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/ 妊娠二ヵ月 (発覚〜7週)/
/ 妊娠三ヵ月前半(8〜9週)/ 妊娠三ヵ月後半(10〜11週) /
/ 妊娠四ヵ月 (12〜15週)/
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/ 妊娠六ヵ月 前半(20〜21週)/ 妊娠六ヵ月後半(22〜23週) /
/ 妊娠七ヵ月前半(24〜25週) / 妊娠七ヵ月後半(26〜27週) /
/ 妊娠八ヵ月前半(28〜29週) / 妊娠八ヵ月後半(30〜31週) /
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/ 妊娠十ヵ月前半(36〜37週) / 妊娠十ヵ月後半(38〜40週+) // 出産レポート前半 / 出産レポート後半 / 出産レポートその後 /
/睡眠について/痛い盛りだくさん/入院生活/
/ おまけ「無痛分娩について」 /
睡眠について。
出産した次の日は、チビぱたの御入室で一日が始まったぱたです〜。いやあ、産んだ夜はですねえ、チビぱたが泣きまくって、おむつ替えても、おっぱいしゃぶらせても静かにならないんで、思い余ってナースコールをしたんですよ。そしたら、婦長さん風ナースに「今日は産んだ日だから、マミーも大変だろうし母子別室にしてもいいですよ」と言ってもらえて、チビぱたはナースステーションの方にクリブごと連れていかれたんですわ。
あれっくすは「チビぱたと一緒に寝たい!別室なんてイヤだ!」と寝る前はさんざん言ってましたが、実際夜中に泣かれると辛かったらしく、率先して「ナースコールだ!」なんて言ってるし。……あ、あれっくすも一緒に泊まってたんっす、病院に。アメリカの病院いいね〜、日本だったらだんなと一緒に入院なんてさせてもらえなかろう。でも、寝るのは個室にあった変なソファみたいなやつなんで、寝にくいことはこの上なかったそうですが。
で、チビぱたが連れていかれたら、さすがに泥のように寝ましたぱた。連れていかれたのは夜中の3時、そもそも私は、一日8時間以上寝たいタイプなわけで、そんな時間に寝たのならお昼近くまでは絶対起きたくないわけで、さらによく眠れてないと寝起きがめちゃくちゃ悪いんですな。なのに、ここ数日間いつも睡眠不足で疲れていたうえに、前日あんなに大仕事して普通の状態じゃなかったっつーに、たった4時間弱寝たところで、ナースが「おはようございますぅ〜、ベイビーですよぉ〜」なんて回復室のドアを開けるもんだから、叩き起こされてしまって「何でチビなんて連れてくるんじゃー!こっちが呼ぶまで預かっててくれよぉ〜!」と、一瞬ナースに殺意すら芽生えてしまうぱた。←まあ、今思えば、4時間も続けて寝られたんじゃないか!贅沢な!ってな所なんですが……
ああ、しかし、これが最後の「安眠」だったのですな……それにしても、赤子が生まれたら最後、2時間以上連続した睡眠とはおさらばだということをよく知らなかった私……知ってたら、もっと機会を見つけて寝てたと思うぞぉ!というわけで、これから産む人は、悔いのないようにしっかり睡眠をとって、「安眠の思い出」を重ねておくことをお勧めいたします。
◆ 「痛い」盛りだくさん。―母乳
で、朝一番にチビぱたが来て私は何をすればいいの?と思っていたら、「はーい、おっぱいやって下さいね〜」だって……えええ〜、また?
