はにばにさんの恐ろしく長〜い!経験談

(前編までのあらすじ)婚約者ビザをとって永住権申請までしたけど、余りの不自由に移民ビザ切り替えを考えたはにばにさん……

詳しくは前編(婚約者ビザ〜永住権申請)に戻って、最初から読んでください!


 後編(移民ビザへの切り替え)

2000年1月中旬
そんな時、偶然というか運命というか!「ぱたのうち」との出会いがありました。運命ね。

うう!!字がいっぱい!!難しそう!!蓋を開けたはいいけど、圧倒されて、ブックマークしたはいいけど、体力がありそうな時に読む始末。でも読んでいくうちに、自分がやってきたことがいかに回り道で、しかも今の待って待っての苦しい状況から抜け出せる道があると分かり(日本に帰って移民ビザ取得ですね〜)、そしてぱたさんがミシガンに在住されているということで、とにかく今の感激と、感謝の気持ちをぱたさんにお伝えしたくて衝動的にもメールしてしまいました!!私もミシガン(カラマズー)で学校生活を送っていたのです〜。

とりあえず自分が婚約者ビザを取った当時ぱたのうちが存在していなかったことがせめてもの慰めですう。。。

2000年2月上旬
早くも日本移民ビザ旅行を計画!!3月1日とする。以前大使館から頂いた請願書をまだ持ってて、良かったです。

I-130、G-235A、OF-230 part1に記入。写真も撮影。お金は・・・あったー!!ややこしいのは扶養証明なのよね。ぬかりなくやらなきゃ。とにかくぱたさんのホームページを何度も読み返し、時にはあさはかな質問なんかもぶつけたりして、ご迷惑おかけしました。

そして出生証明は以外は準備完了!出生証明は・・・なくした。先月まであったのに!!また大使館にファ〜クス。パスポートだけでも大丈夫なことを念押し確認する。しつこいってば。

2000年2月21日
東京ブリティッシュクリニックへ予約3月3日3時とする。
ホテルは銀座線新橋駅の最寄りに予約。

2000年3月1日
LAをすぐにでも発ちたいところなのに・・・飛行機は4時間も離陸が遅れ、でも到着は40分だけの遅れ。なんだ、飛ばせるんだ。

2000年3月2日
成田到着。ホテル泊。その日は寝ただけ。

2000年3月3日午前
朝食をホテルで済ませ、8時10分にタクシーに乗り込み大使館へ。タクシー代900円くらい。

大使館へは丁度8時半到着。入り口でパスポート掲示と来館理由を告げて荷物検査。待ち番号はすでに6番でした。

1時間程待った末、番号が呼ばれ、いざ書類を提出。問題なく受理されひと安心。
その後何度か呼ばれる間に支払いをしたり、レシートを提出したりする。

私は以前に婚約者ビザを取ったことがあるため、今回の移民ビザ申請のいきさつを説明しました。一瞬ヒヤっとしたけれど、無事パケット3をもらえました。

帰る前に扶養証明を公証してもらう。添付書類はオリジナルのタックスリターン用紙3年分(用紙って郵便局なんかに置いてあるじゃないですか〜。夫は2部ずつもらってきて一つは手元に置いておくそう)一応東京のIRSにFAXして、向うのコンピューターに登録されているタックスリターンの情報もつけました。いらないとわかっていながらW-2フォーム、会社からの雇用証明証、給与明細書、銀行の残高証明証もつけました。公証は無料です。

同日お昼時
ホテルに地下鉄で戻って(虎ノ門よりひと駅)まずはお昼。その後銀座周辺をうろうろ。
2時20分になったので、途中日比谷線に乗り換えて恵比寿へ。ブリティッシュクリニックは分かりにくいと聞いていたので、駅につくとすぐタクシーを拾う。周辺の地図にクリニックがあるらしき場所に印をした地図を見せて、なんとか連れて行ってもらう。運転手サンはもうこりごりという反応。

クリニックでは正味30分あまりで終了。血液検査、レントゲン、問診(服は脱ぎました)あっけない。書類は後日宅配便で送ってもらうことに。

これで東京でやるべきことは終了〜。この後次の日の夕方までゆっくりして、夫は帰国。私は新幹線で大阪へ帰る。

2000年3月6日
土日明けの今日は早速警察証明を取りに大阪府警本部へ。ついでにパスポートの括弧書きも(別のページに追記)やってしまおう。午前中は必要書類の問合わせのため、ちょっと早起き。戸籍抄本も取りにいかなくちゃだわ。

・警察証明必要書類は
 大使館からのパケット3・パスポート・住民票・戸籍抄本・写真(5×4)

・括弧書きに持って行ったのは
 婚姻証明書(マリッジサティフィケート)・パスポート

なんと、大阪府警は、警察証明にまる3週間かかるらしい。今回余談はしてもらえなかったけど、前回警察証明を取った時は、「確実性を重んじて3週間後に受取日を設定しているけど、大体2週間後位には出来あがっていることもあるので、急いでいる場合は10日経った頃一度電話で確認してください。完成していれば早めにお渡しできます」
とのことでした。しかし、今回の私の受取日は3月27日。待つわ〜。

2000年3月7日
クリニックよりレントゲンなどが届く。

2000年3月8日
面接日を3月29日と迷った挙句、4月4日希望でFAX。早く返事くれるといいな〜。

2000年3月14日
大使館から面接の返事が来ないので、再度FAX。

2000年3月16日
大使館より面接の知らせが郵便で届く。希望とおりの4月4日。やった〜!

