恭子さんの体験談

お世話になった御礼にお役に立てばと思い、体験談を書かせて頂きます。
結構、途中でドラマも有りました。(笑)

日本でビザ申請をした理由は早く取れる為だけでは有りません。
アメリカで移民ビザの申請も出来るとは思いましたが、高齢の祖母が居る為にいつでも自由に日本へ行き来したり、海外旅行へ夫婦で出かけたり出来るようにアドバンスパロールを取らなくても済む方法が私達のケースにはぴったりだと思ったからです。

1999年5月30日
ビザ無しでアメリカに入国

1999年8月20日
カリフォルニアで結婚
夫の3年分のタックス・リターンを集め始める(数週間かかると言われました。ぱた注:やり方によっては一週間くらいでも取得できます

1999年8月24日
私は日本へ帰国(8月29日でビザウエーバーが切れる為)

1999年9月19日
夫が来日

1999年9月20日(月)
朝9時に東京の大使館で、夫が私の移民ビザを申請。待ち時間は15分ほどで、番号が呼ばれた後に提出する書類を領事の方と一緒に確認しながら提出。お金を払うように指示されて会計で払った後、5分後くらいに再度番号が呼ばれてパケットを受領。
大使館内での手続きにかかる時間が15分ほどで済んでしまったので、あっけに取られた私達でした。主人は「えっ。僕はこれだけの為に9時間も飛行機で来て、会社も一日お休みしたの?」なんて冗談を言っていました。

さて、ここから忙しくなったのは私です。アメリカで結婚したのでMarriage Certificateを訳す必要はありませんでしたが結婚から、帰国まで短かったので米国内の日本領事館で婚姻届は出していなかったんです。

ところがI-130には夫の姓で申請を出しているので、パスポートに新しい姓が載っていないのでマッチしません。I-130を提出した時点で領事の方に「パスポートを取りなおすか、別表記しないとビザは出ません」と言われました。

一日も早くビザを取ってアメリカへ戻りたかったので、ここで一週間は私達が思っていたより時間がかかるとその場で思いました。

すぐにパスポートを申請したくても日本で婚姻届を出していなかったので、戸籍が出来る一週間後まではパスポートの申請も出来ませんでした。
また、警察とブリティッシュクリニックでパスポートが新しく変われば警察証明書も健康診断も新しいパスポートが出来るまでは受付が出来ないと言われました。
(ぱた注:健康診断と警察証明は、古いパスポートでとりあえず必要書類を取得し、面接の時に新しいパスポートと古いパスポートの両方持っていけば、実は問題はありませんでした←今更ですが)

1999年9月21日
婚姻届を本籍地で届け出たのですが夫は仕事の為にビザ申請後の翌日にはアメリカへ帰国していたので一人で提出しに行きました。ここで知らずに驚いたのは、アメリカで結婚した場合に日本で婚姻届をだすにはMarriage Certificateの原本以外にMarriage Certificateの和訳、外国人配偶者の出生証明書の原本とその訳、外国人配偶者のパスポートのコピーが必要だったのです。
(ぱた注:本人がいる場合は、パスポートがあれば国籍を証明できるので出生証明はいらないこともあるそうです)

婚姻届が受理されて、新しい戸籍が出来ないとパスポートが作れなければ、警察証明や健康診断も出来ません。半分泣きべそ状態でした。「ビザの面接が近いんです」と堅いお役所の人に粘りました。

戸籍係の担当者がとても理解有る方で、「普通は絶対に受け付けないけど面接が近い事を考慮して、また貴方を信用して婚姻届は今日受理します。戸籍は来週には出来ますからね」と言ってもらえました。で、条件として私はその場でMarriage Certificateを手書きで訳し、婚姻届を出しました。海外で結婚していて証明があれば日本の婚姻届に証人の署名は必要ありません。
Marriage Certificateや出生証明書は自分で訳して構いません。最後に「これは正しい訳である」と書いて署名、捺印すれば大丈夫です。
(ぱた注:これは、港区役所戸籍係の方からも言われましたが、このようにトラブルが起る場合もあるので、できるなら婚姻届は二人でだして欲しいそうです。せっかくの人生の門出、できたら問題無く済ませたいのはお役所の人の気持ちも同じだそうです)