昨日やったおっぱいは、なんていうか、象徴みたいなものっていうか、ほ乳類なんだから一応記念に出産の後は形だけでも乳吸わせておきましょうねー、っていう考えのもとでやったんだと思ってたんですわ。どっちにしろ、私も乳出てないようだし。だから、まさか次の日ももれなく吸われるとは思ってなかったわけですなあ。
「ええ〜?おっぱいやらないといけないんですか?」と思わずナースに問い掛けると、「だってあなた母乳育児希望ですよね?」とカルテを見ながら逆に質問されてしまい、ああ、そんなこと言ったよな……と気が付く。ああ、最初に聞かれた「母乳にしますか?」っていうのが、こうやってずーっとたたるわけですなあ。疲れたから今日はミルクにしまーすとか、母乳がよく出るようになるまではおっぱい休憩〜、っていう選択肢はないようで。はぁ。
で、また慣れない乳やりポーズをとって、チビぱたを抱きかかえて乳首をくわえさせます。どうやらチビぱたは、乳首をくわえるのは最初からうまく出来る赤子だったらしく(赤ちゃんによってはなかなか出来ない子とか、くわえるまでに時間のかかる子などもいるそうな)さーおっぱいよ〜、と近付けると、はわわわぁぁ〜!という勢いで、顔を横に振りながら乳首の位置を探って、パク!とくわえます。
くわえるのはいいんですけどねえ……チビぱたの吸う勢いってすごいんですわ。赤ちゃんはみんなそうみたいだけど、乳首から乳を飲むには、かーなーりーすごい強い力で吸うわけです。これ、赤ちゃんの口の中に人さし指でも入れて、指を吸わせてみたら分かると思いますが(←とはいっても、他人の赤ちゃんにこれをやると親に嫌がられるでしょう……指はきれいに洗いましょう)、指がぐーっと引き込まれて、ツメの間から指のエキスを吸われるような気がします。あんなちっこくて産まれたばかりのくせに、そんな吸引力があるんか!とびっくり。
で、まあ、そんな勢いでぱたは乳首を吸われるわけで、乳首ってのは、今まで生きててそんな勢いで断続的に吸われたことがない柔らかい器官であるわけで、結果として何が起るかというと。
乳首切れて流血です。はい。
昨日はおっぱい飲ませたと言ってもちょっとだけだったし、なんかひりひりするなーって思っただけで、チビぱたが外れた後乳首を観察したら、ちょっと腫れてた程度だったんですよ。その時は、あ〜、このために乳首は不気味な紫色になるんだな(吸われても乳首が傷つかないように、メラニン色素が集まって、乳首を強くするらしいんです)なんて納得してたんですよね。乳首が黒くなってショックだったけど、傷つかないようになってるんだ、動物ってうまく出来てるなーなんて。
しかし、今日はチビぱたがちゅーちゅー吸ってる間、ううう、なんか乳が尋常じゃないくらい痛い気がする……何が起ってるんだろう……と思ってたんですが、チビぱたが頭を放したあと、自分の乳首を見たら、吸われていた部分が一面、水泡のようにブツブツになっており、一部が破れて血が出とりました(今、思いだしただけで鳥肌が立つ……)。さらに、水泡のところは、指で触ると飛び上がるほど痛いんです。
うぉぉ〜。なんじゃこれぇ〜!と私は涙が出そうになりながらナースの顔を見て、コメントを求めました。なのに「ああ、初産の人はよくこうなりますよ。大丈夫大丈夫、そのうち治るから」なんて気楽にいうので、「じゃあ、治るまではおっぱいやらなくていいんですか?(こんな調子で吸われてたら、治るもんも治らんじゃぁ〜!)」と、救いを求めるように聞いてみたら、「え?切れてもちゃんとおっぱいやって下さいよ」なんて当然のようにいわれて、呆然。
「おっぱいってどのくらいの頻度であげるんですか?」と、(まあ、人間って一日三食なんだから、次のおっぱいはお昼頃だろうな)と思いつつ聞いてみたら、「そうですね、また泣いたらあげて欲しいんですが、そうじゃなくても9時頃にはあげて下さい。大体2時間おきくらいですかね」といわれ、大ショックです。
皮膚の柔らかいところに、やけどしたときのような水泡が一面に出来て、そこが破れて流血までしてて、ひりひり地獄の痛みを感じているのに、その患部を毎2時間、もの凄い勢いで吸われる(しかも一瞬じゃなくて10〜20分も)なんて、想像するだけで気が遠くなります。
