年10月前半
この期間にいろいろな方法を考える。10月17日の飛行機チケットをすでに買っていたし、また妊娠していてできるだけ早く渡米したかったため、1.、2.どちらも時間がかかりすぎるように思え、「ビザ無しで入国して、あっちで結婚しちゃえばいいじゃん!きっとそういう人もたくさんいるよー」という危険な考えをまず思い付く。そんなとき、ぱたさんのサイトに出会う。すると、その危険な考えでは不法滞在になる可能性があると知り、そのアイデアは断念。

しかし、何とか楽して10月17日の飛行機で行こうと、以前留学していたときの学生ビザ(F-1)の期限がまだ残っていたので、それで入国できないか、とか姑息なことを考えていました。しかし、学生ビザはI-20と一緒じゃないと有効ではないとのこと。(ぱたさんにも聞いたし、大学の国際法の教授にも聞きました)結局「移民ビザ」をとるのが一番よいことに気づく。(結局10月17日のチケットは直前キャンセル!)学生であまり授業を休めない彼を説得して、移民ビザ取得に向けてお互い書類集めを始める。

このとき、彼に「どこでそんな考え聞いてきたんだ!オフィシャルなサイトじゃないんだからすべてを信じられるわけない」と何度も言われる。しかし、私がぱたさんのサイトを参考に自分なりの「日程&集める書類リスト」を作って彼にメールで送って、彼も「こんなに詳しいのが作れるなら、まあ信じれるだろう」みたいな感じでやっと信用。事前に取り寄せられる書類はすべて取り寄せておきました。INSからのものはほとんどインターネットでダウンロードできるし(ただし紙の大きさがアメリカサイズと違うので彼にアメリカでやってもらったほうがいい)、婚姻届なども自分の最寄りの区役所で有り余るほどもらっておきました(失敗に備えて)。

2000年11月1日(水)
彼来日。

2000年11月2日(木)
ぱたさんのサイトの「1ヶ月でとる移民ビザ・モデル行動」のとおり、朝一番(8時30分)で大使館に出向き、「移民・旅券課」(入って左奥)のところで「婚姻用件具備証明書」をもらう。

それから港区役所赤坂支所で婚姻届を提出。(一応赤坂見附のおまわりさんに道をきいたのですが、15分くらい歩くよーと言われ、ほんとうに15分くらい歩いたらぜんぜん通り越していた。実際は赤坂見附から6―7分だと思う。)そのまま40分くらいその場で待たされて、「婚姻届受理証明書」を発行してもらう。ここまでで午前11時30分くらい。

大使館にもどって英訳の公証をしてもらう前に、ベルビー赤坂でランチ。

大使館で英訳のブランクフォームをもらい、記入。「公証してください」と言ったらアメリカ人の領事の男性が無料でしてくれました。(ぱたさんのサイトではお金がかかるように書いてありましたが。領事のサインとでこぼこしたスタンプが公証されているしるしだそうです)(ぱた注:噂では、その日に結婚した人にはサービスしているとか……でもしっかり取られた人もいるようで、ただにしてもらえたのはラッキー!かも)

第一日目はこれで終わり。後は私の誕生日だったのでデートしてきました。

2000年11月3、4、5日(金、土、日)
金曜日と月曜日がビザの請願(I-130とその他必要書類を出頭提出)ができる日なので、普通なら彼は3日に帰れるはず(つまり2日間で婚姻+ビザ請願が完了!)なのですが、11月3日は文化の日で祝日。よってこの3日間は遊びの日に。6日(月)にむけて最終チェックも忘れずに!

2000年11月6日(月)
朝一番(またまた8時30分!)に大使館の「移民・旅券課」(入って左奥の)でI-130とその他必要書類の提出。「婚姻届受理証明書」の英訳の公証などをしてくれたときと同じ、白人の穏やかそうなおじさんが、彼の面接相手でした。私も一応一緒にいてきいていましたが、「どこで二人は出会ったのか?」「どのくらい一緒にいるのか?」「いつ彼女はアメリカに行く予定なのか」など2、3の質問と、右手をあげての宣誓だけで、すぐにPacket3がもらえました。Packet3をもらったあとは「今、時間があるならきちんと隅々まで目を通して、質問があれば今日質問してかえった方が返事もすぐになるのでいいと思いますよ」と言われたので、そのとおり30分くらいかけてじっくり読みました。

あと、I-864(扶養証明)の公証は、彼がアメリカでして日本に持ってきてくれていたので(しかも彼のお母さんにジョイントスポンサーを頼んでいたのでどちらにしろアメリカでしなければいけなかった)大使館ではする必要がありませんでした。

この日の夕方に東京ブリテイッシュクリニックに予約を入れていましたが、彼の帰国の便が19時成田発だったので、やっぱり見送りに行きたくなり、急遽予約をキャンセル、次の日の午後にしてもらいました。(融通がききますね!)

