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さあ、明けて木曜25日は、兼ねてからの予定、先週Kの寝坊でポシャった免許の更新である。これが目的で日本に帰ったのにできなかったらどうしてくれる?とKには強気に出て(こっちが頼んでる立場だってのにずうずうしい)、まあ、私も寝起きは悪いから、Kが起きられないのはよーく分かっているので、二重三重の寝坊防止策を講じて、今回は無事に受付時間までに免許センターに到着する。
優良講習だったので30分ですんだ。あまり長くKに待ってもらうのも悪いし。まあ、日本で運転してないんだから当たり前といえば当たり前。もらった免許はカードサイズになっていたのでびっくりする。
そのあとは、送ってもらったということでKに焼き肉をおごる。またもや向こうは飲めないので、ウーロン茶である。まあ、車運転してるんだから飲んじゃダメだわね。それにしても、みんな飲めないので、誰とご飯食べに行っても、飲み代が安い。うひひ。
そのあと、Kのマシンがちゃんと動くか見に行って、ついでにICQまで入れてあげる。サービスである。Hot mailをアウトルックで受信するときにはどうするん?と聞かれていろいろ試したけど、よく分からなかった。ウェブアドレスにはあまり詳しくない私である。まあ、いろいろ足になってもらったので、私ができることでお返しはしようと思ったのだが、あまりお返しになってなかったかも。
26日金曜は、父方の祖父母の家に顔見せに行く。話がいやに長くなるので大変だが、これも孝行の一環である。あれっくすが今回来れなかったことで、かなり残念がっていたので、来年は一緒に帰りますと、当てにならない約束をして辞去する。
27日土曜はKから電話があり、中学の友人グループのメンバーで、先週の土曜に来れなかったT夫妻に夜会おう!ってことになる。この二人は、先週はお家の事情で来れなかったのだ。ちなみに来れなかったもう1カップルは、結婚して広島に住んでいて、このまえ赤ちゃんが生まれて大忙しで、金沢に帰るどころではなかったらしい。電話ではちゃんと話したけど、あえなくて残念。
しかし、Tと私は、あのグループではいつも幹事を一緒にしていたし、せっかく私が帰国してるのに会えないのはちょっともったいない!といわれ、喜んで遊びに行くことに。T夫妻んちは、中学校の学区内だけどちょっと離れたところにあるため車で行ったほうが楽なので、私はKの仕事が終わる7時過ぎにK家まで徒歩で向かい、そっから二人のお家にうかがうことに。
というわけで、昼間は母と一緒にあれっくす&あれっくす家族に上げるお土産を物色に街に繰り出す。毎回のことなので、なかなかこれ!っていうものが見つからないのだが、取りあえず定番の日本酒に干支のグッズで落ち着く。日本酒は今回は金箔入りにしてみた。お正月にみんなで飲もう。
さて、夜はT夫妻のお家に。Kのお家に着くと、今仕事から帰ってきたところだという。お風呂に入ったりしたいので、ちょっと待っててよ、といわれ、K家でだらだら。Kのお父さんとお母さんと、ちゃっかり一緒に夕飯食べてたりして。お父さんがとってきた野生のナメコのナメコオロシはおいしくて、ずうずうしくもお代わりした揚げ句に、ナメコを分けてもらってしまった。ははは。しかし幼なじみってのはいいもんだと思う私。
で、お風呂から上がってご飯も済ませたKと共に、T夫妻んちに行く。お菓子とかジュースで(またここでも飲めない人たちである・・・)積もる話を延々と。TやKはその友達と一緒に映画を撮ったりしてるんだけど、その映画を見せてもらったりする。しかし、ブレヤ・ウィッチ・プロジェクトが当たったんだから、彼らの作ってる映画も当たったら面白いのになあ、と思いながら見る。なんだか、昼メロ風の作りだったのが
気になった(笑)。狙って作ったらしいが。そんなの見てたら、YちゃんからKの携帯に電話が入り、明日例のメンバーの女の子4人でご飯食べに行こう、という話になってるから行こうね、とのこと(それにしても私が誰とどこにいるかほぼ読まれているところがすごい。まあ、ぱた母から聞いたのかもしれないけど)。なんかT家ががやがやしていたので、夕飯を食べに行くんだと納得してオッケーと返事。Aちゃんが迎えに行くから、とのことで電話を切る。
そのあとは、ハリウッド製の本物の(笑)映画を見る。「交渉人(原題:ニゴシエーター)」であった。それにしても、交渉人って・・・なんか変な邦題。私だけ?そんなこと思うの。私はとりあえずもう見てたので、回りに「ねえ、誰犯人なん?このおっさん?(とケビン・スペイシーを差して)」といわれてもにやにやするのみ。ははは。