おかげで、チビぱたが「ふえええ〜ん(←チチくれ、の泣き声)」という音を出すと、私はどっきぃ!とベッドの上で縮み上がる癖がつきました。……ちなみに、この乳首が切れて死ぬほど痛いというのは、大体3〜4日くらいで治ってくる&慣れてくるせいで、何ともなくなりました。しかし、何ともなくなる前までは「こんなふうにずーっと授乳し続けないといけないのだろうか……私には絶対無理だ……あぁ、ミルクにしちゃおうかなあ……」とかなり深刻に思ってました。
実際ナースに「こんなに痛いんだったらこれからずっとなんて我慢できないし、どうも乳も出てないみたいだし(産後2日経っても、おっぱいも張ってこないし、もちろん母乳は出ていない様子だった)フォーミュラにしちゃっていいですか?」と意見を求めてみたんですが、「だ〜いじょうぶ、痛いのは今だけだし、そのうちおっぱい出てくるから。どうしても出てこないとか痛いのが治らないって言うときは、病院の“母乳育児サポートセンター”に電話してね♪」なんて気楽なんだもの……ふえーん。
ま、そんなスパルタ方式のもと、文字通り血を流しながらチビぱたに乳をやっていたぱただったのでした。授乳の度に痛みに涙を流し、さらに流血している乳首が超敏感になっていて、ガウンに擦れるだけでも飛び上がるほど痛いため、授乳していないときでも常に前かがみになっているので、ちょっと心配してくれた見習いナースさんが「こういうの使ってみる?」といって、何やらを持ってきてくれたんですな。それが「PureLan100」という塗り薬と、箱に入った「ブレストシールド」というもの。
PureLan100のほうは「乳首が切れたところに塗る乳首保護のラノリン」でして、授乳が終ったら塗っておくと、ちょっとは傷口が楽かな?って思えるらしく、塗っとけ〜、とのことでした(ちなみに、暗示にかかったのか、本当に楽になった気がしたので、7ドルででっかいチューブを買ってしまったのですが、数日で乳首の痛さは克服してしまって塗り薬は必要なくなってしまい、現在でもほぼ新品同様のままで残っているのでした……。もう使うこともない、記念品状態)。
ブレストシールドの方は、直径10センチほどの、丸くてドーム状に婉曲した(いわゆるお椀みたいな形の)半透明のプラスチックでして、それをぱか。と乳首にかぶせるわけです。プラスチックには、乳首が蒸れないように空気が通る穴とか、漏れた母乳が溜まる溝とかが付いてるんですが、そのシールドをブラの中にいれて装着すると、乳首が服に擦れない=痛くないから普通にしていられる、というわけ。
ってなわけで、授乳の度に痛いのはもうしょうがないとして、ラノリンを塗ってシールドをすれば、授乳時以外は普通に歩けるようになったのでした。いやあ、でもあのシールドは、本当に良かった。出産後色々見てみたら、メデラからも同じようなのが出てまして、オンラインでも買えるようですな。同じ仕組みで、陥没乳首を出すためのシールドもあるようなので、該当する人は参考に。
乳首の切れの方は、産んで一週間くらいでへっちゃらになりました。というか、乳首が順応して強くなったのか、切れたところが治り、水泡みたいになったところもきれいな皮膚に戻った後は、どんなに吸われても痛くもないし切れもしなくなり、授乳が楽しくなっちゃったんですわ。ああ、あの時くじけてミルクに替えなくて良かった。他の「乳首切れて痛かった体験談」を聞いても、やはり最初の辛い次期を過ぎると、思い掛けないくらい大丈夫になった、という話が多いようなので、乳首切れて痛い皆さんも頑張りましょう。
◆ もう一つの母乳関係の痛い、ですが、「おっぱいがぱんぱんに張る」って奴に見舞われました。これは、退院した次の日、産んでから3日目にやって来たのです。
そもそも、私は妊娠中にナーシング用のブラを購入(去年の11/28でした)してたんですわ。サイズは、「乳は大きくなるっていう話だし、ゆったりめで」と思って36(日本でいうと80かな)にしたんです。
