Yokopokoさんの体験談

ぱたさん、このたびは本当にお世話になりました。私の経験談をお送りします。ただ私は日本国籍ではないので、他の方が参考にされるにはちょっとケースが違うかもしれません。同じ状況の方には個別にメールしていただいて構わないです。少しでもお手伝いできれば本望です。

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2000年5月
オットがBar Examに合格!5年4ヶ月のお付き合いからいよいよ結婚に向けて始動。彼はK-1申請を考えていたのが、ぱたのうちで予習していた私は日本で結婚し、大使館で移民ビザ申請が最短と説明し、なんとか説得。最初は全然信用してもらえず、結局うんと言ってもらえるまで5日かかった。大阪で婚姻届を出し、請願は大使館へ郵送することに。一番時間のかかる私の戸籍謄本を、民団を通して韓国から3通取り寄せる。送料込みで12,000円取られた。

2000年6月
日本での婚姻について調べるうちに、提出する戸籍謄本は3ヶ月以内でないとだめ、と発見。彼になんとか遅くても8月中に来てもらうように念を押す。アメリカ大使館に在日韓国人とアメリカ市民の婚姻の場合、日本人と同じ手続きでよいのかどうかFAXしたところ、ほぼ同じ手続きでOKとの回答を頂く。なんと請願書類も送付してくれた。親切〜!!

ひきつづきぱたのうちにてせっせとお勉強。オットは就職活動で忙しく、来日の予定は依然として不明。とりあえず来日時に持ってきてもらう書類をリストにしてメールで送る。

2000年7月
彼の来日のめどが立ち、8月第1週に来日可能とのことなので、8月4日入籍という形でスケジュールを組む。急遽大阪で結婚披露パーティを行うことになり、その準備をスタート。

日本の役所に婚姻届を出す際に、私も婚姻届具備用件書が必要になるため、大阪の韓国総領事館にて婚姻具備用件書を取得。私の外国人登録がある市役所へ念のために電話して、外国人同士の結婚について問い合わせしたところ、対応があやふやで頼りなくて不安になる。いざとなれば北区役所で届を出そうと決意。

韓国の戸籍の日本語訳、英訳の両方が必要なので翻訳サービスの業者をネットで探し、A4サイズ4枚を英訳+日本語訳の両方で8,000円という業者に決定。原稿のコピーを郵送し、その後のやりとりはメールですんだので4日くらいで受け取る。

2000年8月1日〜3日
彼が来日。私は仕事を休めなかったので、2日に彼一人で大阪の総領事館へ婚姻具備用件書を取得しに行く。ところが日本語の部分が一人で記入できず、一旦撤収。
3日に再度行くことになる。3日の夜に婚姻届を仕上げる。

2000年8月4日
朝9時30分頃大阪の北区役所で婚姻届提出。10時30分に受理証明書(大)1通と(小)4通をもらう。北区役所では本当にスムーズで、こちらに提出することにして本当によかった。もらった後、地下鉄の駅に向かう途中で受理証明書(大)を入れる額ぶちを買う。(^_^;)

地下鉄で大阪府警本部に向かい犯罪証明の申請。在日外国人は戸籍謄本のかわりに外国人登録証明の写し(役所でもらえる書類)があればよいとのこと。Packet3取得前だったので、「犯罪証明が必要」と書いた書類の件でしばらく押し問答になるが、しらを切りとおし(笑)オットがその場にいたことも手伝ってか手続きをしてもらえることに。2週間後に取りに来るように言われる。

さらに地下鉄で今度は韓国総領事館へ。来年の3月でパスポートが切れるので、新しいパスポートを結婚後の姓で申請。特に婚姻を証明するものの提出も求められず、オットの姓を申請書の該当部分に記入するだけだった。新しいパスポートは1週間後にできあがりとのこと。この時韓国の戸籍に婚姻事実を記載してもらうように届を出そうとしたところ、外国人登録証明の写しを余分に持っていなかったために手続きができなかった。パスポート受け取りの時に手続きすることにする。

次に地下鉄で四天王寺の入国管理局事務所に行き、念のためオットの日本での配偶者ビザ(永住者の配偶者等)を申請する場合の書類について、問い合わせをする。私の在職証明や源泉徴収票が必要といわれる。

最後に大阪の米国総領事館へ戻り、婚姻受理証明書の公証をしてもらう。領事館のタイプライターで雛形のブランク部分を記入。結構見栄えのいいできになり、満足。二人とも疲れきって家路に。