映画が終わったあと、柔道の国際選手権をやっていたので(よく深夜にマイナーなスポーツ放送をしていることありますよね〜。私はそういうのが好きで、よく真夜中に空手やフェンシングの試合などを食い入るように見ていました)つい4人で見とれる。結構面白かった。柔ちゃんが48キロ以下で金メダルを取っていた。しかし、私が知っていたころの柔道とはルールがちょっと変わっていた。それに、国際試合ということで、ポイントのルールも違ってたし。それから、何よりも柔道着が一方が青いのには仰天してしまった。
3時まで柔道を見てから帰る。一体何してるんだか。
日曜28日は日本にいる最終日。前の晩が遅かったから、ごろごろと昼過ぎまで寝てよ〜と思ってパジャマのままマンガを読んでいたら、誰かがお昼頃家に来た。ピンポーン。うーん、宅急便かしら、と思ってそのまま(ねぐせ、パジャマ、もちろんノーメーク)でると、なんとばっちりおめかししたAちゃん・・・「あれ・・・どうしたんそのカッコ・・・」と絶句されてしまう。どうやら、昨日Yちゃんからあった電話では、昼御飯、ということになっていたらしい・・・ま、まずい・・・
慌てて支度し、みんなでイタリアンレストランにスパを食べに行く。いやー、日本のイタリア料理の店はおいしいね。アメリカのと違うわ。ははは。日本人向けなのかしら、味付け。そのあと、お菓子と飲み物を調達し(また私以外は一人も飲めない・・・)その中の一人のお家にお邪魔して雑談。それにしても、私達の「遊ぶ」ってのは、どうもこういうパターンが多い。ひとんちにいってお菓子食べてしゃべって終るっての。
夕方、KからYちゃんの携帯に「今起きた〜」と連絡が入り(ああ、携帯って便利っすよ)途中でKと合流することに。K、Yちゃん、私の3人でガストに行き、ドリンクバーで延々粘って延々しゃべる。ああ、一体どのくらい飲み物飲んだかしら。途中で4回くらいトイレに行ったもんね。それにしても、よく話すことあるよね、私達・・・
途中から、中学の時は誰が誰を好きだった、とか、誰がもててた、とか、誰がヤンキー(アメリカ人ではなくて、当時の言葉では不良)だった、とか、そういう話になる。Yちゃんのダンナさんは私の同級生でもあるので、妙に盛り上がる。ははは。
それから、プリクラ撮りたい!プリクラ!と言う私の要求を呑んで、3人でゲーセンに移動。しかし、このときYちゃんのダンナは帰りの遅いYちゃんに腹を立てていたそうな。Kとも私とも友達だから、一緒に来る?って聞いたんだけど、ちょっと風邪気味だから、って訳で来なかったんだけど、本当は「来る?」じゃなくて、「ねえ、来てよ〜!」と言われたかったのだそうだ。難しいものだ。
まあ、ゲーセンでまただらだらとはまった揚げ句に、また「プレステのゲーム、最後にもう1回買いに行きたい!」と私がわがままを言い(もうやりたい放題ですな)、おかげでまた帰りが遅くなるぱたであった・・・さすがに母に怒られたりして「全く最後の最後までどこほっつき歩いてるのよ」ってなわけで。まあ、良しとしよう。最後だからって、真夜中前なのに母と一緒に銭湯にも行き、それから荷物のパッキングに入る。しっかし、月曜の朝に出発だってのに、日曜の真夜中から荷物詰め始めるとは、我ながら呆れてしまう。
お土産や、アメリカに持ち帰りたいものの数々(漬物とか佃煮とか・・・本当は違法だと思うけど。それからお菓子類や和食器など)があるせいで、来たとき持ってきたスーツケースには全然入らない。仕方ないので、弟のバッグを借りて詰める。来年帰るときに返さねば。スーツケース1、でかいかばん1、機内持ち込みかばん1、バックパック1、マッキントッシュのバッグ1、ヒップバッグ1、の合計6つである。
昔なら「こんなに持ち込んだら超過料金取られるかなあ」「ダメかもしれないから、これとこれは一つに何とかしよう」なんて思ったものだけど、今はもう慣れちゃって、「いわなきゃ機内持ち込みいくつしても怒られないわよ」なんておばさんみたいなフテブテしさがある。まあ、割れ物がかなりあるので、それは機内持ち込みしたいし、マックも機内持ち込みしたいので、結局頑張っても機内持ち込みバッグは4つである。でっかく「お客様へ。機内持ち込みバッグは一つにしてください」と書いてあるNWの案内なんかはカチ無視である。悪人じゃのう。
取りあえず金沢から関空まで行かなくてはいけないので、タクシーを早朝に頼んで来てもらうことに。タクシーの運ちゃんにも「すごい荷物ですね・・・」とびっくりされる。これを一人で運ぶのはきついので、結局母に関空まで一緒に来てもらうことに。荷物持ちとして・・・いやー・・・私ってやっぱり親不孝かも。
金沢駅で最後のお土産物色(しつこい)をしていると、月曜に仕事のないYちゃんとAちゃんが見送りに来てくれた。出勤ラッシュ時にわざわざ駅まで車で来てくれるなんて、ありがたいなあ、と涙しそうになるぱたである。