ほら、「妊娠前から比較すると、2サイズ&2カップ大きくなる」って良くいうじゃないすか。なのに、私は妊娠中はそんなに顕著に胸が大きくならなかったので(気持ち大きくなって、「セクシーダイナマイト?」なんて冗談を言うくらいにはなったんですが)、私ってあんまり乳の大きさが変わらないタイプなのかも、なんて早合点しちゃって、カップの方は、妊娠前のカップ(C)で買ったんですわ。カップは一緒だけど、サイズが2サイズ大っきいから、ゆったりしてるし、これで授乳はOKだろう、と。で、洗い替えも含めて1枚15ドルのものを3枚買ったわけです。
実際、入院中はその時買った36Cのナーシングブラで丁度よくて、それに例のブレストシールドを入れて使ってたんですよ。何事もなく。で、ははぁ、やっぱりこれでサイズよかったな、3枚買っといてよかったぁ、うち帰ってこれ洗ったらブラがない、になったら困るところだったよ、なんて思ってたんですが……
退院した次の日、朝シャワーを浴びて新しいブラをしようと思ったところ、全く入らないんですわ。後ろのホックは留まりますが、カップの方(乳べろタイプのナーシングブラだったので、前当てになっている、乳房に当たる部分は上の方でホックで留めるわけです)が全然ホックに届かない。あれぇ?もしかして、3枚買ったうちの何枚かをサイズ間違えて買っちゃったかな、昨日してたのは間違いなく36Cだったけど、これはBかAだったのかも、と思って脱いでよくサイズ見ても同じ36C。
おかしいな、これはタグが間違って付いてるのかな?もう一枚新しいのがあるからそれもつけてみよう、と思ってそっちをつけても全然入らない。これもタグの間違い?何じゃぁ?と混乱し、ううー、きちゃないけど、しょうがないから昨日までつけてたやつを今日もまたつけるか……と思って、洗濯カゴから昨日のブラを出してつけようと思ったのですが、これも入らない。
ここまで来て、何となく事態を察知して、鏡に映ってる自分の姿を見てましたところ……
乳が“瓜状態”になっておりました。
すごいのなんのって、瓜を縦に並べて二つ付けたみたいなすごい胸。しかも網目状に走る血管付きであります。こ、これかぁ〜、2サイズ&2カップでかくなるのはぁ!ってなもんです。しかし、一晩でこんなに成長するとは、私の体の器官の中で初めてのことじゃないでしょうか。触ってみるとすんごい堅くて、ほんとココナツの殻を触っている感触。なんか熱まで持ってます。
そんなすごい乳になっているうえに、前に書いたように、乳首は流血して、一部乾いた血がかさぶたになってくっついてるし、見た目、すごいグログロ。その乳を持っている本人も、乳が張って張って、気が遠くなりそうに痛いし。乳首の痛さとまた違って痛い。非常に激しい鈍痛っていうんでしょうかね。
まあそんなわけで、3枚買ったブラが全滅、全く入らないために例の乳首保護シールドも装着できません。アレを装着できないと乳首が擦れて痛いために服を着ることが出来ません(あの病院ガウンでさえ擦れて痛かったくらいなので、通常のTシャツなんて絶対に着られない……)。
ってことで、退院初日は、流血乳首付き乳房両方全開で「おっはよ〜」と起きてきたぱたでありました。家人に驚かれたのは言うまでもありません。しかし、上半身に服を着ることが出来ないほど痛い私は、何を言われようとも裸で通したのでありました。ぱた母曰く「あんたの乳見ながら朝御飯食べることになるとは思わなかったよ……」
ちなみに瓜状態になった乳は、最初はなかなかうまく母乳が出なかったのか、1日中ぱんぱんに張りまくっておりました。吐きそうなくらい痛かった私。母に「温めると楽になるのでは」と言われて、蒸しタオルで温めたりしたんですが、痛いのは変わらず。しかし、チビぱたの必死の吸引のせいか、次の日から徐々に母乳が出たようで、ココナツのように堅かった乳もだんだんやわらかくなり、チビぱたも吸うのがうまくなったのか、彼女に吸ってもらうとすーっと張りが楽になるようになってきて、4日もしたら母乳出まくり、垂れまくり、母乳パッドはびっしょびしょ、と相成ったわけであります。