2000年8月6日
友人知人を集めて結婚披露パーティ。思い出に残るいいパーティになりました。

2000年8月7日
本来ならこの日に請願を郵送するはずだったのですが、彼が私用で東京に行くことになるかもしれないという状況になり、はっきりするまで郵送は保留する。職場の上司に結婚したことと、9月末日で退職する旨を伝える。

2000年8月11日
韓国総領事館にて新パスポートの受け取り。ところが旧姓のままで発行されていて、その場ですぐに訂正をしてもらう。申請書に間違いはなく、単なる領事館サイドのミスだった。同時に韓国の戸籍に婚姻事実を記載してもらうため、婚姻届受理証明書(小)を提出。ところが記載が済むのは3ヶ月も後になるとのこと。それじゃあビザの面接に間に合わないよ〜! しかたがないので面接の提出書類には公証済みの婚姻届受理証明書(大)のコピーを付け、オリジナルを持参することにする。

2000年8月14日
彼が東京に行くことになり、そのついでに大使館で請願することに決定。帰国便も成田発に変更する。請願の日を18日、帰国日が19日となる。日にちがせまっているので、健康診断を東京で受けるのは断念。神戸海星病院に8月21日で予約を入れ、東京では請願のみ行うことにする(この時にあきらめずに、東京の病院に空きがあるか聞けばよかったと、後で後悔することに)。

2000年8月15日
書類を点検しているときにI-864の公証をすっかり忘れていたのに気づく。大慌てで大阪の総領事館へ。彼がLaw Schoolに通っていた間はタックスリターンをファイルしていないので、その理由をその場でタイプ。提出後に彼が宣誓と署名を窓口で行う。

大阪はシヴィルサービスとビザセクションのフロアが違うので、領事さんご本人が館内を行ったり来たり。何度も足を運んでいるのですっかり顔を覚えられているようで、移民ビザの申請をなるべく早くしたほうがいいですよ、と声をかけられる。大阪でこのまま請願できればいいのに、とつくづく思った。

2000年8月17日
私の仕事が終わってから夕方の新幹線で東京へ。ところがその夜の大雨で到着が大幅に遅れ、ホテルに着いたのは夜の11時過ぎ。なにはともあれ、着いてよかった。

2000年8月18日
二人揃って大使館へ。到着したのは朝8時頃で受付番号は2番。9時15分ごろPacket3を手にして大使館を出る。Packet3にケースナンバーがなかったので担当官に聞いたところ、大使館での請願ではケースナンバーはその場で発行されないとのことだった。彼はその後私用で人に会う事になっていて、午後は別行動。夜は共通の友人と一緒に夕食。楽しかった。

2000年8月19日
彼は赤坂東急ホテル前からエアポートバスに乗って成田へ、私は東京駅から新幹線で大阪へ。請願では出生証明書はゼロックスコピーに公証人から公証してもらったものだったので、面接に備えて出生証明書のオフィシャルコピーを送るよう、くれぐれも念を押す。

2000年8月21日
母子手帳、パスポートを持ち、神戸海星病院で健康診断。破傷風とジフテリアの予防接種を打たれ、その他は抗体検査の結果次第といわれる。ところが破傷風は3回のシリーズのため、渡米前には最低でも2回目を打っておかないと、ビザが降りない可能性があるとのこと。2回目は21日から3週間たたないと打てないので、9月11日以降に2回目を打ってその証明を海星病院に送ってからでないと、面接に必要な書類は手に入らないことに。なんてこった〜!

3週間も待つはめになるなら、東京に行った時に病院に電話をかければよかったと思いきり後悔。今更しょうがないのでカレンダーの9月11日に極太の赤丸をつけ、それまではおとなしく待つことに。抗体検査の結果次第ではさらに長くなる可能性もあるとのことだった。料金は40,000円ちょい。ううう高かった・・・。

午後から犯罪証明の受け取りのため大阪府警へ。申請した時と受け取る時のパスポートが変わってしまったんですけど、というと大使館に古いパスポートを持っていくように言われただけで、証明は問題なくもらえた。

2000年8月25日
抗体検査の結果が届き、その他の抗体は基準値をぎりぎり超えてたので、破傷風の2回目だけでOKとわかる。あと数ヶ月遅ければだめだったかも・・・と冷や汗ものだった。

