Berryさんの移民ビザ体験談私の移民ビザ取得の体験をお知らせします。この情報がたくさんの方に役立てばと思っています。私の夫はアメリカ在住の軍人で、私は大阪在住です。全てぱたさんの「一ヶ月で移民ビザ取得」を参考にして手続きを進めました。私は本当に慎重派ではない為(はっきり言って適当人間です)、途中慌てることもたびたびでしたが、ぱたさんのお陰でなんとか移民ビザを取得することが出来ました。ありがとうございます! <Nov. 99> 大使館へファックスし、「アメリカ市民と日本で婚姻しますので必要書類を一式送付願います。」と入れた。翌朝電話が入り、「相手は民間人ですか、それとも軍人ですか?もし軍人なら大使館は婚姻に関しては一切ノータッチだから日本にある基地に電話して手続きを聞いて下さい。それか領事館なら婚姻手続きをやってくれるかもしれませんから領事館に確認してみて下さい。」と言われ、軍のリーガルオフィスと領事館(大阪)の電話番号まで教えてくれた。 夫と私がそれぞれ軍に電話をし、日本での婚姻について説明を確認。軍のリーガルオフィスから私宛に婚姻方法の手順書が一式送られてきた。その中に具備証明(←軍人と民間人の場合、書類の中身が若干異なるので軍人との結婚の場合は必ず軍のリーガルオフィスから取り寄せないと駄目のようです。)も同封されていたのでそれを夫宛にファックス。それをもって夫の基地のリーガルオフィスで公証した。 また、領事館への電話は全てコンピューターになっていたが、ボイスメッセージが残せるので事情を説明し、自分の住所を言った。数日後、「Marriage in Japan」って言うタイトルの書類一式が送られてきた。しかし、夫が軍人なのでそれは無視し、リーガルオフィスから届いたもので進めることにした。(内容はほとんど同じ物だったが、違う点は具備証明の用紙の部分だけだった) 私の方では、市役所へ戸籍謄本を3部もらいに行く。また、婚姻届を念のために3部もらいに行く。(←役所の方が用紙を必要以上に取らないでほしいと嫌みを言われた。間違えば訂正印で済むからと...)でも強引に3部もらった!国際結婚の場合は相手の方は出来るだけプランクにして市役所で確認しながら記入した方が良いと言われたのでそのようにした。 夫に日本での婚姻方法などなどを全て把握してもらうために、ぱたさんのHPを基に夫の来日スケジュールに合わせて訳しメールで送る。分からない点は来日前に全て解決出来るように試みたが、出張が多くなかなか思うようには進まなかった。 <Mid-Dec. 99> <Dec. 27〜29, 99> まず、今まで「市役所」へ出向くことって全く無かったのでどこに婚姻届を提出してもすぐに処理してくれると思っていた。そのため、家の近所にある「行政センター」ってとこに出してしまった。ここも普通の市役所だと思っていた。そこでは、婚姻届、私の戸籍謄本、夫の具備証明とその和訳を提出。すんなり受けとってくれたので安心。 しかし、私の新しい戸籍を作る為には本当にその住所が存在するかを確認しない限り受理証明は発行出来ないと言われた。(戸籍の住所と住民票の住所は違っている為)行政センターは29日はやっていたものの私の戸籍の住所の区役所は昨日で業務が終わっているので年明けの4日にならないと確認が出来ないと。しかし行政センターは5日からの業務になるので早くても5日の午後じゃないと受理証明は出せないと またさらにビックリしたことに、アメリカ人との結婚の場合は、これらの書類を法務局へ提出しこの結婚が認められるかどうかを判断してもらわないといけないシステムになっていると。法務局も昨日で業務が終わっているから年明けまで無理と。 それで目の前が真っ白になった私は「受理はされなくても婚姻届を受け取った証明書だけでも発行してほしい」とお願いした。が、堅物な役所の方達は今までそんなことをしたことがないので無理と一言。大使館へ行く事情をひたすら説明し、「うん」と言われるまでその場を立ち去らず交渉した。あちこちに電話して確認をしてもらったがどこへからも「今までそんな証明書を発行したことがないので駄目と。特に相手が外人だから...」との答え。 それでとうとう切れてしまった夫は英語で怒りまくり。この時点で既に3時間ぐらい行政センターで時間を費やしていた。時間との戦い!絶対に負けてたまるものか!みたいな気分でがんばったせいか(?)受け取りましたの証明を発行。しかし、その証明の中には"受否未決定"と書かれていたのでこれをもって大使館へ行っても受け付けてくれないのではとまたまた不安。勝手にその部分を消してしまおうかと思ったぐらい... 