しのぶさんの体験談
1999年2月14日
アメリカにて婚約をして、ビザの取得の大変さはまだ何も知らず、幸せに、のんきに毎日を暮らす。人伝えで、「ビザ取るの大変だよぉ〜」とは耳に何度かしていたが。。。
1999年7月下旬頃
日本に居る私とアメリカに居る彼とでINSのサイトなどを調べて、「外国長期滞在者は、その国の警察証明が必要」を発見しパニくる。「長期滞在って何か月を指すの〜?!えっ?取るのに数か月もかかるぅ〜?!エジプトなんて永久に無理だよぉ〜!」
それはそれは、泣きそうな思いでした。。。
1999年8月4日
忘れもしません、この日に、ぱたサンのサイトを発見しました!ここから、するする情報がはいるではないか!とはうらはらに、肝心な彼の考えは「いやぁ〜、弁護士を通した方がいいでしょう、HPは信頼性がないよぉ。。:(」なんていわれたので、頭の上に石が落ちてきたほどショックでした。。。それでも、彼を説得するために(信用ない弁護士に2000ドルもはらってらんない!)彼の納得いかない点に関してバシバシ大使館にファックスで問い合わせました(意外の意外でかなりの即答!)
1999年8月23日
その後大使館から得た情報も含めて、彼も納得して、日本でのビザ手続きを始める事に決めました。ずっと前から予定の彼の来日が9月3日に迫る中、彼が日本に持ってこなくてはいけない書類を集め始める。私の方も書類を集め始める
市役所でとる書類
・戸籍謄本(婚姻届、I-130, 警察証明、Packet3用*1)
・婚姻届け(2、3通)
・住民票(警察証明の為)
・新戸籍(名前変更のパスポート用。これは結婚後少ししてからですね)
*1 大使館はコピーをとってファイルしてくれたので、Packet3はI-130の使い回しでよさそうです。
警察署(神奈川県警の場合)
手続きだけは早くからできるので、必要な書類(パスポート、戸籍謄本、住民票だけ。ちなみに無料)をもって行く。できあがりは、5日ほど)
家でせっせとやったこと
・OF230 part1(ぱた注:移民ビザ書式セットを大使館に請求するとその書類の中に入っています)の記入
・婚姻要件具備証、出生証明書の和訳、戸籍謄本の英訳
・母子手帳を探せ!
・右耳見せた斜め撮りの写真3枚
・婚姻届けの記入、証人2名のサイン
1999年9月7日
大使館にあるIRSに問い合わせたところ、「4日ほど、コンピューターがダウンしてました」という話しにビビる。
1999年9月8日
IRS「復活してます」とのお話しで、その日、急いで過去3年分のTax Returnを取りに行く。そして、婚姻要件具備証明書の公証($55)で、ついでにI-130をみてもらおうとしたが、結婚した後ねと言われる。
1999年9月9日
彼のリクエストにより、朝早くから、築地にある東京中央卸売市場に観光に行く。その足で近くにある(市場から歩いて15分弱)中央区役所で婚姻届け提出。
なんと、手続きが終ったときは1999年9月9日9:00というみごとな「9」ならびにうっとり。でも、日本では9=不吉な苦という数字をあとから聞いて、はっ!?と思いだす。。。そうだったぁ〜:(が、台湾に居る友人が「中国では9=久しいのきゅう。好まれる数字」ときいて、安心(長い余談。。)
その後、大使館に行き、区役所でもらった婚姻受理証(ちゃちいほう350円)の公証にいくが、I-130用には公証する必要ないという話しに惑わされて、結局しないが、約束どおりI-130の確認はしてもらう。I-864の公証もしてもらう。
ここまで完璧。後は一日観光へ。
ちなみに私は、(彼のリクエストで)NTT主催だかのメディアアートを初台にあるオペラシティとかいうところまで行く。その後、両国にある江戸博物館(これは良かった!)そして、浅草へいってもんじゃ焼き食べる(私だけ喜んでたかな)で、家に帰りました。
1999年9月10日
とうとうきましたI-130の提出の日!8:20ぐらいでしたが、すでに番号札の数字は6番。Packet3をもらうまでに、3時間!!11時半頃、やっとゲットしました。(そうそう、前日に惑わされた婚姻受理証の公証をやっぱりしておこう!と決断し、してもらうが、な〜ぜ〜か、$55払わされる。アメリカで公証してもらったほうが安く行くことに気づくが、既に遅し。みんなははらってないのに、私だけ。。。う〜ん、不運としか言いようがない。)
14:00に予約した東京ブリティシュクリニックで健康診断&予防接種(3種)を受け、合計49087円を払う。
余談ですが、どうしても言わせてもらいたいのは、「もうぅ!あの看護婦さん!痛いんだよぉ〜!」です。採血をするときに、どっちの腕でもいいっていうので、なにげに左腕をだしました。注射器が体内に入射されて(痛い!)、あのナース「大丈夫?う〜ん、ちょっと、血管でずらいんだよねぇ〜。大丈夫?倒れそう?」なんて言われて、確かに痛かったけど、彼女の言葉で倒れそうでした。結局右腕にやり直し。左腕は触れるだけでも痛かっほど!もちろん、数日後はすごいあざでした。みなさんも採血するときは、自分で血管の出やすい腕を確認してから出しましょう。
1999年9月16日
もっと早めにできましたが、少し日にちをおいたほうがいいかな?と思い、この日にOF-169をファックス。
1999年9月18日
彼は2週間ほどの滞在で帰国していきました。成田空港から自宅に戻るとびっくりすることに、すでに大使館から「9月29日の面接に決りました」という手紙が送られてきてました。
1999年9月20日
県警に警察証明を受け取りに、パスポートセンターにパスポートの名前の別名併記をしに(900円)。両方とも関内なので、好都合でした。パスポートの出来上がりを待ってる間は中華街で母も一緒だったのでお昼しました。
1999年9月29日
電車が遅れたので(事故のため)予定の9:30には間に合わなかったけど、結局番号札順だったので、遅れても大丈夫でした。9:30すぎに入って、11:30頃、手続きが終って、3:30に戻ってきて、ビザが問題なく手に入りました。
結局、大使館へ足を運んだのは、私達の場合は合計4回でしたが、3回ですむことですね。日数は大使館に足を運んだ日から22日でした。エジプトに12か月以上いたら、私の運命は大きく変っていたことでしょう。。。あ〜、恐ろしい。。
(ぱた注:彼女は昔、エジプトに11カ月滞在していたのですね。犯罪証明はなしですんだようです)
最初は本当にどうしよう!っと混乱してましたが、ぱたさんや他の方にも協力、相談してもらったので、こんなに早くとれました。これから始める方も頑張ってくださいね。
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