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ばに〜さんの体験談 私は学生結婚でしたので、学生ビザで滞在中にアメリカで結婚をし、卒業して学生ビザが切れる頃に日本に帰り手続きをしました。 ・日本に帰る前にやったこと 書類関係―日本にいる友人から送ってもらって、I-130、G-325、OF230、I-864は記入しておきました。 母に頼んで戸籍(まだ変更されていなかったので結婚前の)を送ってもらってありました ・ 気がかりだったこと 2000年6月29日(木) 母親から新しい戸籍ができた(2通)と、友人宅に送ってもらいました。 2000年6月30日(金) このときは古い戸籍を使いました。パケット3をもらうときに面接は、かなり込んでいて7月はもういっぱい、おぼん頃をみはからって予約いれてくださいと言われました。そんなに時間がかかるのなら、余裕で書類の準備ができるので、今ここで予約をしたいといいましたが、書類がそろった時点で予約するようにと受け付けてもらえませんでした。(人によってはそれでできた方もいたようです。) I-864の公証を他の窓口でしてもらいました。そのときの担当者の方に、資産のことをたずねたところ、基準をいってるのだったら問題ないですよ。と言われる。(でもまだ不安。) 10時30分、地下鉄を乗り継いで、警察庁へ。 3時30分、東京ブリティッシュクリニックへ。 2000年7月3日(月) 10時、昔住んでいた、区の区役所に住民票の除票証明をもらいにいく。 11時、都庁のパスポート係に姓の追記をしてもらいに行く。私の本籍は地方で、現住所もそこに変わってしまっているので、東京都で申請する理由がないのでそちらでやってくれとのこと。私は東京に長いこと住んでいたので、実家の住所でパスポート申請をしたことがないし、これがビザ申請のためで急ぐ旨を伝えた所、別の人が現れて、現住所を都内の住所に変えればOKということになり友人宅の住所を書いて一軒落着。このときはめちゃくちゃあせりました。 パスポートのできあがりは当日中でしたが、彼と遊びたかったので、後日とりに行くことにしました。 2000年7月4日(火) 2000年7月10日(月) 2000年7月18日(火) 2000年7月24日(火) 2000年8月2日(水)面接日。 自分の番が呼ばれて、私達が住んでいるアメリカの住所と彼の仕事と2人があったきっかけを聞かれ、では2時半にもう1度来てください。といわれました。 えーとこれはどういうことだろう?と半信半疑の私はなかなかその場を立ち去れずにいた所、お昼休みにでていく係りの人に会い、2時にここにきてくれといわれたんですけど、と聞いたら、それはもうビザがもらえるということですよ。と教えてもらい、もううるうるものでした。そこから国際電話をして、彼もやっぱり扶養のことが気がかりだったので、やったーというよりほっとして腰がくだけてました。 そのあと、ここまでスムーズにきたという喜びと同時に、アメリカに定住することにきめた自分の決断を親と離れて暮らすということも含めて、今更ながらしみじみ考えてしまって色々と複雑な気持ちがいり交じりました。 ぱたさんのこのサイトで1ヶ月でとれる方法を教えてもらっただけでなく、色々と不安になったときもいつもやさしい言葉でそして即効でお返事をいただけるので、ビザを取る前の準備期間、そして申請中に日本にいる間もたくさん助けていただきました。 それから、私がひとつ思ったことは、日本のアメリカ大使館はみなさん感じがよかったです。アメリカの移民局の色々な傲慢で怠慢な話しを聞いていたので、ビザをとるという事は、なんだか戦いにいどむようなものだと思っていたのですが、何を聞いても丁寧に親切に教えてくれました。最後には「お幸せにね」と声をかけられなんだかとてもうれしかったです。 移民ビザは正当な事務手続きをとってもらいにいくものであって、あちらが疑いをもって(結婚詐欺とか)査定するものではないということがわかりました。だからこれから移民ビザをとるかたその辺の心配をいりませんよ。 このサイトで私が元気づけられたように、私の経験がすこしてもお役にたてたらと思います。がんばってください。 |