ぎょうざさんの移民ビザ取得日記

●2000年1月
彼に会いに行った際にプロポーズを受ける。

●2000年1月
東京のアメリカ大使館へ婚姻具備証明書などの取り寄せを依頼する。
最初は電話でトライしたが、あっけなくダイヤルQ2につながれてしまい、再度Faxで挑戦。すぐに大使館のビザセクションの親切なおじさんから電話があり、婚姻具備証明書など必要な書類一式が2日後に郵便で届く。

●2000年2月
勤めたいた会社に退職の意思を告げる。

●2000年4月11日
住んでいた市の保健所で風疹抗体検査を受ける。(1980円)
抗体値の証明がもらえるとのこと。

●2000年4月19日
風疹抗体検査結果を受け取る。

●2000年4月20日
彼が上司から雇用証明のレターをもらう。
「何年から勤め始め、どのような仕事をしていて、お給料はこれだけです。」という内容の簡単なレターで上司のサインがありました。

●2000年4月24日
大使館へTax Returnの件を質問。6/2に申請を予定しており、そのときにI-864の公証を行う際までに1999年のTax Returnが間に合わなければ(4月の時点で取り寄せ中でした。)、1996-1998年のTax Returnで公証を受けてもよいが、最終面接の時点で1999年のTax Returnがあればそれを面接時に提出しなければならないとの回答をもらう。

●2000年4月27日
重大事実判明!彼が日米の二重国籍のままになっており、このままでは日本で婚姻具備証明書を取れないことが発覚。彼が22歳のときにアメリカ国籍を選択する旨、法務局へ通知していなかった!どうしよう。。。
法務局へ電話。年取った感じの女の人が出る。でも、彼がアメリカに住んでいる以上アメリカの日本大使館へコンタクトするようにとのこと。(これからアメリカで住もうとしているのに、どうして日本の政府に頼るんですか?と言われちゃいました。結構冷たかったです。)
婚姻具備証明書の提出の際に国籍の離脱をしている必要があるか聞いてみたがわからないとの返答。(この辺は「二重国籍者との結婚」のセクションに詳しく報告させていただきました。)(ぱた注:うちのサイトにもぎょうざさんの報告が載っています。ぜひご一読を)

●2000年4月28日
彼がサンフランシスコの日本大使館へ二重国籍者が日本で婚姻し、配偶者の移民ビザを日本のアメリカ大使館で申請する件について問い合わせたが、担当者の人もあまりよくわかっていない様子。やはり日本大使館では日本のことしかわからないので、アメリカ人として日本人と結婚することについてはアメリカ大使館に聞いて欲しいとのことでした。担当の方は彼に「二重国籍ってことを言わなければわからないし、調べなければわからない」みたいな回答をされたみたいで、彼は「そ、それは危険と思います。」と答えたと言っておりました。国籍離脱については質問したところ、必要書類は:
1)国籍離脱届の書式(日本大使館で入手できる。)
2)戸籍謄本
3)アメリカ市民としての出生証明
4)現在の住所がわかるもの(運転免許書)

でした。手続きにかかる期間は1-1.5ヶ月とのこと。日本大使館で国籍離脱届を受理したというレターを出してもらえますか?と聞いてみたところ、それはできないが、アメリカ大使館に問題があれば日本大使館に電話して下さいと言うようにとのこと。

その後、アメリカ大使館へも質問してみました。日米の二重国籍者が日本で婚姻し移民ビザを日本のアメリカ大使館で申請することについての回答は:

1)アメリカ大使館ではアメリカ人婚約者が二重国籍であろうとあまり関係ない。
2)日本での婚姻は日本人として普通に婚姻する。
3)婚姻届を出したあと、婚姻届受理証明書をもらい、それを英訳して移民ビザ申請に使用する。
4)移民ビザ申請の際は彼はアメリカ人として申請すればよい。
5)二重国籍の日本の国籍は離脱する必要はなく、一生持っていることができる。(本当に一生って言われたんです。移民ビザ申請の話をしたので、アメリカに住むということを想定された答えかもしれません。)

でした。次に、私の住んでいるところの市役所に電話して、婚姻届を出す際の書類について確認。彼がアメリカに住んでいることを説明したところ、必要書類は:

1)私の戸籍謄本(本籍が別のところにあるので)
2)彼の戸籍謄本
3)彼のパスポート(これは念のため、と言われました。二重国籍であるが日本のパスポートの期限が切れていることを説明したところ、一応期限切れの日本のパスポートと入国に使うアメリカのパスポートの両方を持ってきてくださいとのことでした。)
4)二人の印鑑

だそうです。婚姻具備証明書も平日に来てもらえば30分ぐらいででます、と言われました。めでたし!アパートも今日決まったし、よかったよかった。

●2000年5月8日
東京ブリティッシュクリニックへ予約を入れる。6/2(金)の15:30。
面接が近くないことを確認される。持ち物は:

1)大使館からのForm(2部)
2)有効期限の残ったパスポート
3)予防接種などの記録
4)現金 \26,250+予防接種料 最高\32,813(27歳ならマックスこれぐらいとのこと)

道順はJR恵比寿駅西口を左に出て日比谷線入り口に向かうと交番があるのでそこで地図をもらって下さいとのこと。徒歩7分。

●2000年5月19日
4年2ヶ月勤めた会社を退社!

●2000年5月23日
市役所でもう一度婚姻届の書き方について確認する。二重国籍者との結婚であることと婚姻届を出してすぐ彼はアメリカに帰ること、私も引っ越すことを伝えたら、婚姻届の住所のところは私は今の現住所を書いて、彼はアメリカの住所を日本語で(アメリカ国カリフォルニア州。。。)記入してくださいとのこと。

愛知県警に電話して警察証明書の取得について伺ったところ、愛知県もOF-230 Part1の記入済みのコピーがあれば、大使館からの手紙がなくても、警察証明を取ることができるとのこと。必要書類は:

1)有効期限OKのパスポート
2)戸籍謄本または抄本
3)住民票
4)記載済みOF-230 Part1コピー、記載済みOF-230 Part2コピー、大使館からの警察証明発行についての紙のうちのどれか

だそうです。電話に出られた方が「なんとかPart1」といわれるので、OF-230 Part1ですね、と言ったらそうだと思います、と言われました。電話を切ってすぐ出かけ、午後2時30分頃に愛知県警へ到着。受付で犯罪証明のことを伝えると、鑑識課の人が迎えにきてくれて、1Fの小さなついたてで作った部屋で書類を記入。そのとき、住所などは一字一句住民票や戸籍に記載されているとおりに書かないとだめでした。機械で全部の指の指紋をスキャンされる。出来上がり予定日は6/2。その前に必ず電話で確かめてから来てくださいとのこと。受け取りにはパスポートと印鑑が要るとのこと。本当に親切な方々でうれしかった。

●2000年5月25日
婚姻届をかけるところだけど記入。両親に証人になってもらった。

●2000年5月26日
市役所に行って国民年金について聞く。5/19退社で、7月中旬にアメリカへ転出することを伝えたら、やはり年金の「カラ期間(喪失)」は転出届が出ないとできないので、5・6月の2か月分の国民年金(\13,300×2)は払わなければならないとのこと。離職票と厚生年金手帳を見せて、国民年金への加入手続きをした。請求は後で送られてくるとのこと。転出する際にもう一度年金課へ行って、今度はカラ期間にする手続きをする。(もう一つのチョイスとして、親などの世話人を決めてその人にずっと払ってもらうやりかたもあるとのこと。)

●2000年5月28日
彼が来日。入国のときの目的は「Visiting family friends」にしたとのこと。

●2000年5月29日
市役所にて入籍。入籍については事前に問い合わせた通り記入していき、承認として私の両親に署名してもらった。窓口にいって、係りの人が本籍の確認を取るため、私達それぞれの本籍地へ電話した。その後、受理され、婚姻届受理証明書を全部で4通(簡単なもの。一通350円)をもらう。大きいもの(1400円)は後日でないとできないとのことで、依頼して帰った。