あ、結局ナーシングブラは38Eと40Eを2〜3枚ずつ購入し直しました。サイズ40はさすがにでかすぎですが、寝るときにタオルを挟んで寝たりも出来るので重宝しとります。やはり、皆の言うように「2サイズ2カップ」大きめをさいしょっから買うべきだったと反省したぱたでした。
これから産む人で妊娠前のサイズが32A(日本で言うと70のA)の方いらっしゃるでしょうか。ぱたが1回使用したブラ1枚と、未使用の新品のブラ2枚差し上げます……←もったいなくて見るのも悔しい。
◆ 「痛い」盛りだくさん。―トイレ
産後の体ってのは、乳首だけじゃなくて、下からも出血してるんですよね。例のオロって奴ですが。子宮の内側の胎盤が外れたところが、いわゆる大きな傷口になっていて、そこから血が流れているわけです。子宮は赤子が生まれたあと徐々に縮んでいくので、傷口もぎゅっと縮まっていって治っていって、だんだん出血も少なくなっていくのですが、産んだ次の日なんて、産んだ直後よりも子宮が大きくなっていて(出産の時に、陣痛で一瞬子宮は縮みますけど、まただらーんと広がるらしい。そのあと、またちょっとづつ縮まって、もとの子宮の大きさになるそうな)、傷口も大きいんでしょうな、出血も盛大です。なので、象のおむつのようなパッドが非常に必要とされるわけで。
しかも縫ったお股も、麻酔が切れた今となってはじくじくと痛いわけです。なので、トイレに立つというのは、拷問に近いモノが。
まあ、皆さんそうであるからだとは思いますが、ナースさんたちは実によく気が付くようで、さっき書いたPureLanやブレストシールド以外にも、「お股の痛みをそらすための氷袋(ぱた母にこの話をしたら、「まあ、花魁みたいなことをするのねえ」と言われた……お女郎さんというのも大変な仕事なのね、と妙に感心したりして)」「さらにお股の痛みを一時的に抑えるためのスプレー(縫ったところに直接吹き付ける式。筋肉痛を緩和するようなスプレーと一緒で、すっとして痛くない気がする。しかし、そんな強そうな薬を直接吹き付けるのがなんかちょっと怖いが……)」「ウンチを柔らかくする薬(みんな溜めるんだろうな……それで便秘になって堅くなっちゃうんだろうな……気持ち分かるよ……)」などなど、沢山持ってきてくれました。
お股の痛みの方は、私は縫ったのが少なかったので、恐らく他の方よりも痛くなくてすんだんじゃないかと思うんですよね。というのも、かなり頻繁にナースが「氷、当て直しましょうか」とか、「お股が痛くて我慢できなかったら、いつでもナースコールして下さいね」とか、「痛み止めいりますか?瓶ごと持ってきましょうか?」とか、言ってきてくれたんですよ。しかし、私は、別に氷もいらないなぁ、我慢できないって程じゃない、痛み止め?そんなの飲みたくなるほど痛いのは乳首の方だぞ……ってな感じでした。ラッキーでしたね。
それでも、やっぱり裂けて縫ったわけですから、痛いのは痛いわけで。お股が痛いからさっさと動けず、モゴモゴと這うような動きしか出来ないわけで、「手が届く範囲以外」のものを手に取るのにさえ、かなりの苦労がありました。さらにベッドに座ったりするのは、かなり辛くて、ドーナツ座布団を愛用しましたし、お股が痛くて下半身に力が入らないために、「手を伸ばしたり」「向こうにあるものをとるためにベッドから身を乗り出して」なんてことは全く出来ず。「あれっくす、水〜」「あれっくすぅ、電話の受話器とってぇ〜」「あれっくすー!あそこにあるお菓子食べたい……」って小間使いさんが必要。
こんな調子ですから、トイレに行く時は、行くまでにお股をかばってベッドから起き上がって、ベッドから下りて、歩いて、下着を脱いで、便器に座って……とやっているうちにヘロヘロになるし、用を足してる間もじんじんちくちく、なんつーか膀胱炎みたいな痛さ?が襲います。でもって、その後「縫ったところを清潔にするために、洗剤の容器のようなものにお湯を入れてそれでオシモを洗い(←あ、これがあるので、下着を脱ぐ前に洗面所でこの容器にお湯を入れて準備しておかねばなりません。これがまた面倒で……)、また象のおむつを当てる」なんていう手順も必要になりまして、傷ついた下半身でそれをこなすのはかなり辛いものが。トイレの中まで「小間使い・あれっくす」を使うわけにもいかないし。
