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わたしの移民ビザ所得体験談です。(Tomskiさん)
1999年11月−2000年1月
私がアメリカ滞在。プロポーズを受けるが、結婚の時期はまだ未定。私は、3ヶ月の滞在期間が切れる前に帰国。この時アメリカで結婚する話も出たのですが、私の方が決断できなくて、フィアンセビザを取って、再渡米する、ということに。
2000年3月吉日
私に取っては本当に吉日でした。ビザ情報(特にフィアンセビザ)を検索していて偶然、「ぱたのうち」を、発見。ここで、K−1ビザを取っても、渡米後、またGC申請しなければならない事が分かり、日本で入籍、移民ビザ申請を考えはじめる。
2000年4月25日
彼が来日。ぱたのうちで、確かめておいた必要な書類、(彼のBirth Certificate、3ヶ年分のTax return、あと、私が送った、カードや手紙、電話代の領収証など)を持ってきてもらう。
彼の滞在予定は2週間。余裕、余裕・・
2000年4月27日
私は沖縄に住んでいるので、アメリカ領事館に、婚姻具備証明書をもらいに行く。なんだかとっても簡単にその証明書、というやつは、もらえてしまった。パスポートと、Birth
Certificateを提出して、手数料($55だったかな?)を払い、領事の前で、宣誓をして、終わり。
その日は家に帰って、日本での入籍のために婚姻具備証明書の和訳、そして、移民ビザ申請のため、私の戸籍謄本の英訳・・などの作業を行う。
2000年5月1日
私の住所のある市役所に婚姻届けを提出に。私は結婚後も、旧姓を使う事を決めていたので、名前が変わることなくMrs.になりました。
婚姻届受理証明書を発行してもらう。ここでお金をけちって、小さいもの(350円だったかな?)にしてしまったためにあとで、ちょっと、手がかかる事になる。
2000年5月4日
午前中に、婚姻受理証明書、私の戸籍謄本を携えて、再び領事館へ。
前回で、婚姻受理証明書用のブランクフォームをもらっていたので、それを提出しようとしたら、「このフォームは、大きい証明書用のものなので、この(小さい)証明書には使えません・・」との事。ガーン。
慌てて、小さいのを英訳する。辞書も何も持ってきてないよー。えーん。
ブランクフォームを横目で見ながら、何とか英訳完成。そしてそのまま申請へ。
係りのお姉さん(?)に聞きながら書類をうめて、30分くらいで、Packet3 Get。
だけど彼の持ってきたTax returnは、この申請には使えないらしい。所得を証明する事はできるけど、公的な書類として、IRS発行のTax
returnが必要との事なので(ぱた注:アメリカ大使館で申請する方は、IRS発行でないもの、つまり1040のコピーでも受け付けてもらえるようですが、沖縄はダメだったみたいですね)、これは私の面接の時までにそろえてください、といわれる。
でも、扶養宣誓の公証はしてくれました。
さあ、あとは、Tax returnと、健康診断、警察証明・・・だが、ここに落とし穴が。
2000年5月7日
Tax returnは、Faxでも取り寄せられると言う事で、彼に「Tax returnください願い」(直訳するとこんなかんじなはず。)を書いてもらって、友達のFaxを借りて、IRSに送る。
はぁー、一件落着・・ではないんだな。
2000年5月9日
彼、帰国。あと1ヶ月後には私は合法的にあなたのところに行くからね・・
そう思っていた私は、しばらく何にもしなかった。
だって、まだ沖縄にいたかったんだもん。
2000年5月25日
ようやく重い腰を上げ、アドベンチスト・メディカルセンターにいく。
母子手帳を持っていなかったので、まず、抗体検査を受け、足りない物を接種してもらうことに。費用約¥32000。(抗体検査、健康診断)予防接種は含みません。
ついでに沖縄県警にいって、警察証明の手続きも。
2000年6月10日
一週間で出るはずの検査結果がまだ来ない。確認の電話を入れると、結果が出るのに時間がかかっている、とのこと。
なんで????結果が出次第連絡をもらう事にする。
警察証明はできあがっている、という事なので、取りに行く。
2000年6月14日(頃)
お医者様の話によると、HIVの抗体検査を、3回やりそのうち1つに+−の結果が出たとの事。残り2つは−だが、このままではビザ用の健康診断書を出せないので、再検査が必要、との事・・目の前が真っ白に。
でも、感染の可能性はないと信じてたので、再検査の結果を待つ事に。この時の彼の「何があっても、僕たちはずっと一緒にいよう。あんたはもう自分のワイフなんだから・・」という言葉がとても慰めになりました。そして、「ああ、この人と結婚して本当によかった・・」と、心から思いました。
2000年7月16日
再検査の結果を聞きに再びメディカルセンターへ。はぁー、長かったよ、この1ヶ月は。
結果はオール−。ねっ、いったでしょ??(笑)
予防接種を受け、翌日、領事館へ面接の予約を。
しかし、サミット期間中で、7月中は面接はなし。8月も、最初の週はいっぱいで、早くて9日になるとの事。性格的に、ビザが取れないと恐くてチケットの手配もできない。「主人の祖母が病気で会いにいかないといけない。私が行くのを待ってくれてる・・」と、電話の相手に訴えたら、「では、領事とお話になってください」といわれて、いきなり、領事に電話が代った。
ひゃー、どうしよう。自分が何と話していたのか、よく覚えていないけれど、「今週の面接はないが、来週、面接を行うので、その時に来てください。詳しい事は、担当の者と話してください。」だって。
いやぁー、ごねてみるものですね。8月9日になるはずだった面接が、7月27日になりました。
2000年7月27日
実は、私は1日、日付を間違えて昨日も領事館に行きました。化粧もして、準備万端で出かけたら7組ぐらいが、待っていました。みんなに書類を配り終えて、あれ?わたしのは・・?とおもっていたら、係りの人も変に思ったのか私の名前を聞いて、確認しに中へ戻って行きました。あらら・・私の面接予定日は、27日だったんですねーー。という事で、気を取り直しての出直し面接です。
今日の面接は3組ぐらい。2時に集合して、説明を受け、領事とちょこっと、お話して、「書類に不備はないようだから、ちょっと待っててね。ビザを準備するわ」(領事は女の人でした。今日の面接が彼女にとっても初めての面接だったみたい。)と言って、しばらく待たされて・・そして4時ちょっとすぎ、「ハイ、これがあなたのビザよ。」と言って、渡されました、茶封筒。
2000年8月1日
彼と入籍して3ヶ月経ちました。
本当だったらもっと早くビザも手に入ってたはずでしたが・・
でも、考えていたより簡単にビザは、手に入るもんだ、というのが私の感想です。
沖縄に住んでいたので、病院、領事館が近くにあって、楽でした。(領事館まで私の家から車で5分)血液検査で引っかからなければもーっと、簡単だったと思う。
ぱたさん、皆さん、本当にありがとうございました。
今、手続き中の皆さん、頑張ってくださいね。
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