2000年11月7日(火)
15時15分が東京ブリテイッシュクリニック予約時間。時間どおりに行ったのに、結構込んでいたため30分くらい待たされる。しかし、私は妊娠中だったためレントゲンやその他もろもろの予防接種などが免除されたため、検診は5分程度で終わる。(費用も2万円ちょっとだった)

2000年11月9日(木)
警察無犯罪証明を申請。手続きがコンピュータ化されているので1週間でできるといわれる。申請時に必要なものは、都道府県によっても違うかもしれないが、電話で事前に問い合わせれば教えてくれる。

2000年11月10日(金)
OF-169をFAX。面接希望日はできるだけ早く、と思い「11月22日(水)」と書く。
ちなみに、この日はアメリカの「ベテランズデー」で祝日で大使館はまたもや休みでした。後でそのことに気づいた私は、こんな細かいことまで気になって「ぱたの相談室」で質問してしまい、「休日でもFAXはONになっているので大丈夫です」と経験者のかたからもレスをいただく。

2000年11月11日(土)
健康診断結果到着!(東京ブリテイッシュクリニックより)

2000年11月13日(月)
パスポートの氏名変更に行く。氏名変更は2種類の方法があり、顔写真のところを書き換える方法と、「追記」のページに書き足すだけの方法がある、といわれる。ビザの面接の際はどちらの方法でもいいので、1日で済み900円で済む後者にしました。(前者だと1週間かかり、1万円くらいかかるといわれた)

2000年11月16日(木)
警察無犯罪証明できあがり。ピックアップに行く。
OF-169の返事が郵送でくる。面接日は「12月6日(水)10:15」と、希望より2週間も遅い日になってしまった。「それ以前の日程はすべてbooked upされています」と手紙に書いてありました。ちょっとがっくり。

2000年11月20日(月)
面接時に必要な写真を撮りに行く。大使館の側のところではなく、地元の写真館みたいなところで細かいところまできちんと言うと、スタジオのようなところで撮ってくれました。

大使館に電話で質問(オペレータと話す)。扶養証明のW-2フォームに関する質問。W-2フォームはジョイントでTaxReturnを申告しているけれどもそのうちの1人分だけの収入を証明したい場合に必要です。私の場合、彼が学生なので彼のお母様にジョインとスポンサーになってもらいました。そしてお母様とお父様がジョイントでTaxReturnを申告しています。ここで、お父様はジョインとスポンサーではないけれど、念のためにお父様の収入も含めたい、というケースでした。こういう場合にW-2が必要なのかを確認したところ、W-2は「ジョイント申告のうち1人分の収入を証明したいときだけ」ので必要ないとのこと。かわりに、お父様の収入も含めるためI-864Aという書類は必要になる、とのことでした。I-864Aは彼が事前にくれた書類一式に入っていたので大丈夫、一安心。

この日に飛行機のチケットを新たに取り直す。12月7日(面接の翌日!!!)のチケットを予約。面接で何か書類不備などがあったらまたキャンセルしなければならなくなるので気合いが入ります。

2000年12月6日(水)
いよいよ面接。「ぱたのうち」によれば、面接のアポイントメントの時間は関係なく早く行ったもの順になるので早く行ったほうがいいとのことだったので(ぱた注:最近はならないことも多いようです……多くの人が早く来るようになったからかなあ?)、8時30分に大使館に到着。(面接のアポは10:15。)カードを取ると、番号は17番でした。比較的早めの番号だったので早めに(8:45くらいには)書類を提出できました。しかし、そのときに書類を渡した日本人職員の方に「あなたのアポは10:15なのでまだまだ呼ばれないと思います。まだ1時間半はあるので外に出て朝ご飯でもたべてきたらどうですか?」と言われてしまいました。

そうはいっても「もしかして早く呼ばれたら困る」と思ってじーっと緊張して待っていましたが、結局11:15ごろに呼ばれて(2回目の窓口)、あちらが必要のない書類を返してもらいました(婚姻届受理証明書や戸籍抄本など)。このときも窓口は日本人の方でしたが、この人に「TaxReturnの3年分のうち、1年分にだけ名前があってあとの2年分には名前もないしサインもないのでもしかしたら領事に何か言われるかもしれません。そのときは領事の指示に従って下さい」と言われてしまいました。

翌日どうしても飛行機に乗らなければいけない私は「これは絶対にオリジナルです」といいはってみたものの「普通は必ずサインがしてありますので、これは普通ではないケースだと言っているだけです」と軽くかわされてしまい、その後呼ばれるまでかなり不安になる。

3回目に呼ばれたのが11:40頃。これが面接です。領事はアメリカ人の若めの女性。質問は2つだけ。「彼は働いていますか?」「彼がこの前アメリカに帰ったのはいつですか?」。TaxReturnの名前のところは全く意に介する様子もなく難なく終わりました。「では大丈夫です。2時30分にビザができますので、同じ番号札をもって戻ってきて下さい」と言われる。

このお昼の間に、池袋の自分の大学まで戻って「渡米前の最後のみんなとのランチ」をしに行ったため、大使館に戻ってくるのが少し遅れてしまい(2時に池袋を出て2時40分に大使館に到着!かなり焦りました!)どうなることやらと思ったが、特に叱られることもなく、日本人の男性職員の方が窓口のところから「おいで」と合図してくれて(私の番号はもう呼ばれていたらしいのですが)、最後にビザをもらえました!(もう他の人はみんなもらっていました。)

2000年12月7日(木)
無事アメリカ入国(シカゴから)!私のハンドバッグは小さ目だったので、あの大きなA4サイズくらいのビザを折り曲げないようにいれるのは大変でしたが、入国はあっという間に済みました。皆さん、飛行機のなかの手荷物バッグは大き目のものにしましょう★

長くなりましたが以上が私の体験談です。
ぱたさん、そしてレスをくださった皆さん、ほんとうにありがとうございます★
私の体験談が少しでも多くの方の役に立てばいいなあ、と思っています。