慌てて家に戻り、大使館へこの証明書と事情を書いたファックスを送付。すぐに電話がかかってきて「受理証明を発行されてから来て下さい。これでは無理です。」とあっさり。これは夫が今回来た意味が無くなると思い、「夫がいついつ帰るのでなんとかお願い」と依頼。「帰る日を延長したらいいじゃないですか?」とあっさり言われてしまったので、「夫は軍の者なので延泊は不可能」と言うと、突然違う人に代わり「5日に受理証明が発行されるのなら、受け取ったらすぐに来て下さい。本来、水曜は申請は無理だけど事態が事態なだけに特別します。彼が日本に居る間に申請しないと駄目ですよ。自分一人で申請するとかなり時間がかかります。人によっては1年以上も待っている人がいますからね。絶対に来て下さいよ。」と言ってガチャンと電話を切られてしまった。 が、どう考えても5日の朝9時に行政センターに行って、その足で飛行機に乗って東京へ行っても到着は夕方近くになってしまう。どうしたらいいのか悩むばかりで答えは出ないままだった。でも今更パックツアーをキャンセルしても半分程度しか旅費も戻ってこないし、観光しに行く感覚で行ってみようと言うことになった。駄目なら駄目でまた日本に来てもらおうと...(皆さんへ:何がなんでも年末に婚姻届を提出するのはやめましょう。それと行政センターへは提出しないよう強くお勧めします。夫婦喧嘩のもとにもなりますよ!但し、旦那さんの滞在期間が長い場合は別ですが。) <Jan. 2, 00> <Jan.3, 00> そこで順番を呼ばれるカードを取って待つこと15分。それでも誰一人としていなかった!気のよさそうなおじさんが呼んでくれてちょっとビクビクしながら夫と窓口へ。受理証明の事情をちょっと話しただけで、「まぁ、いいでしょう。そのかわり、面接の時は受理証明を必ず持ってきて下さいね!」って。この時だけは丸で宝くじが当たったかのような気分で最高でした!書類もブランクになっている箇所も丁寧に教えて下さって、一安心。 OF-230 Part 1は原紙ではなくコピーを持っていたのだが、ドン臭い私は最初は英語で書き込んでいたものの途中で日本語で書く欄があって、そのあとの質問はなぜか全て日本語で書いてしまっていた。その上、夫と肌の色でもめていたので、イエローと書いてはボールペンで線を引いたり、ホワイトと書いたりでかなり見苦しいものになってしまっていたが、それでもOKって言ってくれました(ぱた注:はだの色については、私のサイト内にも説明があります)。間違ったらやり直しと思っていたが案外そうでもなかったみたい。(これは担当してくれる人によるのかも...) その後、会計で$110を支払、また窓口へ。そしてPacket 3をもらい、説明を受けて終わり。説明の中で、「今度来る時は必ず新しい戸籍謄本を持ってきて下さい。それまでには出来ているはずだから...」と言われた。 <Jan. 4, 00> 健康診断の結果は出来上がったら取りに行かないと駄目らしいが「大阪からなので1ヶ月後に東京へ来るのでそれまで保管していてほしい。」とお願いした。着払いでの郵送も可能みたいだが紛失した場合は何の保証も出来ないと言われたので保管しておいてもらうほうが良いと思った。その夜、大阪へ戻った... <Jan. 5, 00> それでイライラしてきた夫と私は「領事館は元旦以外はやってます。それに軍人の場合は大使館/領事館はノータッチとはっきり言われましたから、横須賀辺りの市役所へ確認して下さい。あの辺りなら軍人と結婚された方がたくさんいると思うし、その方が手っ取り早いと思います。」と言ったが、「へぇぇぇぇ?」みたいな感じで、「今から法務局に電話するのでそこと直接話して下さい。」と言われ、法務局の人に説明したが、融通が利かないし、全然分かっていないって感じがした。 そこでまたまたプッツンした夫は「明日アメリカへ帰るって前から言ってたのにもしこれで受理証明を発行してくれなかったら、またそのペーパー一枚の為にここまでやって来いと言うつもりか?オレらは日本にある陸軍の法務局の指示に従って手続きをやったのに、一体何が問題なのか?そんなにオレらのことが信用出来ないのなら陸軍の法務局に電話してみたらどうなのか?このまま受理証明を発行してくれないのなら、アメリカに帰ったらワシントンにある日本領事館へ電話して今回の件をクレームさせてもらうから。プロの意識はないのかぁ?勉強不足も良いところだ!」と文句を言い、それを通訳させられた私はもう最悪の気分で... それでも案外無反応だったので、大阪の領事館へみずから電話し、この件を説明し、助けを求めた。そして領事館の人は「明日の朝9時にここに来たら具備証明を公証してあげる。」