<婚約者ビザ取得まで> Yoshikoさんの経験談

カリフォルニアに住むアメリカ人の彼との結婚を決めてから、「さて何から手をつけよう?」と悩んでいた時、“ぱたのうち”と出会いました。

私の場合、彼が仕事の関係でなかなか日本にこられない事もあり、(本当は日本で移民ビザを取りたくて、彼を何度も説得したんですが)婚約者ビザを取るほうを選びました。取得まで時間がかかりそうだし、かなり面倒なようなので、最初は気が遠くなるような思いでしたが、そんなにトラブルもなく、思っていたよりも取得までの道のりは早く感じました。(と言っても第一段階の必要書類の取り寄せで1ヶ月は待ちましたけど)

でも、無事ビザが取得できたのもぱたさんのHPのおかげだと、心から感謝しています。本当にありがとうございました!向こうへ行ってからまたすぐ永住権の申請をしなければならないけれど、これからもぱたさんのHPを参考に頑張っていきますので、よろしくお願いします。

そして、これから婚約者ビザ取得を考えている方たちへ、私の経験談で少しでもお役に立てれば幸いです。

2001年4月29日〜5月6日<G.W>
私達の婚約披露パーティーのため、彼が日本へ来る。G.W中は<移民ビザ>の申請ができないので、せっかく彼が日本に来た貴重な時間も婚約者ビザ請願のための書類書きになりました。毎日ビザとは別にやる事がいっぱいで、下書きだけして私の経歴書(Form G-325A)は後日(9日)彼のところに郵送する事になる。

2001年5月17日
第一段階すべての書類と、なれそめの証拠を裏付けるもの(私達はパスポートの入国印コピー、彼からのバースデーカードなどのコピーと婚約パーティーの写真1枚)指定された2人の顔写真を各1枚づつ添えて、彼がINSへ郵送する。

2001年6月7日
彼から最初の“NOTICE OF ACTION”が届いたという連絡をもらい、とりあえずホッとする。

2001年7月12日
なかなか2通目の“NOTICE OF ACTION”が届かないので、2ヶ月くらいかかるのかなーと思っていたころ彼のところにやっと2通目が届く。

2001年8月8日
アメリカ大使館から私宛に書類が届く。いよいよ第二段階の始まり!
中を開けてみると「えーこんなに書くのー!!」と少し力が抜けたけど、とりあえずDS-230 Part1を記入(1の名前を記入する所は、現在の名前だそうです)他の書類で解らないことや、質問などをまとめて、用紙に記載されている大使館FAX番号に送る。

2001年8月10日
大使館へ、記入したDS-230Part1を送る。
そして扶養証明の書類を彼に記入してもらうために、FormI-134とOF-167を郵送する。
健康診断の予約をするために、東京ブリティッシュクリニックへ電話を入れる。15日の2時45分に予約、診断書に貼る顔写真を持ってくるように、検査結果は3日から5日でできると言われる。

2001年8月13日
群馬県警察本部へ電話して「ビザ申請のための犯罪経歴証明書の事で・・・」と言うとすぐ鑑識課に回してくれて、手続きの際に大使館からきている通知とパスポート、住民票、戸籍謄本を持参するように言われる。

2001年8月14日
午前中警察本部の鑑識課へ行き、手続きをする。
狭い部屋に通され緊張しましたが、指紋と簡単な用紙の記入、15分くらいで終わりました。交付予定日は22日以降と言われる。

2001年8月15日
電車で1時間40分かけて、東京ブリティッシュクリニックへ健康診断を受けに行く。
受付後、質問用紙に答え署名をし、名前を呼ばれるまで待つ。予防接種は3本、(水疱瘡は口頭でかかったことがあると言ったら免除になる)はしか、おたふく、風疹を打ち、診断料25,000円と予防接種が21,750円、税込で49,087円でした。5日後にクリニックの方に電話するように言われる。

「血液検査で何らかの問題がある場合(HIV感染など)もう一度採血していただく場合があります」と言われ、「大丈夫だろう・・・」と思いながら無事の結果を祈る。(検査でちょっとビックリしたのが、最後に担当医の部屋の、カーテンでしきられた狭い所のベットへ看護婦さんに案内され、「服を全部脱いで、パンツとブラジャーのままベットに座ってください」と言われて「えー?」担当医が来てその格好で血圧、脈拍を計り、その日に限ってハデハデの下着を付けていたので、すごーく恥ずかしかったです)

2001年8月20日
健康診断の結果を聞くため、ブリティッシュクリニックに電話する。結果が出ていたのでひとまず安心!

2001年8月23日
群馬県警察本部の鑑識課に、犯罪経歴証明書を取りに行く。
中身を確認させてくれて名前と住所は間違いないか聞かれ、そのまま封印して渡されました。

2001年8月24日
東京ブリティッシュクリニックに診断結果を取りに行く。レントゲンがかなり大きいので、電車に乗りながら曲がらないようにハラハラしました。
それから帰りに米国大使館のすぐ側の三会堂ビルB-1にある日本フォトサービスへ、顔写真を撮りに行く。(2枚1,800円×2)
家に帰ると速達で彼からの扶養証明のための書類が届いていました。

これで第二段階に必要書類がすべて用意できたので、DSL-1076に署名をして大使館へFAXを送る。別紙に「なるべく9月中旬、遅くても20日までに面接をお願いします」と書いてみる。

2001年8月31日
米国大使館から面接日の通知が届く。
ドキドキしながら面接日を見ると、9月18日9時30分と書かれてあり、「良かったー!」

2001年9月5日
銀行へ行き、ビザ申請料を振り込む。近くに支店がないので、地元の銀行から振り込む。
(振り込み用紙OF-156に小さな文字で申請手数料案内の電話番号が書いてあるので、確認をして金額を記入)

2001年9月11日
夜10時のニュースで、突然のNYテロ事件を知り、メールで話してた彼とショックを受ける。
翌12日、“米国大使館閉鎖、すべてのビザ発給業務停止”のニュースに更にショックを受ける。

2001年9月18日
5時半に目が覚める!そしてかなりの厳戒体制の中、米国大使館領事部で面接を受ける。

9時20分館内に入るとすでに沢山の人が待っていて、私も紙の番号札27番を取って椅子に座るとすぐに27番が呼ばれ、持ってきた書類を提出。1時間後番号を呼ばれた時レントゲンを返される。「レントゲンは特に問題ありませんでしたので、面接までお待ち下さい」と言われる。

11時20分やっと面接。緊張する中彼の名前、どうして知り合ったか、彼の会社名、職種など聞かれ、特に問題もなく、2時30分にまた来るように言われる。時間になると最初に名前が呼ばれドキ!私ともう一人の女の人が呼ばれ、「今日は二人が同じK-1ビザなので、一緒にに説明します」と言われ「二人だけなんだ・・・」でもほか50人以上の人が待つ中、最初に呼ばれてラッキーでした。

パスポートにビザを貼りつけてもらい、入国の時に必要な封筒(入国査証)を受け取る。2時40分領事部を出るころにも疲れはありましたが、嬉しくなり「次は永住権取得だー!」と右手を挙げて叫んでいる自分がいました!

書類の多さに悪戦苦闘しましたが、それでもなんとか5ヶ月で取得することができました。
10月12日に出発予定なので、今は引越し準備に追われています。
それからぱたさんのHPが本になったんですね! 私達にとっては本当にありがたい事だと思います。
アメリカへ行っても、色んな手続きの参考にさせていただきます! これからもよろしくお願いします。
本当にありがとうございました。

Yoshiko