2000年3月24日
ふと思って心配になった、夫の雇用証明書。普通本人以外の上司や雇用主が発行するものですよね〜。でも今私が持っているのは夫本人が、この会社にいつから勤めてて、給与はいくらで・・質問があれば雇用主の誰それまで連絡先はこれで、というような夫のサインしかない誓約書みたいなものなのです。前回K-1を申請した時も、アメリカでの永住権申請の時もこの書類で受理されたのだけど、今回はナーバスになってたこともあり、上司のサインをもらうことにして、アメリカの夫からそれが届きました。

ビザの説明には「あくまで貴方にビザが発給されるという保証はどこにもありませんので、ビザが取れるまでは渡米の予定を立てないで下さい」とあったけど、悩んだ挙句、一か八かの気持ちでアメリカへの折り返し便を4月5日に変更。

2000年4月4日
運命の日?面接の予約時間は11時半。朝7時26分の京都発ひかりで東京へ、10時10分着。時間に余裕はあまりありません。

東京に着くなりコインロッカーに荷物を預けて身軽に。これは予定外。赤坂見附駅のホテルに泊まる予定だったので、まず東京から丸の内線で赤坂見附まで行き、そこのコインロッカーに預け、そこで銀座線に乗り換えて、溜池山王駅まで行くはずだった。時間がせまっていて予定変更。結局丸の内線の国会議事堂前駅から歩くことに。げ〜。溜池山王まで800メートルもあるのお?これでは間に合わないと思って、地上に脱出溜池山王ビル前からタクシーで大使館へ。11時半ぎりぎりセーフ。

待ち番号は44番。だからといってもお昼まで30分しかないので、そんなに待ちませんでした。必要書類を提出。
OF-230 part 2、フォーム9003、戸籍抄本とその訳、結婚証明書とそのコピー、警察証明、健康診断の封筒、顔写真、扶養証明I-864(公証済み)とそのサポート書類(オリジナルのタックスリターンフォーム1040を3年分とそのコピー、東京のIRSよりFAXで入手したタックスリターン3年分、銀行残高証明、雇用証明本人のサインのみのと上司のサイン付きのもと2種、W-2フォーム)夫のパスポート現物と顔写真のページのコピー(出生証明証は紛失してしまった)、K-1ビザのついたパスポートと持っていたアドバンスパロール、アメリカでの永住権申請の後送られてきたレシートなどの書類。

何度か窓口を行き来して支払いなどを済ませ、最後に女性領事さんと対面。「こんにちは。よろしくお願いします」と素で勝負!!でも「こんにちは。Hi. Do you speak English?」と聞かれてしまった。ここで日本語を通してしまって、あとあと夫との会話を突っ込まれてもダメだと思い、その後は英語に(ぱた注:日本語でも大丈夫ですよ〜)

3時半より番号が呼ばれ、無事ビザを手に。嬉しい。
晴れ晴れとした気持ちでその夜は過ごし、次の日早速アメリカへ入国しました。LAの空港では係官も慣れた様子で、「はい、貴方は18番に並んでね。ビザは見えるように持ってて。そうすれば皆がどこへ行くべきか教えてくれるからね」

さて、書類3〜4枚に4箇所ほどサインを済ませ、右手人差し指の指紋を取られた後、スーツケースは取りにいかずにZのブースで待つように言われた。でもそこにはすでに30人くらいの団体サンが一組いらしたので、「あ〜今日は相当待つんだ〜」と思い、夫に電話をかけたり、スーツケースを取りに行ったりして待っていました。私以外の新移民さんの家族はZがいっぱいなため、その近くの椅子に座って待っているように指示されてる。その方が私も落ちつくので、ターバンを巻いたその家族さんと一緒に待っていたら、さっきの係官に遠くから手招きされ、あっけなくも事務的に永住資格の控えの証明書とスタンプを押されたパスポートを返してくれた。急げ急げ急げ〜!!シャバは目の前だ〜。

その足でDMVに。去年の3月に免許をとったのに、まだカードが送られてこないんだ〜。カリフォルニアだから。ぺらぺらの証明書をまた更新しなくちゃ。今回はさすがに1年越えてるということで、改まった書式に再度記入。サクラメントに送るのか?

私のステイタスもこれでアジャストメントからパーマネントに変わったので、パスポートもコピーされる。ついでに姓も夫のをハイフンで付け足すわ〜とリクエスト。

そんなわけで、以前の「ただ待つだけの先の見えない将来」とは全然違う、スッキリとした気持ちで毎日を過ごしています。

これもひとえにぱたさんのおかげで、なんとお礼を差し上げていいのか言葉を失うくらいなんですよ〜。これからも末永くお世話になるかと思いますが、どうぞ、どうぞ宜しくお願いします。

はにばに