と。でも9時ではフライト時間に間に合わず、8時で交渉し、OKをもらった。その時点で時計は既に5時半を回っていて日本滞在の最後の日も最悪で終わった... <Jan. 6, 00> 夫はオリジナルの必要な書類を全て日本に残し、まだ不安な気持ちのまま日本を出発した。その後また行政センターで出向いた。そしてやっと受理証明をもらえた。新しい戸籍は1ヶ月から1ヶ月半も掛かると言われた。いろんなことがあったがなんとか夫が来ている間にするべき事は出来た。しかし、長かった...ビザを手にするまではこれからもまだまだ長がそうだが... <Jan. 7, 00> <Mid-Jan. 00> INSからいろいろと書類を取り寄せた際にI-864も依頼していたが、夫がそれだけは日本に来る際に持ってこなかったという。(日本に来る際に夫用に作った移民ビザの手順書に記載していなかった為不要と思ったらしい)その用紙をもってすぐに軍のリーガルオフィスで公証してもらい、私宛に送ってもらった。(1月15日現地発送)しかし、アメリカの天候がたまたま悪かったせいか、送ったはずのI-864が2週間経っても私の元には届かない。心配だったのでもう一度I-864を公証してもらい今度はFedExで送ってもらった。これで3日で届いた。 <Jan. 15, 00> <Jan. 20, 00> <Jan. 21, 00> <Jan. 28, 00> <Feb. 8, 00> 私の番号は34番だった。でもその番号を引いた時「待ち人数は5人目」となっていた...10時45分頃呼ばれた。そして「提出するべき書類を全て出して下さい。」と。OF-230 Part II(渡米時期のこと)やI-864(夫が書き間違いをしていたり、I-864Aまで公証していた(不要なのに)がINSからのフォームではI-864と一まとめになっているのではずそうにもはずせなかった)で尋ねないといけない箇所があったのにも関わらずすっかり忘れてそのまま提出してしまった。 おじさんが「窓口で$260を支払い、またあなたの番号を呼ばれるまで椅子に座って待って下さい。」と。待つこと2時間。私の番号の後の人たちはドンドン呼ばれて大使館を後にしていくのに、私の番号だけはなかなか呼んでくれない。結局最後だった!きっと夫の出した給与証明がかなり分厚いもの(両面コピーで30枚近くあった)だったのでそれのチェックに時間がかかったのだと思う。(たぶんこれも3年分提出したのだと思う。通常はどの程度出したら良いのか分からないが(ぱた注:現在のものだけでかまいません。3年分必要なのは納税証明です)) やっと呼んでくれてOF-230 Part IIの空欄にしていた部分を聞かれ、その他I-864の記入の不明な点を少し聞かれて終わった。そしておじさんが「次は面接になりますから。」と。しばらくして面接官(アメリカ人女性)が私の番号を呼ぶ。まず宣誓をさせられた。その後夫と知り合ったきっかけ(かなり詳しく言わされた)、結婚してどのぐらい経っているか、夫は何度日本に来たことがあるか、などなどいろいろ言わされた。 この中で働いている人たちがランチに行くところですぐとなりにあるドアがバタン、バタンと大きな音をたてて開け閉めするので面接官が何を言っているか聞き取れなく何度も聞き直したので怪しげに思われたのか質問攻撃にあったような気がした...通常はどうか知らないが...「3時半に戻ってきたらビザを渡します。」と。その面接が終わった時はもう誰もいなく、掃除のおばちゃんが掃除を仕出してた。 3時過ぎに戻り、$65を会計で支払う。今回は割と呼ばれる順番は早かった。そして待望のビザをもらえた!レントゲン写真も返してくれ、「これはもう不要なので入国の際は渡す必要はないです。」と。「アメリカへ到着したら捨ててもいいですか?」と聞くと「記念に持って下さい!」と言われた。ビザに書かれてあることを十分チェックした後、大使館を後にした。 私が移民ビザを申請してから1ヶ月と5日で取得出来ましたが、I-864の公証を事前に夫がやっていて申請時に持ってきていて、警察証明ももう数日早く依頼しに行けば少なくともあと1週間は早く取得することが出来たと思いました。そして今思えば移民ビザの取得は案外簡単だったような気がしました。 私がする部分はほとんど何かを申請しに行くとか、体を動かす部分が大半で、書類に記載する部分も分からなければブランクにしておくと、大使館の方が本当に親切に教えてくれました。きっとそう思えるのもぱたさんのHPのお陰だと思います。主人も感謝しておりました。本当にぱたさん、ありがとうございました。 |