小用だけでもこんなに辛いのに、大の方なんて想像も出来ません。縫ったところが裂けるんじゃないか?こんなに出血してて強烈に痛いのに、またいきむことなんざできん!と思うと、あんなに便秘に気をつけていたぱたでも、怖くて大は出せなくなってしまいます。まさに「トイレの恐怖」。出産婦の皆さんが同じ経験をしているというのが信じられないくらいの苦行であります。
産んでるときは全然怖くなかったのに、ウンチを気張るときは「出るときはすごーく痛いのでは?また裂けるのでは?」と不安がぐるぐる渦巻き、結局退院するちょっと前まで、試しにも出してみる勇気が出ませんでした。退院前に私の様子を見に来たハンサム先生に「ここでウンチしたらまた裂けちゃったりしないでしょうか?ウンチしても大丈夫でしょうか?それが一番怖いんですけど……」と、チビぱたのことは全く忘れてしまったような質問をしたぱた。ハンサム先生の答えは「だいじょーぶ、頑張ってプッシュしなさい(笑)」でしたけど……(←これを聞いて、やっぱり男はダメじゃ!そもそもこの不安感を理解しろって言うほうが無理だったのよね!などと思う恩知らずな私)
結局大の方は、「このまま試さないでうちに帰って、そこで大を出した後に、縫ったところが裂けた場合、また病院に行くのは大変だ。入院中なら、何か起ってもすぐに処理してもらえるから」と自分に言い聞かせて、不安を押さえ込んで退院直前に頑張って出してみました。思ったよりもすんなり出て、かなり感激し、「安産だったよ〜、よかったよぉ〜」とトイレで涙するぱた。案ずるよりも産むが安し。
あああ〜。出産のあとって、そんなにイタイことが多いのですね……出産前はだーれも私にそんなことは教えてくれなかったぞ……まあ、こんなこと事前に知ってたら、出産がもっと怖くなってたかもな、私って痛がりだから。なんて言いつつ、こんなところで書いてこれからの人を震え上がらせようという魂胆か?まあ、子供産むってことは「腹を痛める」だけではなく、おまけにこういう痛みももれなく付いてくる、ということを学習したぱたでありました。
◆ 入院生活。
私の病院では、入院は産んだ後48時間だけなんで、1泊もしくは2泊です。アメリカではそれが大体普通みたいで、日本みたいに至れり尽くせりで1週間、ママ友達を作って、粉ミルク会社からお土産までもらって帰るというものではない様子。なので、入院生活といっても「乳首が痛い」「お股が痛い」「赤子のおむつ替え」「乳首が痛い」「お股が痛い」「赤子のおむつ替え……」ってな感じであっという間にすんでしまいました。
食事はこの病院は割とよかったです。まあ、おいし〜!と感激するほどでもなかったけど、まずくもなく。日本みたいに「祝い膳」的なものが出なかったのは残念だったけど(産んだ直後に食べたのはぱさぱさに乾いてしまったサンドイッチだったし……)、あの食事ならかなりいいほうでは。と思う私。まあ、家人から差し入れをもらうのも自由ということだったので、母に作ってもらったお握りや、友達のミルキーさんに持ってきてもらったお手製マドレーヌなどを舌鼓をうちながら食べましたので、そんなに不自由は感じませんでしたなあ。
シャワーについては、産んだ直後から「いつでも入っていいですよ」とのこと。回復室に専用のシャワーが付いているので、気兼ねなくいつでも入れました。しかし、やはりあちこち痛いため、「シャワー浴びたい!」という気持ちにはあんまりならなかったし、みょーに全身の肌が敏感になって、ごしごしこするなんてとんでもない……という病人状態だったので、手に付けた石鹸で体をなすって、ちょろちょろーっと流した程度。張り切ってうちから持ってきたお風呂セットのナイロンタオルやシャンプー&コンディショナーなどはとても使えませんでした。
個室だったので、お見舞いに来てもらうのは自由ということで、お友達のミルキーさんとJunjunさんが産んだ翌日の夜に来てくれました。すごーい嬉しかったんですが、「超・スッピン」で、後ろ半身丸見えのガウンを着ており、お股の傷のせいで行動にかなり制限がかかっているため、ちょっぴり恥ずかしいものも(笑)。お友達がお見舞いに来てくれそうな方は、是非バスローブなどを病院に持っていくことをお勧めします。ガウンの上からそれを着ちゃえば、後ろ半身裸でも分かりませんしね〜。