外国人配偶者のパスポートのコピーと出生証明書とその訳は後日、郵送で送る約束をさせられました。すぐに夫に連絡してパスポートのコピーをFAXさせました。感熱紙は受け付けてもらえないのでFAXをコピーしなおしました。パスポートのコピーで必要なページはパスポートの表紙、写真のページ、アメリカ政府のメッセージが書いてあるページ、最後の出入国スタンプのページです。これをホッチキスで止めて、全ページに割り印を押し、最後のページに「これは夫、○○○○のアメリカ合衆国の旅券の複写である」妻○○○○と書いて捺印します。

私は間違えたくなかったので全コピーと印鑑を持って直接窓口へ出向き、係りの人に確認してもらってホッチキスで閉じてもらいました。
出生証明書は原本でなくてはならないので主人に取り寄せてもらい、自分で訳し、後日郵送しました。

1999年9月28日
こうして晴れて新しい戸籍が出来あがり、パスポートの申請が出来たんです。パスポートが出来たのは一週間後の10月6日です。

次に警察証明ですが、やはり「パスポートが新しくなるのならば申請の受付は出来ません」と言われました。ここでも「数週間後にビザの面接がある」と粘りました。(ぱた注:またもやですが、警察証明は、だまって古いパスポートで取ることも可能です。質問さえしなければ、それで問題無かったと思います)
証明が出来るまでに10日ほどかかると言われていたので後日、新しいパスポートを持って来る約束で警察証明の作成に取りかかってもらえました。戸籍が出来て、パスポートが新しくなってからでは2週間遅れると思ったからです。結局、パスポートが新しくなった頃には警察証明書もパスポートの番号を記入するだけの段階まで出来あがっていたようです。

ここで一つ注意があります。大使館でもらったパケットには警察証明の申請に必要なのは「6ヶ月以内の住民票」とありますが私が行った埼玉県警では3ヶ月以内の住民票を出すように言われたので他県の方も一度県警の鑑識に電話して問い合わせてから出かけた方が良いですね。

警察証明書は引換券に発行予定日が書いてありました。この発行予定日(10月7日)とパスポートが出来あがって健康診断の結果が出る頃を見計らって9月30日に大使館へ見切り発車で面接の予約をFAXで入れました。

1999年10月5日
公証してもらったAffiadavid of suppotが主人からFedExで送られてきました。

火曜と水曜が面接日だと聞いていたので翌日の木曜日にアメリカへ戻れるように「10月14日の木曜日にアメリカへ渡米の予定」と面接の予約を入れる紙に書きました。これが効いたのかどうか分かりませんが、面接は翌週の13日水曜日で、ラッキーにも翌日にはアメリカに来れたのでした(笑)。

1999年10月6日
パスポートが出来あがりました。
ブリティッシュクリニックで午後、健康診断を受けました。next day serviceもありましたが、普通に結果を待っても2日しか変わらなかったので普通の診断を受けました。それで十分に13日の面接に間に合ったし。

1999年10月13日
面接では番号が呼ばれて必要な書類を大使館の日本人スタッフと確認しながら提出。提出した書類には主人の給与明細と銀行や株のStatement以外に主人の職場の上司からの手紙「定期的な収入がある真面目な社員であること」、主人の弟からの手紙「家族揃って兄が素敵な日本人女性と結婚して幸せな事を嬉しく思います。兄に何かあれば家族で兄と恭子を助けます」と言った内容の手紙も出しました。

これは主人の案でした。弟はまだしも、実際には忙しい上司に私的な手紙を書くことを頼むのは大変なので主人が手紙を作成し、上司に事情を説明してサインしてもらったようです。

二人の写真も持っていきましたが領事に「写真を見せてください」言われなければ写真は提出しなくて結構です。と書類を確認している段階のときに言われました。

面接で聞かれたのは「ご主人の職業は?」「どのくらい今の会社に居ますか?」「前はどんな会社に居ましたか?」「どこで知り合ったのですか?」の4つでした(ぱた注:これは人によって違うと思います)。「3時半にビザが出来ていますので取りに来てください」と言われて無事終了しました。

1999年10月14日
ビザをもらった翌日、渡米。入国はスムーズで、空港の入国審査官に「いつ結婚したの?」と言われ「8月20日です」って答えたら「ビザが発行されるまで早かったね。日本の大使館は暇なのかね?!」なんて笑っていました。