シェパードさんの移民ビザ取得の経験談
1999年9月中旬 彼にあらかたを説明し、『一ヶ月で移民ビザを取得する』方向へ向かう。結婚自体はカリフォルニアで、式とパーティーは日本ですることに決定。 1999年12月28日 1999年12月30日 ちなみに結婚の式は10分程度。証人はいてもいなくてもよい。火曜日から木曜日まで結婚式ができる。また、教会の神父、牧師以外でも公証人役場でもできるそうです。その公証人役場の電話番号のリストをもらえます。 2000年1月6日 2000年1月7日 2000年1月12日(水曜) 2000年1月14日(金曜) 2000年1月22日(日曜) 2000年1月23日(月曜) その日は以外とすいており、待たされることはなかった。。。というより、私達が手間取っていたのでした。着いたのも10時くらいだったのですが、問題なくパケット3ももらいました(封筒に入っているものと思っていましたが、ホチキスでとめた紙のたば2つをポンと渡されたのでした)。 帰る前に扶養証明の書式(I-864)に記入して、アメリカ領事に公証してもらいました。どうやらI-864だけの公証は$0です。支払いの窓口付近に掲示してある料金表にそう書いてありました。$0のレシートをもらうように、といわれました。 2000年1月24日(火曜) 滞りなく進んでいったはずなのですが、ふと、扶養証明のことが気になり、書類を整とんしてみると、Tax returnの2年分と銀行の残高証明書、収入証明書がこつ然と姿を消していたのでした。後日、彼と大使館へいって、きいてみてもないので、IRSへ寄って、2年分のTax returnはもらいました。あとの書類は彼がアメリカに戻ってから送ってもらうことにしました。彼はそしてアメリカに戻りました。 2000年1月28日(金曜) 県警から証明書が出来上がったと電話かかる。 大使館にfaxして面接日(2月15日)の希望をだす。 2000年2月5日(土曜) 2000年2月15日(火曜) 私は去年通っていた大学内でアルバイトをしていたのですが、その大学から去年分のw-2という申告に必要な書類が届かないため、アメリカでの所得はあったが申告していないのです。その事と、全部で何ドルに満たない、という内容のメモを署名して一応大使館へ持っていきました。書類提出のときにその旨を係りの人に話したら、『そのことをしるした書類はありますか』といわれたので、そのメモを黄色い紙に添付しました。 このようにして移民ビザは約三週間でとれました。 2000年3月31日(金曜日) 左からImmigrants Lane、Citizens Lane、Blue Lane(外国人用)と、そしてNew Immigrants Laneがあります(順番は確かこうだった。。。2000/3/31現在です)。私は間違えて始めBlue Lane、そして次にCitizens Laneに並んでしまったのですが、結局は一番右のNew Immigrants Laneでするのが正解、でした。 私の前には日本人家族がいて、子供やお母さんに係員の人がおもしろおかしく話かけながら入国審査していたので、緊張はあっという間に解けました。 私の番ではその係員のおじさんは『誰があなたのためにI-130を申請しましたか?』といったような内容をきいてきたので『夫です』というと、『あー、結婚したの。おめでとう:)』といってくれました。 そして、"Notice to Recipients of Conditional Residence Visas"という「結婚して2年たったら条件削除の申請をするように」といった内容の紙と"Inquiry About Status of I-551"という、カードが入国してから60日以上たってもこないときにだす用紙を渡されました。 そして、ビザと添付の書類をチェックしたあとで、指紋をとられ、署名をしました。ちなみに飛行機のなかで書いた白い紙(ビザありの人が書く用紙)を渡したら『今後(アメリカに入国するとき)はこれは必要ないです』といわれました。そして、『カードは2〜3ヶ月くらい待つように』と『条件削除をするのを忘れないように』といわれ、最後に『アメリカにようこそ』。 写真については、どうやら大使館で提出したものが添付の封筒内にはいっており、入国審査で新たに提出する必要はありませんでした。レントゲンのフィルムも必要なしでした。 ぱたさんのサイトにめぐりあわなかったら、手間取ったり、不安だったりしてもっともっと大変だったろうと思います。ありがとうございました! |