それから、妙に「商売」の人がよくやってきました。「この搾乳器はどうですか?」とか、「生まれた赤ちゃんの記念写真を撮りませんか?」とか、「こういうグループに入って産後助け合いませんか?(これは商売じゃないか……)」とか。検診のナースや、チビぱたチェックの小児科の先生、掃除の人、食事を出したり下げたりする人など、しょっちゅう人が出入りしているので、個室と言っても、昼間は特にばたばたしておりました。どう考えても「産婦さんをゆっくり休ませる」という方針はないようで。
それから、夫婦二人で「赤ちゃんのお世話クラス」というのに出席しろといわれて行って参りました。産んだ次の日だって言うのに、チビぱたを連れて病院のほかのビルに出向き、「赤ちゃんはこう洗いましょう」だの、「おむつはこうします」だの(ついでに布おむつと紙おむつについての話とか)、「おっぱいはこう上げて」だの(母乳とフォーミュラの選択についての話もあり)と説明を受けるわけです。産んだ時間によっては、産んだその日にこのクラスに出ることになった人も何人かいたようで、うー、日本の病院だったら、こういうのは4日目くらいからするんちゃうん?最初の2日はゆっくり休んでさー。さっき産んだ人がこんなところでディスカッションしてていいわけ?と思う私。アメリカ人がタフなのか、日本人が過保護なのか。でもまあ、アメリカじゃ入院は2日ですから、さっさと教えることは教えないとまずいんでしょうなあ。
◆ まとめ。
出産は、ざっとこんな感じだったでしょうか。私はトラブルがなかったので特にそうなのかも知れませんが、「案ずるよりも産むが安し」とは、至言であると実感しました。まあ、数千年の昔から女性がみんなやってきたこと&うちのハムスターでもやってること、なんだから、そんなにオソロしいものではないはずですけどね。
そして、48時間後の2月6日、ぱたはチビぱたを連れて無事に退院いたしました。退院するときは、チビぱたは一時的に体重が減って2750g程になっておりました(生まれた後しばらく、赤ちゃんは体重が減るらしい。まあ、私みたいに乳が出なきゃ2日間飲まず食わずでウンチだけ出してるわけで、そら体重も減るわな)。そんなちっこくてふにゃふにゃのチビを見ながら、これからうちで育児をしていくのか……とちょっと気が遠くなりそうになりながら、お友達にお祝いでもらったカーシートにチビぱたを乗せて帰路についたぱたでありました。
これから怒涛の育児が始まったわけですが……いやはや、先輩ママさんの言葉通り、ほんと〜〜〜!!!に大変でした。というか、現在進行形で大変です。イヤ、何となく私ってば「産むのが大変、赤ちゃんが来るってのはその後に付随してくるちょっとしたことで、まあなんとかなるだろう」って舐めてかかってたんですよね。大間違いでした。「育児は甘くなかった」が本音です。これからももっと大変になっていくんだろうなぁ……
妻業と仕事とサイト運営の両立はけっこうへっちゃらに出来てたんですが、これに育児が加わっただけで、全くバランスが崩れ、育児以外はなーんにも出来なかったこの3カ月。家事はぱた母にやってもらい、仕事は産休(といっても、緊急でよく会社から連絡が入って、けっこう家でも仕事してたんですけどね……)、サイト運営は完全にお休みで皆さんに甘えてご協力を頼んだ(そしてたまに思いだしたように更新)、というボロボロのぱたでありました。これからは出産で一時的にマヒ状態だった自分の生活を、チビぱたと一緒に、もとのように軌道に乗せていかないといけないなあ、と思っています。
また余裕が出たら、ぱたのたまごを書き足したり、別館ぱたのうちに、新しいコンテンツを加えていけたらなあと思ってます。その時はまたよろしくお願いします〜。
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