Kaorinさんの体験談

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ぱたさん、こんにちわ。その節は大変お世話になり無事VISA取得し渡米して参りました。体験談の方、初めどうしようかな?と思いましたが、アメリカで請願し日本で申請の例があってもいいかな!と思い書いてみました。もしよろしければ使ってみください。

1997年10月
留学のため、渡米

1999年5月
お互い結婚することは決めたものの、I-20が切れてこれからどういう風にVISAを申請していいか分からず、日本領事館に電話したり、友達に聞いてみたりしましたがなかなか要領を得ず、地元の小さな移民局に相談しに行きました。

そこで、私は、とにかく一度日本に帰って親とも話さないと行けないし、彼にも会わせないといけないし...と言う事を強調して話しをすると、”それなら日本で結婚して、I-130というのをアメリカで申請しなさい、そうすれば3ヶ月ぐらいで連絡が来て、すぐアメリカに戻ってこれて、選挙以外はなんでもOK”と言われ、やけに簡単だな?と思いつつ、実行することしました。もちろんこの時点でぱたさんのHPのことは知る由もありませんでした。

1999年7月4日
両親の猛反対にもかかわらず、日本で結婚し、その結婚証明を夫がアメリカに持って帰り、7月の終わりに、I-130を請願しました。

1999年8月下旬
恥ずかしくて申し上げたくはないのですが......提出した書類が全部、夫の元に戻ってきました。

なぜか?......うちのばか夫は自分のサインをするのを忘れたんです!とりあえず速効でサインをし送り返し、9月の半ば頃に”書類は受け取りました。147日以内に処理されます”というレターが届き、”はぁ〜?それって5が月ぐらいかかるってこと???”夫と二人で呆然としましたがしょうがないってことで、待ち続けることにしました。

2000年1月下旬
そろそろ、その5ヶ月がやって来たにもかかわらずなぁ〜んの連絡もありません。
しびれを切らした夫がネブラスカに電話をしました。そうなんです、アメリカで一番手続きが遅いネブラスカに申請しなきゃいけなかったんです。電話では、まだ処理されてなくあと1ヶ月はかかる...と言われ、夫の逆鱗に触れましたが、なんとその電話の3日後に、”アメリカではすべて受理されました。これから日本へ転送します。1ヶ月以上たっても何も連絡が無い場合はNVCまで連絡をください”と、書かれたレターと提出した書類等が夫のところに送られてきました。

2000年2月
あと、もうすぐでアメリカに行ける!と、ルンルンで、勤めていた会社にも3月には退社しますぅなんてうかれていた私にある友達が”国際結婚した人のためのおもしろいHPがあるからみてごらん”と言われ、私にはもうVISAのことに関しては関係ないし〜なんて思いながら、ここではじめてぱたさんのHPに出会いました。そこには移民VISAの取り方...
I-130.....あいひゃくさんじゅう???これって私が取ろうとしてるやつじゃん??えっ?えっ?読めば読む程、心の臓ががバクバク。

大変なのは今からじゃない!I-130が取れたら移民局のおじさんが言ってた様にすぐ帰れると思っていた私は本当に、焦りました。これから、健康診断して警察証明もらって....これまでに予定してなかったことを..てかんじで夫にもつたない英語で必死に今からこんなことをしなきゃいけないらしい、と伝えると、そんなはずはない!移民局の人はそんな事言わなかったぞって....しまいには、アメリカに戻って来たくないんだろう?とまで、言われ大変でした。それから夫はその移民局に行って、尋ねたのですが、やっぱりそんなことはしなくていいって言われたんです。でも私はそのおじさんが知らないだけで、とにかくやらなきゃいけないんだからと準備をはじめました。

2000年3月上旬
1ヶ月以上たってもなんの連絡も来ません。夫は言われたようにNVCに電話をしたところ、今、とても忙しい時期であと2ヶ月はかかると言われました。またかよーって気分です。このころ、私はぱたさんのHPでかなり勉強してましたから、日本で請願し直そうか...と夫と考えましたが、ここまで待ったしあともう少しだからがんばろうという決断をしました。

2000年4月2日
仕事から帰って来てポストを覗いたらなにやら茶色い封筒が....日本のアメリカ大使館から直接パケット3が届いていました。ぱたさんのHPでは最初NVCから連絡があるということだったので戸惑いましたが、えいえい、とりあえず、パケット3だ!

その3日後、今度はNVCからのレターです。”あなたの書類は日本に転送されました。もうすぐ日本の大使館から連絡が来るでしょう”というレターでした。それから、すぐに警察証明を取得。ちなみに北海道の釧路警察所では無料で5日で取れました。

2000年4月16日
東京ブリティッシュクリニックに健康診断をうけに行きました。北海道からだったので結果は郵送してもらい1週間弱で届きました。すぐに面接のFAXをしました。希望は5月16日でしたが、とにかく連絡が全然来なくて、何度も催促のFAXをし、やっと5月30日に決まりました。

2000年5月30日
私も面接の時間は10時15分でしたが8時には門の前に並び、10番の札を取りました。しかし呼ばれたのは10時半ごろで、領事さんと面接したのは12時半ごろでした。書類に不備はなく、面接の内容もどうやって夫と知り合ったか、この、ジョイントスポンサーとはどういうつながりか、この程度でした。

そして2時半に戻って来て、無事VISA取得!!震える手であの封筒を抱えて友達の家につき、感慨深くVISAを見つめていると....きゃ〜、印刷されている、住所の番地が違うでないか!!!大使館まで戻ろうかと思いましたが、時すでに遅く、明日は朝一番の飛行機で釧路に戻って仕事しなくちゃいけないし...結局釧路に戻り、すぐに大使館にFAXしたところ、送り返してもらえばすぐ訂正して送るとのこと。それか、アメリカに入国する時に、正しい住所を書いたメモを渡せばいい、と言われましたが、渡米まで時間が充分あったし、確実に行きたかったので、大使館に送って、訂正してもらいました。1週間もかかりませんでした。

2000年7月14日
無事にロスから入国しました。私はデルタを使ったので専用イミグレで.....でも、2機分の乗客がすべてイミグレを通ってから呼ばれたので、時間はかかりました。1時間半ぐらい待たされました。乗り継ぎまで3時間見てたので大丈夫でしたが、時間がない人は先にやってもらってたみたいです。指紋とってサインして、何分もかかりませんでした。

私達の場合、夫が日本に来たにもかかわらず、日本での請願方法を知らなかったばかりに、I-130を受け取るまでに8ヶ月近くかかってしまいました。ただ、私はアメリカに渡る前にどうしてもある程度のお金をためておきたかったので、この時間は全く無駄では無かったのは幸いでした。結局、1年以上夫と離れて暮らしましたが、これが、もう少し長かったら、危なかったかも??(笑)