Packet3の説明に、在日外国人は日本での出生証明書を出すように書いてあったので、出生届の写しを会社の昼休みを利用して取りに行く。ところが、出生証明書での名前が母の旧姓になっていて、届を出した時は入籍してなかったことが判明。米国大使館に両親の婚姻証明が必要かどうかを質問すると、請願の時点で戸籍謄本のオリジナルを提出しているので、出生届の写しも両親の婚姻証明も不要との返事だった。ついでにケースナンバーも教えてもらえた。ほっと一安心。

3通取り寄せた戸籍謄本を全て使い切ったので、念のためもう2通取り寄せることにする。今度は韓国の本籍地の戸籍を管理している事務所へ、申請書と住所を明記した返信用封筒、手数料を国際返信用切手で送る。手数料は申請書に書いてあるのは上記の切手8枚分。1通分なのかどうか明記していなかったので、いちかばちかで必要部数に2と
書いて送ってみる。

2000年9月3日
仕事が9月末までなので、とりあえず10月3日希望で大使館にFAXで面接予約を入れる。また、韓国から戸籍謄本が届く。ちゃんと2通入っていた! 早い、安いの牛丼ばりのスムーズさに今まで民団事務所を通して申請していたのが馬鹿らしくなった。(注: ちなみにこの申請書、大阪の韓国総領事館に置いてあります。実際に取り寄せるには、本籍地の管轄の事務所の住所と戸籍筆頭者がわかっていないと取り寄せできません。)

2000年9月9日
大使館よりアポイントメントレターが届く。希望どおりの日にちで時間は11時。この時間なら当日の朝に新幹線に乗れるので、泊まる必要がなくなったのでよかった。彼に面接日を連絡する。彼もEMSで出生証明書を送ったとのこと。最後の心配事は彼の扶養証明。念のために彼の両親にジョイントスポンサーを頼むことを彼に提案。彼から相談してみる、との答え。

2000年9月11日
地元の病院で破傷風の2回目を打ってもらう。費用は実費のみで800円弱。接種証明をもらい海星病院にすぐにFAXする。確認のために海星病院へ電話をして聞いたところ、14日までに結果は発送できるとのことだった。

2000年9月12日
仕事が終わって自宅へ帰ると佐川急便から不在届が。海星病院からの診断結果だった。は、はやい!とりあえず15日に再配達をお願いする。

2000年9月18日
EMSがまだ届かないので、彼にトラッキングを頼むと、13日に配達したが不在のため局預かりになっているとのこと。不在届は入ってなかったのに〜!直接郵便局へ行き聞いてみると確かにあった。日本の郵便局でもこんなことあるのね、と不安になる。

EMSを開けてびっくり、出生証明書がまたもやコピーの公証したものだった。最初にもらったのは病院からのもので、今度は彼のお母さんが手元に持っていた、カウンティからの出生証明書のコピーを公証してもらったものだった。

ブチ切れた私は彼に電話をして再度説明する。出生を登録したカウンティのシティーホールで作ってもらった、コピーと説明してやっとわかったようだった。勘弁してよ〜。EMSではもう間に合わないかもしれないので、Fedexで送ってもらうよ
うに頼む。

2000年9月24日
彼から連絡があり、Fedexで出生証明書のコピーと、NY州とCT州の弁護士資格取得証明を送ったとのこと。資格証明を送ったのは、ジョイントスポンサーの件をどうも両親からあまり良い返事がもらえなかったらしく、とにかく自分の書類だけでなんとかしようとの試みかららしい。私もどうしようもないので、彼自身から大使館にFAXを流してもらい、もし大使館からジョイントスポンサーをつけるように言われたら、私は面接キャンセルするよ、と伝える。

2000年9月26日
大使館から返事が私の所へ届く。FAXには規定どおりの書類を持ってくるようにとのことだけで、スポンサーが必要かどうかは書いていなかった。とりあえずこのFAXも持っていくことにする。

Fedexから不在届が届いていた。ところが再配達が希望どおりに来てもらえないので、南港の配送センターに直接とりに行くことになる。営業所が自宅から歩いて10分のところにあるのに、何で土曜に配達できないの???

