ハロハロさんの婚約者ビザGETまでの道のり・・・

ぱたさん、今日婚約者ビザを取得しました。

これもぱたさんのおかげです。本当にありがとうございました。本当にこの「ぱたのうち」が役に立ちました。大使館のHPよりも販売されている本よりも!!ぱたさんがいなければ1回で面接クリア出来なかったと思います。また書類通過の待っている間もぱたさんをはじめ、こちらに顔を出されている多くのぱたファミリーの方々に本当に勇気づけられました。本当に感謝しております。

私も少しでもこれから婚約者ビザを取ろうと思ってらっしゃる方のお役に立てればと思い、経験談なるものを御送りしますので、長ったらしいのですがよろしかったら参考にしてください。これからまだアメリカに行ってGCの手続きで大変だとは思いますが、この婚約者ビザ取得の試練?!を乗り切れたので向こうでも頑張ります。(ただ向こうでは彼のPCから日本語を見る事が出来ないので今のうちにいっぱい「ぱたのうち」コピーしています)

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2000年10月1日
ノービザでアメリカへ行く。(この頃まだぱたさんのHPを知らず他のHPを見て「大丈夫ジャン」などと軽く思っていたオバカな私)

彼氏ではない、ただの友達に会いに来たと言ったが、案の定入国審査官に止められて別室送り。彼の母親の電話番号を聞かれてそちらに電話、彼のお母様も悪い事だとは思わず「うちの息子と結婚するために来たのよ」と、言ってしまい、あえなくその日の午後の便で日本に帰される。(一応往復のチケットを持っていたので帰りのチケットを使って日本へ戻る事に)

入国審査官は「今回は正直に答えたから次に来る時きちんと婚約者ビザを持ってくれば大丈夫だから」と言ってくれる。
日本に帰ってすぐ彼と連絡をし、以前5月に遊びに行った時に既にフィアンセビザの書類にサインをしていたのでそれを提出する事になる。(なんで5月の時点で提出しなかったのか・・・)

2000年10月7日
彼がフィアンセビザの書類をネブラスカに送る。 
ぱたさんのHPを知り、この日から毎日かかさずチェックする。移民ビザが簡単で良いとあったけれど、彼とよーく話した結果、ビザの為に急いで結婚するのではなく、きちんとアメリカで式を挙げよう、と言う事になりフィアンセビザにしました。(あとになってどれだけ後悔した事か・・・)

2000年10月21日
1通目のNotice of Actionが届き、私達の書類が10月19日付けで受理され手続きを始め、45日〜60日で処理されると書かれていた。ガッ!!!!!ここからが、ながーいながーい待ち時間となる。

この間、ぱたさんから相談室で第一段階の時に、私の戸籍謄本又は抄本を送らなくてはいけないとご指摘が!!エ!?私は彼に何も渡していない! 急いで彼に電話したが、特にINSの手紙にその事は書いてない!と言い張るが一応彼には戸籍謄本とその英訳(ぱたさんのHP参考)を送り、もしINSから何か言ってきたらそれを送るよ、となんだか中途半端ダナーと思ったが、今戸籍だけを送って後回しにされるのも恐いので、とりあえずそのままに・・・ 結果、最後まで戸籍謄本が無くとも無事第一段階の審査が通った。(いい加減ですねー)

2000年12月
約束の45日〜60日の期間が過ぎたのに全く連絡が来ないので彼がINSに電話したが、「今貴方の書類を審査中ですのでもうしばらくお待ちください。」トノコト。イライラしながらもこればっかりは強気に出れないのでひたすら待つ・・・

又別の日に電話してみると、書類審査にかかる時間が70日〜100日と変更になっていた! この時ばかりはもうこんなこと辞めちゃおうかと落ち込みました。

2001年1月下旬 (年越しちゃったよ・・・)
彼のお母様がしびれを切らし、知り合いのCongressmanやINSの秘書に手紙を書き催促してくださる。
Congressmanの方からじきじきに彼の元に、「INSにあと10日で手続きを終了させるように言っといたから」と電話がある。(本当に感謝感謝デス)

