移民ビザ取得経験談 ☆☆☆☆ひまわりさん編☆☆☆☆
1996年12月
カリフォルニア州にて挙式。その後ジョージア州に戻る。
有効なビサ(F-1)を保持していたので、ステイタスの変更(永住権の申請)をする。
1997年3月
指定された病院で血液検査、TBテスト(ツベルクリン・スキン・テスト)を受ける。
1997年4月
夫とともにアトランタのINSへ出向く。朝7時半頃現地についたが、すでにたくさんの人が並んでいた。
ステイタスの変更に必要な書類を提出(I-130、I-485、G-325A、写真《夫と私のもの》、婚姻証明書、出生証明書☆、健康診断書《I-693》、指紋を採取した用紙、手数料等)
☆この時夫の出生証明書は病院で出された証明書を提出。のちにアメリカ大使館を通して戻ってきました。
1997年7月
夫の仕事のため日本へ帰国が決定。INSにその旨の説明と、私の書類を東京へ移してもらうようリクエストの手紙を提出。
即答でINSから返事が届く。ナショナル・ビサ・センターから「アメリカ大使館へあなたの書類を送付します」という内容でした。このときA#が記されていました。【こういう時だけINSの対応は超早いとブーブー文句】
このあと夫の日本長期滞在のため逆パターン(日本人の配偶者を持つアメリカ人男性のビサ取得)が待っているのでした。こちらも大変でしたが、いろいろ勉強になりました。
1997年9月〜11月
夫とともに日本に帰国。しばらくは日本に滞在するのでここでアメリカ側の手続きをいったんストップ。
この3ヶ月間にアメリカ大使館から移民ビサに必要な書類が届く。(ナショナル・ビサ・センターからの手紙も同封されていて、ケースナンバーなど書かれていました。また夫の出生証明書は病院からのものではなく、お役所からのオリジナルを面接時に持参してくださいとメモ書きがありました。前回提出した病院の証明書は証明にならないそうです)
1999年8月
夫、仕事の都合で急にアメリカ帰国が決まる。
1999年9月
アメリカ大使館に手紙を出す。(97年にいただいた書類は今でも有効であるか。また、ビサ申請中に観光扱いのビザなしで夫に会いに行くことは可能かという内容でした。)
大使館からI-864とOF-230 part 2(宣誓供述書)の新しいフォームが届く。手紙はRECEIVEDのスタンプが押されて戻される。特に回答はなし。
1999年10月
夫に会うため観光(ノービサ)で入国。入国審査ではたくさんの質問をうけるが毅然とした態度で挑む。無事に入国スタンプを押してもらい一安心。
【結婚しているとはいえ、不法滞在をするのではないかと疑われました。帰りのチケット、マリッジライセンス等を事前に用意。これから日本で移民ビサの手続きをする旨を伝えました。】
1999年11月
インターネットでぱたさんのHPを見つける。自分と同じ境遇の人がたくさんいることを知り勇気づけられる。
1999年12月
Y2Kの心配もあり、年越し前に私だけ帰国。
2年連続、夫のいないニューイヤーはかなりさみしい。。。
2000年1月4日
OF-230 part 1を大使館に送る。
2000年1月6日
東京ブリティッシュクリニックへ予約を入れる。
【私に必要な予防接種はおたふく風、麻疹、風疹、水疱瘡でした。病院の方は治療費の最低料金と最高料金を教えてくれて、念のため6万円ほど用意して下さいと言われました。】
2000年1月12日
北海道のとある警察署にて警察証明書をとる。
【本当は申請した警察署まで取りに行かなくてはいけないそうですが、担当の係長さんが大変親切な方で、2週間後に地元の警察署で取れるよう便宜をはかってくれました。】
2000年1月13日
パスポートの記載事項変更届(アメリカ姓の追記)をする。900円、戸籍抄本、夫のパスポートのコピーが必要でした。1週間後に手続き完了。
2000年1月25日
面接のリクエストをFAXする。希望は2月29日。
2000年1月27日
東京ブリティッシュクリニックにて検査を受ける。
【関係ないけど、マイナス24度の厳寒の北海道から東京へ行くのは天国でした。病院 には予約時間より早く着きましたが、すぐに問診をしてくれました。持参した母子手帳、あらかじめ用意した風疹の抗体の検査結果から予防接種はすべて免除となりました。Tax込みで26,250円。レントゲンと検査結果は着払いで北海道まで送ってもらいました。】
健康診断はF-1申請のときに地元の小児科で打った予防接種を母子手帳
に記録してもらったのですが、これが本当に役に立ちました。小児科の先生の話によると、風疹の予防接種は中学2年生の女子 全員に義務づけられており、多分大丈夫だよと言われたけれど、証明書がないと免除にならないと思って抗体を調べる検査を受けました。
どんなに小さい記録でも、病院に持っていく価値はあるとお思います。
2000年2月2日
大使館よりOF-230 part 1を至急送って下さいとの手紙が届く。
先月出したのに・・・
2000年2月3日
FAXで大使館から届いた手紙について問い合わせをする。
(氏名記入の欄に夫の姓で書いたので別人と思われたかもしれない。)
2000年2月7日
大使館からFAXがあり、OF-230 part 1が届いていることを確認。さらに、面接の設定(2月23日)もされていた。
2000年2月10日
面接予約の通知が届く。
2000年2月23日
大使館にて面接。
当日は方向音痴なわたしを心配して、東京のいとこが大使館まで付き添ってくれる。番号札は20番で1人待ち、すぐに呼ばれる。その後お金を払い待っていると再び呼ばれて、I-864Aと他のサポートに関する書類が返される(必要なかったようです)。
そのほか、アメリカで受けた健康診断所(I-693)も一緒に返されました。日付が古くて超懐かしかったー。
領事は女性の方で4つほど質問を受けました。3時半にビサが出来上がっていますよと言われ、時間に戻るとA4サイズの封筒に入ったビサをもらいました。イメージしていたものと違い、F-1ビサのときよりも感激!!
2000年3月11日
愛犬を伴いアメリカへ入国。
成田空港ではわんこに気を取られて手荷物を無くす始末。ショックを引きずりながら機内へ移動。。。
入国審査はグリーンのブースに行くように指示がありました。そこは小さな小部屋で、右手の人差し指の指紋採取、サインをそれぞれ2回ずつしていくつかの質問を受けました。その時の会話を復元。
オフィサー:結婚して何年?
わたし:3年です。
オ:何か仕事してるの?
わ:いいえ、まだです。
オ:ご主人は何歳?
わ:29歳ですけど。
オ:29歳はまだまだ子どもだな。
わ:.....
オ:きみはラッキーだよ、テンポラリーのスタンプを押しておくね。
といわれてパスポートを見ると、2年間有効のスタンプ(ぱた注:普通は一年有効なんですが、ひまわりさんは2年のものをもらったようで・・・手違いだったのか?それともオフィサーがサービスを??←どっちにしてもカードの現物が届けば必要なくなるスタンプですが)が押されていました。
この時はグリーンカードも2年しかもらえないと勝手に思い込んでいたので、結婚して3年経つのになんでテンポラリーなのよーと憤慨していました。あとでやすみんさん(ぱた注:11番のやすみんさんです。二人はわんこの入国について情報を交換していたメール友達だそうです)から、仮のスタンプとグリーンカードは別物と聞いて、納得した次第です。
こうして今日何の不安も無くアメリカで過ごせるのはぱたさんのHPで得た情報のおかげです。今までわからなくて不安でいっぱいの私をここまで導いて下さり、本当に心から感謝しています。
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