むちゃ!さんの移民ビザ取得経験談
主人と結婚の話がチラホラ出てきた頃から、本格的にぱたさんのページをチェックし始めました。
私の仕事の関係(ぱた注:スチュワーデスさんだったそうです)で「B1,B2,C1,D」ビザを以前より持っていましたが、退職してからの1年間も、主人に会いにアメリカに入国する時は「B2」ビザを使用。1〜2ヶ月に1度くらいの使用頻度でしたが(これを約1年弱続けました)、最後の方はビザがあっても少し怪しまれていたようです(入国審査での質問が多くなりました)。Bビザをお持ちの方の参考までに…。
主人はアメリカ在住、私は日本(東京)在住という状況です。ビザ選択にあたって、迷いなく移民ビザ取得を選びました。ぱたさんのページからも、アメリカ人と結婚した友人の話(彼女も移民ビザを取得)からも、「いつでも好きなときにアメリカを出国できる」「(ズボラなので)のちのちの手続きも不要(2年後は必要ですが…。)」という移民ビザの利点が魅力的に見えました…。
手続き自体の早さは、他のみなさんと比べると少し遅い方かもしれません(約1ヶ月半)。
でも、特にトラブルもなく、一つ一つ地道に準備していきました。ぱたさんのページを目を皿のようにして読みまくったおかげで、特に大きな混乱もありませんでした。主人が几帳面で、タックスリターンを数年分保管、私が東京在住、海外居住経験無し、といった好条件もあったと思います。
1999年8月
婚約。主人が日本に来たので、ついでにアメリカ大使館に一緒に行って「移民ビザ」の書類(I-130)をもらいに行く(奇しくもこの日は、原爆記念日でした。アメリカ大使館の回りは騒然とし、厳戒態勢で臨んでました)。
1999年10月
ぱたさんのページにリンクされてるINSのホームページから「I-864」をダウンロードしプリントアウトする(アメリカでプリントアウトしたので、用紙サイズも自然とアメリカのレターサイズになりました)。結局、この時ダウンロードした書類を本番で使用・提出しました。
1999年12月
主人が出生証明書を取得。もともと持っていた1枚に加えて、更に2枚を念の為取得しました。
2000年2月3日
主人が来日。空港から都内ホテルに向かい、大使館が開く時間(午後2時)まで一休み。2時になり、大使館へ行き、「婚姻用件具備証明書」を取得。すぐにタクシーを拾い、港区青山支所へ行き(タクシー代約1000円)「婚姻届」を提出。
再び大使館へ戻り、婚姻届受理証明書を、もらった雛型にその場で記入し公証してもらいました。また、同時に記入済みの「I-864」にタックスリターンを添えて、公証してもらいました。
2000年2月4日
朝8時30分に大使館へ。「I-130」を提出。書類自体は問題無かったのですが、領事が席を外してる、ということで午後3時30分に戻ってくるよう指示される。
この時、「出会いのエッセイを用意するように」という紙をもらったので私の自宅に戻り、主人がその場でササッと考えて、ワープロで打ちなおして体裁を整える(しかしながら、この作業は全くの無駄で、提出を求められることはありませんでした)。指定された時間に大使館に戻り、パケット3を受け取る。
2000年2月6日〜14日
某国で結婚式・新婚旅行。一旦、請願・申請を始めたら、アメリカ入国はなるべく避けた方がよい、という話を掲示板で読んでいたので、日本でもアメリカでもないところを選んで、結婚式・新婚旅行を計画しました。もし、この時旅行に行かず、さっさと手続きを進めてたら、もっと早くビザ取得が出来たと思います。
日本から経由便で、新婚旅行先に向かったので帰りは、主人は経由地で降りて帰国、私一人で経由地から日本に帰国というさみしい新婚旅行の最後でした。とほほ。
2000年2月16日
警視庁に行き「警察証明」の申請をする(出来あがりは、土日を入れて13日後)。予約していた「東京メディカルクリニック」で健康診断を受ける。母子手帳で証明された接種済みの注射は免除されたが、他の注射の接種が必要かどうか分からないので、血液検査をして抗体を調べる。結果は1週間後と言われる。
2000年2月17日
出来上がっていた新しい戸籍の謄本と主人のパスポートのコピーを持ちパスポートに主人の姓を追記してもらう。
2000年2月22日
病院から抗体検査結果の電話が来る。
2000年2月23日
必要となった3種の注射を受ける。
2000年2月25日
健康診断書が出来あがったので取りに行く(検査結果は頼めば送ってくれましたが家が近かったので、直接取りに行くことを選びました)。
また、警察証明の出来あがりも、あと数日となったので、大使館に面接申し込みのファックスを送る。
2000年2月28日
警察証明が出来あがる。
2000年3月4日
郵送で大使館から面接日のお知らせを受け取る。3月15日 午前8時45分の設定。
2000年3月6日
新しくなった戸籍の謄本を公証してもらおうと大使館に行く。
2000年3月15日
8時45分ちょうどに大使館に到着(普段は「虎ノ門駅」を使っていたのだが、この日に限って、なぜか血迷い「溜池山王駅」を利用。当然のことながら道に迷ってしまい、通りすがりのおじさんに道を聞く始末…。おかげで、8時半前に到着予定が、定刻になってしまった。本番の日に慣れない行き方は止めましょう…。常識なのに)。札を取ると7人待ちでした。
書類を提出、あらためて領事さんに呼ばれるも「こんにちは。書類はOK。午後3時半に戻ってきて。」の三言で面接終了。
一旦家に帰り昼寝(ずっとプータロー生活をしていたので、この日の早起きは体にこたえた…)。3時半に大使館に戻り、移民ビザ取得。
2000年3月16日
アメリカ入国。念の為、レントゲンを機内持ちこみにしたが、入国審査官は「記念にお持ち帰り〜」と受け取らず。サインは緊張して、手が震えて変になってなってしまった…。あ〜あ。
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