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kookooさんからの報告書。 いきなりの婚約から約3ヶ月で終わった移民ビザ獲得までの道のり。ご参考までに、どうぞ。 2000年4月22日 2000年5月10日 2000年5月20日 2000年5月23日 2000年5月25日 2000年5月29日 2000年6月3日 ---この間、私はI-130、G-325A、OF230 part I を仕上げる。 ---夫はI-864、出生証明、雇用証明、マリッジライセンスのサーティファイドコピー、写真を準備。夫にはpoverty lineを超える収入があるものの、諸事情により1998年、1999年のタクスリターンが出せなかったため、夫の父にジョイントスポンサーをお願いする。ジョイントスポンサーの場合、アメリカでI-864の公証を済ませること、アメリカ市民である証明を持ってきてもらうことを忘れずに。義父は今年定年退職したため、雇用証明の代わりにretirement plans (退職金に関するいろいろ)の書類、年金に関する書類、持家の証明を用意。税金は義母とジョイントで申請しているため、タクスリターンには個人の収入を示すためのW-2も添付。 2000年6月26日 2000年6月28日 2000年6月29日 2000年6月30日 徒歩で警視庁へ。住民票が転出のままになっている場合は手続きの場所 (建物)が普通の人と違うので、警備のおまわりさんにその旨伝えると場所を教えてくれる。書類の記入と指紋採取は所要時間15分。出来上がりは約2週間後、7月17日以降とのこと。 このあとブリティッシュクリニックへ行く予定だったが、疲れ果ててしまったので予約変更の電話をする…。 2000年7月2日 2000年7月5日 2000年7月6日 ---この後、大使館からなかなか面接日の連絡がなかったため催促のファクスを2回するが、返答なし。「ぱたのうち」の皆様のお陰で、Q2ダイアルで面接日を知ることが出来ると聞き(*)、即実行。7月31日のフライトチケットを既に取っていたため、無理を承知で7月中をリクエストしていたが、結局面接は8月2日に。7月はどうしても無理、とのこと…。結局面接のアポイントメントレターが届いたのは、予約をしてから3週間後だった。 *大使館のQ2* 0990-5-26160 (それぞれのメッセージが始まると同時に1・1・1・40・1・3・3・3の順でプッシュ。これで、電話代も節約でき、担当者とすぐに話をすることが出来る。) ---面接日までに新しい戸籍謄本 (面接時は不要)、警察証明、健診結果を用意し、パスポートの別名併記を済ませておく。 2000年8月2日 面接の前に窓口に呼ばれ、filing feeのレシートを出してレントゲン写真を返却される。それから少し待つと一番右の10番窓口で領事に呼び出される。 右手を挙げて宣誓をし、面接開始。私の場合、「夫は今日本にいるのか」「ふたりはどこで知り合ったか」「大学で何を勉強したか」「1998年と1999年に、夫はどこにいたのか」「OOOさん(ジョイントスポンサー)は誰か」という質問。 "Everything is fine."の言葉を最後に終了。3分もかからなかった。 2時半に大使館へ戻り、ビザ発行料を支払う。2時40分に窓口が開き、今回は5分くらいで呼ばれる。レシートと引き換えにビザの分厚い封筒を貰う。遂にビザゲット! 2000年8月7日 JFK到着。パスポートコントロールではいつも通り、ビジターの方へ並ぶ。係官にビザを渡すと、封筒をばりっとはがしてパスポートにスタンプと手書きのナンバーを入れられる。グリーンカードは6ヶ月以内くらいに届くこと、それはテンポラリーなので2年後に更新を忘れないことなど…「ぱたのうち」で学習済みのことすべてを丁寧に説明してくれる。その後、別室へ行くように指示される。 別室で係官にビザとパスポートを渡すと、2分くらいで呼ばれ、小部屋で右手人差し指の指紋採取と署名を済ませる。関税申告書とパスポートを返される。パスポートにはスタンプ。 やった、これで終わり!
ぱたさんを始め、皆さんのお陰でここまで来ることが出来ました。感謝、感謝です! 色々な不安でとっても大変に感じた移民ビザですが、実際に取れた後はとっても気が抜けます…。アメリカにも帰りたくなくなったりして…。でもグリーンカードのために大変な苦労をしている方が大勢いるアメリカです。こんなに簡単にとれたことに感謝しつつ、アメリカで幸せな生活をしていろいろとがんばらなきゃいけませんよね〜。最後に、本当に皆さんありがとうございました! |