書類を再確認。出生証明を見て、これこれ、これなんだよんとやっと安心。ごっつい立派な書類でコピーとは大違いだった。弁護士資格証明も出生証明書もオリジナルを大使館で取られると困るので、どちらもコピーをつけ、オリジナルを持参することにする。

ぱたのうちの相談室で上りの新幹線が大雨で止まってしまい、当日面接が受けられなかったとの投稿を見つけたので、急遽夜行バスに変更。仕事の引継ぎが10月までかかってしまうので、前日に行くのはどうしても無理だった。夜行バスと新幹線がセットになったチケットを購入。

2000年9月30日
友人に手伝ってもらって、梱包済みの荷物を郵便局から船便発送。残りは10月に入ってから送ることにする。夕方に大阪の阪神百貨店9階の写真室(ストーリーテラー)で申請用の写真を撮影。お店の人が最近よくこの写真を頼まれるのですが、申請が多いのですか?と聞いてきたので、この写真館がクチコミで広まっていることをお話した。私はネガなしのスピード仕上げで頼みましたが、姿勢や顔の向きの指示が丁寧でとてもよかった。ここはオススメ!

2000年10月2日
仕事の後一旦帰宅して、書類を持ち夜行バス乗り場へ。3日にかけて雨と聞き心配になる。書類のコピーをとろうかどうしようか迷ったが、かなりの量だったので東京についてからにする。

2000年10月3日
東京駅に朝6時30分に到着、やっぱり雨だった。地下鉄千代田線で国会議事堂前に行き、溜池山王駅まで地下道を歩く。山王駅前のスターバックスでエクストラショットを追加したアイストールラテで気合をいれ、マフィンで朝食。この時点で7時ごろだった。会社でこっそりForm9003とOF230 Part2はコピーしておいたこともあり、時間的に無理なのであきらめる。

大使館には7時50分頃到着、一番乗りだった。警備員の人に待っててもいいかどうか聞き、構わないといわれたのでそこで待つ。8時30分ごろにはあっという間に後ろに人が並んでいたようだった。中に入ってすぐに番号札を取り、書類を袋から出していると、番号が呼ばれる。書類を出した後、キャッシャーで申請料($265)を払うように言われる。

お金を払って座っていると、名前が呼ばれたので申請料のレシートを渡す。また面接時間が11時なのでしばらく時間がありますが、必ず呼びますので待っててくださいと言われる。10時前に番号がもう一度呼ばれ、レントゲン写真やオリジナルの書類、また請願時に提出済みの書類が返却される。

10時30分に端の窓口で番号が呼ばれ、領事さんといよいよ面接。聞かれた質問は
・結婚してどのくらいですか
・ご主人の職業は
・どのように出会いましたか
・出会った時ご主人は何をしていましたか
・結婚したのは日本ですか
・あなたの出生地は
・渡米後の住所は

でした。その後ビザの保険料($60)をキャッシャーで払うように言われ、そのレシートを持って2時半に戻ってくるように言われる。ジョイントスポンサーが必要かと思ってましたというと、彼が今仕事をしていて、その仕事の収入がラインを超えているので大丈夫とのこと。よかったぁ!!!!

大使館を出たのは10時40分ごろだった。即オットに電話。「どうだった?」と聞かれ、いたずら半分でだめだったという感じで電話口で「ふぇぇぇぇん」と言ってみると、「What???」の返事。その後「えへへへへ、できた〜!」と言うと、「イジワルやなぁ!!!」と言われた。私がどんだけ心配したか、ちょっとはわかってもらえたかなぁ。でもとても喜んでいた。

2時30分まで新宿で時間をつぶすことにする。2時ごろに大使館に戻り、中で待つ。2時半に窓口が開き、1番の点灯。迷わずに窓口へ行くと、私の写真が貼った書類が止めてある、A4サイズの封筒が目についた。ああ感無量。永住権が条件付きであることなど簡単に説明があり、その後にレシートと引き換えにビザを受け取る。婚姻届提出から、きっかり2ヶ月目の10月3日、終わった〜!という気持ちで疲れが吹っ飛んだ感じだった。

その後関西から関東へ引越しした友人と渋谷で待ち合わせ。お互いの近況報告の後、東京駅から5時の新幹線で大阪へ向かう。疲れた体に鞭打って最後の一仕事。帰宅途中にあるコンビニでビザの表側をコピー。入国すると取られてしまうので、記念にとっておいた。オットにも見せよう。

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私の場合は外国人同士の婚姻であることで、他のぱたファミリーの方とは少し違った内容になっています。韓国側の手続きについて詳しくお知りになりたい方は直接メールしていただくと良いかと思います。

Yokopokoさんの連絡先。yokokoh@hotmail.com