2001年2月16日
彼の元にINSから2月12日に処理が終わり東京の大使館に書類を送る、と書かれた2通目のNotice of Actionが届く。

2001年3月3日
大使館より私の元へ第2段階の書類が届く。(いよいよね!!と鼻息荒い私)

2001年3月4日
大使館に経歴書を送る。
彼に扶養証明に関する書類一式を送る。(扶養証明の件では本当に"ぱたのうち"が役立ちました)

2001年3月5日
東京ブリティッシュクリニックに健康診断の予約を入れる。(日本語OK) 診察料と予防注射代で6万円は用意してください、と言われる。(予約日は希望通りに取れました)

2001年3月8日
朝一で健康診断をする。まず看護婦さんに血液を取られその後レントゲンを撮影し、Drから触診の後予防接種。私の場合母子手帳に"はしか"は抗体を打っていた事が明記されていたので免除、結局"おたふく""風疹"の2つで診察料は4万2千円でした。帰り際結果は4日後に出来ているから、1度電話で確認してから取りに来てください、トノコト。  

そのまま神奈川県警に行く。行く前に必要な物を確認したところ、DSL-1076(非移民婚約者査証を申請する方へ、という大使館からもらった書類)、パスポート、戸籍謄本又は抄本(但し大使館からの手紙には6ヶ月以内に発行されたもの、とあったのですが実際には3ヶ月以内でないと駄目ですと県警の方から言われました) 住民票。10本の指全部をスクリーンで採取し、1週間後に出来ている、トノコト。

2001年3月11日
東京ブリティッシュクリニックに電話をし、無事、診断書が出来ている事を確認。

2001年3月18日
彼が扶養証明の書類を私宛に送った、と聞いたので書類が全部手元にそろってはいないけれど、面接の申し込み書を大使館に送る(ぱたさんのHPでも皆さんが面接決まったのはそれから1、2週間してからだったのでエイッっと送ってしまいました。面接申込書の余白にも"4月上旬面接希望"と書いて)

2001年3月21日
急激な円安で3月初めの頃より6円ほど違うので、来月は少し値上がりしていそうなので安いうちに申請料を払ってしまおう!と大急ぎで銀行に行く。

2001年3月24日
面接日の日時が記入して有る手紙が届く。
4月4日8:45amだって!!  キャー今からドキドキ。
面接前に彼から扶養証明の書類一式も届く。よかったー

2001年3月27日
健康診断の結果と県警に無犯罪証明書を取りに行く。面白い事に神奈川県警は私に無犯罪であると明記された書類を見せてくれて、「犯罪歴無しですから心配要らないですね」といって目の前でその書類を封筒に入れて封をしていました。最後にサインをして受け取り。受け取りに必要な物はパスポートのみ、また代理人の方でも受理出来るそうです。

2001年4月4日
いよいよやってまいりました面接日。
8:15amに大使館につき6番の番号札を取り呼ばれるまで待ちます。
8:40amに私の番号が呼ばれ日本人の職員の方に書類一式を渡し又待ちます。
9:20amに書類が返される(自分でコピーを取っていた物と彼の出生証明書)。そしてまたまた待って・・・
10:00amアメリカ人女性の領事の方から質問が(彼とはどうやって知り合ったのか? 彼は今どこに住んでいるのか? お互い初婚か? だけです。)そして「問題無いから2:30pmに又呼ぶのでその時ビザを渡します」・・・・っもう!!涙がでるほどうれしかったお言葉!
そして2:30pmにはフィアンセビザを貼り付けたパスポートが渡される。(ビザを渡す時は番号札順ではないようです、私はもう一人フィアンセビザを申請していた方と一緒に渡されました)

以上ハロハロのフィアンセビザ取得までの長ーい道のりでした。後悔する事ばかりでなんの参考にもならないかも知れませんが、逆に私の体験談を見てぱたさんのおっしゃる通り、移民ビザにしたほうが・・・と思われる方の為にもあえて御送りします。

こんなに時間はかかりましたが途中、身内に不幸があり今では、10月にアメリカに行かなくて良かった、と思います。ノービザでは絶対に行かないようにしましょうね(偉そうに言ってますが、反面教師としてあえて言わしてください)

ぱたさん、皆様本当にありがとうございました。