サンダーバードに乗って2時間半くらいで新大阪に。サンダーバードのホームから関空へ向かうはるかのホームに行くには、階段を上がらないといけないのだが、なぜかサンダーバードがつくホームには下りも登りもエスカレーターがないのだ。ちなみに、関空から金沢に行く時の新大阪乗り換えでは、はるかもサンダーバードも同じホームに着くので、階段は上がらなくても良い。
しかし、関空に行く時は別である。3つ隣のホームなのだ。あまりの荷物の量に、女二人でこれを上げるのは大変だあ・・・とため息をつきたくなったので、念のため近くにいた駅員さんに「念のためにお伺いしますが、この一年のうちにこのホームのどこかにエスカレーターがついたなんてことないですよね?」と聞いてみる(去年はなかったので。毎年同じところで苦労しているぱた)。
そしたら、駅員さんが荷物を持ってくれるという話に。←それを狙って話しかけた訳ではないのだが。
駅員さんも「こんな新幹線も着くし、関空に行くために乗り換える人も多いでっかい駅にエスカレーターがついてないことはおかしいんですけどね〜、予算がなくて・・・」なんて言ってた。はぁ、早くエスカレーターをつける予算ができることを祈ってますよ、私は・・・がんばってねJR西日本。で、関空に着き、取りあえず邪魔な大型荷物をチェックインし、母の帰りのはるかとサンダーバードの指定券を取ってから、関空のビルを母とうろうろ。せっかくなので最後に中華料理を食べてたら、結構あっというまに時間が経ってしまったので、それじゃあね〜とお別れ。去年までは、私がアメリカに帰るたびに大泣きした母と私ですが、もう何回も経験しているので、今回は割と簡単に、じゃあねーと別れました。それにしても、やっぱり日本をでるときは辛い辛い。国際結婚って分かっててしたんだけど、でもやっぱり日本を発つときが一番悲しいです。ほんとにアメリカに帰りたくない!このままここにいたい!!って思っちゃうよ・・・
飛行機の中は今回はちょっと後ろの方の席だったので、機内食は余り物しかもらえませんでした。まあいいけど。やっぱり時差ボケ防止のために寝ないで映画を3本ともしっかり見て、10時間40分くらいのフライトで到着。それにしても、地球の自転のせいや、コースや気流の違いもあるんだろうけど、往きと帰りで3時間半以上も違うなんてしゅごい・・・
予定よりも一時間半以上も早い着陸だったので、あれっくすはまだ迎えに来てくれてないだろうなあ、と思い、飛行機から降りる時や、入国審査や、荷物の取りだしで時間をかけるか?と思ってゆっくり進む。
さてさて、再入国の際の入国審査ですが、私は永住権保持者なのでその辺は楽勝!と思っていたのですが、「日本には何しに戻ったのか」と聞かれてしまいました。家族に会いに行った、といったら、どのくらい行っていたのか?と更に聞かれ、2週間というと、アメリカで仕事をしているのか、等とまた聞かれました。いやー、あんなに質問されたのは初めてでした。アヤシゲに見えたのでしょうか。
更に、税関でも引っ掛かりました。ラッゲージクレームのところに、ワンちゃんがいて麻薬か爆弾を探していたので、おお初めて見たぞ空港の犬!と思いながら、税関のブースに向かったのですが、ブースに並ぶ前に、ポリスがうろうろしていて、ランダムに質問しては税関のスリップにマークをつけていくんですよ。で、私は、ぼーっとそのオフィサーを遠くからみてたんですが、目が合ったので目をそらしたのですね。そしたら、見事に呼び止められて、またまた質問攻め・・・きゃー、そんなに極悪に見えたのでしょうか。荷物は山のようにあったのは認めますが。
それで、ブースで「あっちの特別な部屋に行くように」といわれ、荷物のX線検査を受けました。また質問攻め・・・いや、実は漬物とか佃煮なんかを持ち込んでいたので、ちょっと冷や冷やしていたのですが、荷物を開けられることはなかったです。私の前にいた日本人がやられていましたが・・・(全部開けられてた)。税関のオフィサーのはなしを聞いていたら、どうやら爆弾を探しているようでした。あのワンちゃんは爆弾犬だったのですね。しかし、私に目をつけるとは・・・そんなに怪しかったのかと悲しかったです。
そこまで時間をかけたわりには、あれっくすまだ来てないし。電話したら、「今向かってるところ!」と言われた。そんな訳で、来るまで到着ロビーで待ってたんだけど、日本と違って荷物から目は離せないし、みんな英語だし(当たり前)、なんだかどーんと落ち込んできました。うーん、私にとってはアメリカの方が現実なんだなあ、なんて妙に感傷的になったりして。
それにしても、帰国中は全然インターネットしませんでした。インターネットをしなかったらさぞかし禁断症状が出るだろうと思っていたけど、忙しかったのであまり気にならなかった(なんてひどい管理人)。しかし、アメリカに帰ったら、すぐにインターネット中毒症状がでる私。と言うわけで、こんなに長〜い日本日記を一気に書いてしまいました。はぁー、こんなしょうもないのにお付きあい下さってありがとうでした。