マウスさんのビザ取得プロセス

日本でのビザ取得を具体的に決めたのが今年の7月。それまでは私の両親が結婚に大反対で、何事も先に進めることができず、保留になっていました。

去年の9月から私は学生ビザで学校に通っていたので(30才過ぎていても、学生ビザ取れました、アメリカでのステイタス変更として永住権の申請も考えたのですが、早く終わらせたかったのと、彼が日本にまだ来たことがなかったので、日本観光ついでにビザ申請を組み込んだスケジュールを作りました。

2000年7月〜9月8日
私の学校のクラスも終了し、日本へ違法滞在になるまえに出るにはクラス終了後から60日以内という期限付きで帰国準備を開始。ちなみに私のビザはF1学生ビザでした。出国は違法滞在になる4日前にしました。

とにかくアメリカでできることはやってしまおう、と、「ぱたのうち」でお世話になりながら必要経費も節約。私の住んでいるネバダ州で予防接種も2種類受け(無料)、写真もイミグレの写真室で撮り(彼の分2枚、私の分3枚で$27)、インターネットからの必要書類のダウンロードと記入、扶養書類の収集まで済ませた。

新幹線での移動が多くなりそうだったので、事前に旅行会社で「ジャパンレイルパス」を購入。日本人はグリーンカード所持者でないと購入不可、というのを「今申請中です」と言って、買った。問題無し。ちなみに7日間の普通車(のぞみ以外は全部乗れる)で28300円なり。

2000年9月8日〜21日
一足先に関西の実家へ帰国。戸籍抄本などの取り寄せや、書類の英訳をしながら過ごす。途中で何故かI-130などの書類が紛失していることが判明。友達に書類をダウンロードしてもらって、彼に届けてもらう。どこに行ったんだろう、あの書類。

2000年9月21日
彼が成田に到着。生まれて初めての外国、日本を最初から気に入ってご満悦。宿泊先は以前に利用したことがある巣鴨のウィークリーマンション。7泊で51,000円なり(光熱費別)。身体のおっきい主人も一人一つのセミダブルベッドでゆっくり寝れた。

2000年9月22日
朝8時に大使館へ。婚姻の為の書類記入をし、タクシーで港区赤坂支所へ。約1時間ほどで手続き終了。晴れて夫婦に。

午前11時すぎにタクシーで大使館へ戻る。到着してすぐに番号札を取って、順番までの間に扶養証明書類を公証してもらう。I-130などの提出の時、「まぁ、今日結婚されたんですね。おめでとうございます」と言われた後、「これに出会ったいきさつのエッセイを書いて下さい」とA4サイズの用紙を渡される。

私が書いて、二人の署名を入れて提出したが、実は主人が書くべきだったらしい。あとで焦って大使館にFaxで書き直しが必要か、と質問したら、このままで大丈夫との返答に、ほっ。

面接には二人で写っている写真や、いままでつきあって送った手紙など今までのつきあいを証明きるものを持ってきて下さい、とも言われた。これで大使館でするべきことは終わったーと、東京観光に出かける。

2000年9月25日
実家からウィークリーマンションに電話。港区役所から電話があって、婚姻届に彼のミドルネームが抜けているので、書き換えの必要があるとのこと。そんなー、終わったと思っていたのに・・・仕方なく、区役所に連絡取って、また出向く。

彼のミドルネーム入りで届けを出して、婚姻届受理証明書も書き換え。また大使館に行って、それを公証してもらう。午後だったので、ビザの窓口はアポ無しでは行けず、諦めた。

4時半にフリテッシュクリニックに健康診断に。母子手帳やアメリカでの予防接種の記録を持参。血液検査とレントゲンなどで26000円で済んだ。60000円準備するように言われたけど、半額以下で助かった。

でも、私のパスポートが無く、結果は送って貰えないことになった。直接パスポート持って、取りに来て下さいとのことで承諾。アメリカでの免許証が身分証明書としてコピーを取られた。みなさん、パスポートは忘れないようにしましょう・・・