●2000年6月2日
東京のアメリカ大使館でビザの申請を行う。ホテルはマロウドイン赤坂へ泊まった。大使館まで歩いて10分ほど。安かったです。

当日は朝8時から並ぶ。私達の前に2組の方がすでに待っていました。8時30分にゲートが開き、荷物チェック(空港みたいです)を終えて中に入ると右側に番号を出す機械があるので、番号を取って並ぶ。一人とっても恐そうなおじさんが窓口にいて、その人にあたらないことを祈っていたら、若いやさしいお姉さんに呼ばれる。持ってきた書類を全部出してまたひたすら待つ。次に呼ばれたときは、二人の出会いから現在にいたるまでは簡単に英語で書いてくださいと白い紙を渡された。彼に書いてもらって提出。無事にPacket3取得。

待っている間に公証に行こうかと考えたが、こわそうなおじさんが番号が呼ばれてすぐに行かなかった人の番号を飛ばしていたのをみて恐くなり、ずっと待っていました。その後、I-864の公証に行く。すんなり終わり、二人ともこのために今まで準備してきたのかあ、とぼーっとしてしまいました。

その後、ブリティッシュクリニックで健診を受ける。これまたあっという間に終わってしまい、びっくり。実際の問診なんて、えーーこれで何万も取られちゃうの??という感じでした。風疹抗体検査の結果と母子手帳を出したため、予防接種も二本で済みました。

●2000年6月6日
面接の希望日時をFax。

●2000年6月12日
大使館より手紙で面接の日時について連絡あり。面接は6月27日。
よかったよかった。

●2000年6月27日
面接を受ける。面接の時間は11:00だったのだけれど、気合をいれて8時から並ぶ。一番だったので、書類を提出して待つ。公証もしておきたいものがあり、待っている間に公証に行って来ていいか窓口のやさしそうなお姉さんに聞いたら、いいですよ〜!と言われたので、公証しにいく。公証分のお金を払っていたらなんと、私の名前が呼ばれている!慌てて窓口へ走るとそれが面接でした。

質問は5・6個で、いつであったの?彼はアメリカで何をしているの?彼はいつ日本にいたの?(彼は小さいとき日本に住んでいたので)とかそんな感じでした。領事の人が提出した書類をぱらぱらと見ながらの質問で、彼の二重国籍のことについては一切質問なし。

あっという間に終わり、2時30分に戻ってビザゲットでした。面接の時間ですが、私は予約は11:00だったのに、8:30に張り切って書類を出して、結局面接に呼ばれたのが9:20ぐらい。そのときの混み具合によるのでしょうか。うーん。

●2000年7月23日
片道切符でアメリカへ入国。悪名高きポートランドでの入国でしかも次の乗り継ぎ便までの時間が厳しく(しかも飛行機が遅れたんです!)、緊張。ポートランドに着くや否や、急ぎ足で飛行機を降り、入国審査場に一番に乗り込みました。ビザの封筒を見せると左奥にあるところへ連れて行かれ、別の係員の人に封筒を渡すように言われました。にっこり笑うことを心がけながら、説明を聞き、指紋を
取られてサインをしました。あっという間に終わってしまい、あれれ?という感じ。

働けるかどうかを係員の人に確認し、大丈夫との返答をもらう。その後、磯いで乗り継ぎ便へ向かう。乗り継ぎ便に乗ってやれやれ、と思ったらサンフランシスコへ着陸10分前になって、「皆さんBad Newsです。」というアナウンス・・・何でもサンフランシスコ空港が緊急事態で(よくわかりませんでした。)着陸不可能とのこと。急にFresnoへ飛ばされました。その後はどうなるんだろう?!?!?と不安いっぱいでいたところ、Fresnoへ着陸するやいなや、「サンフランシスコ空港が着陸OKになりましたので、戻りまーす。」というアナウンスが入り、また戻る羽目に・・・結局サンフランシスコへは1時間遅れで到着でした。

アメリカに来てから、SSNを取ったり車の免許を取ったりするときに、婚姻届受理証明書を見せる機会がありましたが、やはり大使館で交渉してあったためか何も聞かれませんでした。やっぱり公証しておいてよかったと思います。

二重国籍のところでいろいろとありましたが、何はともあれ無事にアメリカへ来ることができてよかったです。これもすべて、ぱたさんのおかげです。私の体験談もどなたかのお役に立つことができればうれしいです。
ぱたさん、本当に本当にありがとうございました!