2000年9月26日
朝一番、8時過ぎにまた大使館へ。昨日の婚姻届受理証明書を差し替えてもらった。すぐ対応してくれて良かった・・・・その日は横浜観光に。

2000年9月27日
イギリスに1年留学していたため、警察証明が必要だった私は、8月最初あたりに警察証明を申請し、この日に受け取った。間に合って良かったー。

2000年10月4日
彼は仕事の為に先に帰国。涙、涙。おなじ日に大使館から「面接時に今まで使用したパスポートとINSとやりとりした手紙などを持ってくること」と手紙を受け取る。偶然古いパスポートは、取っていたので心配無かったが、「INSとやりとりした手紙など」が不明で大使館にFax。2度目のFaxで「INSと連絡取ったことがなかったら結構です」との返答。連絡取ったことは無かったので、そのままに。

2000年10月中旬
主人から二人の写真や証明すべき手紙などが届く。11月1日を面接希望日としてFax。約1週間後に面接は希望日の11時との手紙到着。

2000年10月20日
警察証明を受け取りに行く。兵庫県はちょうど2週間かかった。頼めばもうすこし早くなりそうだった。

2000年10月31日
2度目の東京行き。ブリティッシュクリニックに健康診断を取りに行く。前回泊まったウィークリーマンションの赤坂インターナショナルプラザに2泊。一人で一泊8000円にtaxだけで(もうちょっと狭い部屋だと7000円くらいのもあるみたい)、大使館まで徒歩10分、千代田線赤坂駅まで5分、溜池山王駅まで10分弱、近くにレストランやコンビニもあり。とっても便利。宿泊者は外国人が多く、スタッフも英語ができるひとが居て、便利そうだった。URLはhttp://www.wmt.co.jp/。因みに電話は03-5570-0230、Faxが03-5570-0233。今度、また主人と東京に行くことがあれば、ここに泊まりたい。

2000年11月1日
11時のアポを無視して8時前に到着。番号は4番。書類を提出してまた、すぐ呼ばれたかと思ったら「本日は面接の方が多いので、早く来て下さって申し訳ないですが、アポ通りの11時までお待ち下さい。11時台の中の方では一番にお呼びしますからね」と丁寧に説明していただいた。

結局呼ばれたのは12時を廻っていて、寝不足のためもあって待ちくたびれたー。面接はみなさんおっしゃるとおり、「学生でラスベガスでは何を勉強しましたか?」「ご主人は何をしてますか」など、とっても簡単。パスポートにあった2004年まで有効のF1ビザはキャンセルされた。

持っていったたくさんの過去のラブレターや写真は見せず。うーん、ここまで集めたのだから見ていただきたかったわ。終わって、ウィークリーマンションに戻ってご飯食べて、2時半に戻ってすぐビザを貰って終わり。あとは入国のみ!

2000年11月13日
関空からロスへ。ロスのイミグレで外国人の列にならんで私の順になったら、「18番ブースに行きなさい」と言われた。そこは「INSパス」と書いたカウンターがあったけど全然気が付かなかった。指紋を取られて、サインして終わり。なんの説明も無く、紙一枚貰って「それに書いてあるから読んでね」とのこと。

すぐ学校に行きたかったので、空港から直接、7月まで行っていた学校に行って、登録しようと、パスポート見せたら「これはビザじゃなくて、労働許可書でしょ。」と譲らない。なんで労働許可書だけで私が入国できるんだ!パスポートと身分証明書があれば良いって電話で言ったくせにー。なんども言ったけど、結局住民登録とかってのをしろって言うので、諦めて、その用紙貰って帰ってきた。(ぱた注:マウスさんはこの後の経緯を相談室の方で相談されてまーす。結果が出たらまた追加してもらいましょう〜)

さっそくもめたけど、まぁ、無事入国したから、しばらくゆっくりでもいいかなと、思う私と主人でした。

全部で約6週間かかったけど、早くしようと思えば、一ヶ月で充分足りそうでした。これもぱたさんとアドバイスして下さった皆様のお陰です!本当にありがとうございました。